鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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ゼンは奥歯を噛みしめた。それもこれも自分の化け物じみた力が暴走したせいだ。妖狐の王達だって、カゲを抑える対策を立てていた。少ない被害で国民を守る為に。それを、自分が居たせいで全て台無しにした。その結果、無関係の人間を巻き込んでいる。
改めて自分の不甲斐なさを感じたが、落ち込んでいる場合ではない。
スズナリもいない、妖狐の国からも助けは来ない、自分でどうにかするしかない。

「お前の望みに応じる。だからその子にそれ以上手を出さないと約束してほしい」
「あぁ、約束してやる」

カゲがそう言うと、天狗は抱えた春翔はるとを差し出した。春翔の体はふわりと宙に浮き、直後にその体は黒い影に飲み込まれていく。

「おい!何をしている!」

意識を失ったまま春翔の体は黒い水球に包まれて、次第にその顔まで呑み込んでしまった。

「話が違う!」

動き出そうとするゼンだったが、その腕や足はぴくりとも動かない。ハッとして背後を振り返ると、真後ろに黒い何かがいた。視線を動かせる限り確認すれば、その黒は自分と同じポーズを取っており、それは自分の足元から伸びている影だと知った。自分の影に動きを封じられている、カゲの能力だ。

「約束など誰がするか!全てを奪っておいて、自分の望みだけ叶えようなんて虫がよすぎる!
お前が奪ったのは、地位や未来だけじゃない!お前の妙な力のお陰で、失った仲間達が大勢える!俺の妻もお前に奪われたんだ!」
「お前の仲間は生きてる、ただ、」
「誰がお前の言葉を信じるか!」

詰め寄られ、ぐっと胸ぐらを掴まれる。カゲの表情は憎悪に満ちていた。

「お前だって天狗の命を奪ったじゃないか」
「やられたらやり返すのか、これが妖狐の次期王とは呆れる!」
「そもそも戦を持ち込んだのはカゲ、お前達じゃないか!あんな事がなければ、」
「何も起きなかったと言い切れるのか?」

その言葉に、返す筈の言葉が呑み込まれてしまう。

「俺は、妖の世の未来の為に尽力してるんだ。お前が訳の分からない力を持っているのは、この俺が一番分かってる、被害者だ!ここでお前の器を寄越せば、俺が上手く使ってやるさ」

そう言って、カゲは突き放すようにゼンの胸ぐらから手を放した。

「ただし、ただ奪うだけでは興が乗らない。お前の罪を背負うんだ、ただっていう訳にはいかないさ」
「何を勝手な事を」

口を挟めば、カゲがこちらに向けて指先を動かした。すると、自らの腕が勝手に動き、自分の首を締め上げる。

「ぐ、」
「忘れたのか?お前に何かを選ぶ権利などないんだ、お前は俺の大切なものを奪った、だからお前の大切な物を奪っても構わないだろう?」
「っ、」

抵抗しようとすれば、自分の手が自分の喉元をきつく握りしめる。まるで操り人形だ。

「あぁ、安心しな、お前の命を取ったりしない。大事な器だ、動かなければ意味はない。そこで黙って奪われる者の苦しみを味わうといい」

カゲは春翔に手をかざす。
カゲの言い分は勝手な事ばかりだ、けれど、そうさせたのは自分かもしれないとゼンは思った。あの時、何故自分の力に気づかなかったのか、制御出来なかったのか、戦を起こして仕掛け、天狗の命を奪ったのがカゲだとしても、今ここでカゲを突き動かす動機を与えてしまったのは、自分だと。

喉を掴むゼンの手が震えた。

けど、だからといって、今この場で春翔を見過ごすなんて出来やしない。これは、自分の責任。だから自分が片をつけなくちゃいけないと。
何があっても。

何かが軋む音を立てながら、ゼンの首からその手が離れていく。命がなければこの体も使えないというなら、この命を持って春翔を救い、カゲの目的を阻止するまでだ。
強い決意に怒号のような叫び声。カゲが驚き振り返れば、ゼンは自らに青い炎を纏わせ、その肌が焼けるのも構わずにカゲを睨み付けている。その瞳はまるで獣のようで、カゲを怯ませた。

どろりとゼンの背後の黒い影が溶けるように崩れ落ちる。同時に、自身の首を絞めていた右腕もだらりと下がった。骨が折れ、力など何も入らないだろう、しかし、自由を得たゼンは、自らに炎を纏わせたまま、躊躇いもなくカゲへと向かっていく。

「主!」

今まで微動だにしなかった天狗の青年は、カゲを庇うべく前に出たが、ゼンはそれをひらりとかわし、無事な左腕で春翔を覆う黒い水球に勢いよく突っ込んだ。バチバチと火花が飛ぶような電気が走ったが、瞬間顔を歪めただけで、ゼンは春翔の体を掴むと、その中から引きずり出した。

「春翔!」

青い炎が体から消える。肌も服もボロボロだが、構わずゼンは春翔の頬を叩き呼び掛ける。

「カゲの力を吸い込ませたか」

体内から春翔の命を徐々に奪うつもりだったのだろうか。ゼンは左手を春翔の口元にあてた。すると、春翔の体全体に柔らかな光が纏われ、黒い水のようなものが、その体から空へと消えていく。春翔の顔色も、次第に明るさを取り戻していった。

「くそ!よくも邪魔を!」

天狗の翼がはためき、風は刃となって駆け抜ける。ゼンは向かってくる刃に、咄嗟に春翔の上に身を投げ出した。左手は春翔の治療に塞がり、右手は使いものにならない。腕輪も外れない今の状態では、盾を作る事もままならず、だけど春翔だけは助けなくてはと、その一心で、ゼンは盾となった。

ヒュ、と風が駆け抜ける。体を貫くと覚悟したが、それは、ゼンの真横を通り過ぎてしまった。

当たらなかった。そう思ったのも束の間、今度は大きな風が吹き荒れて、ゼンは治療を止め、左腕で春翔を庇うように抱きしめた。

「おいおい、ボロボロじゃないか」

頭上から声がかかり、ゼンは驚いて顔を上げた。
そこには大きな龍がいて、その体を盾に、ゼンを見下ろしていた。

白い鱗がキラキラと光り、まるでダイヤモンドを細かく砕いて散りばめたかのようだ。その体には無数の傷跡があり、荒々しい見た目に反し、気品を感じる佇まいに、気高い瞳。龍の姿になると少し印象を変えるこの妖を、ゼンは良く知っている、だから余計に驚かずにはいられない。

「…スズナリ?」


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