鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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スズナリが倒れた。
それを城の自室でユキから聞かされたゼンは、すぐさま部屋を出て行こうとしたが、ユキがそれを止めた。大人の姿なら逃げられただろうが、今のゼンは子供の姿だ、ユキがゼンを止めるのは簡単な事だった。

「放せ、ユキ!」
「今日はダメだよ!スズナリなら大丈夫だ、きっと」

暴れるゼンを抑えつつ、ユキはゼンを椅子に座らせた。

「能力を抑える腕輪なんて何考えてるんだって思ってたけど、今日ばかりは感謝だな」

普段の姿なら、簡単にゼンに逃げられてしまうからだ。ユキは深く息を吐くとゼンの前にしゃがみ、その両手を握って顔を上げた。その表情にはいつもの明るさはなく、焦りや不安の色が見てとれる。そんなユキを見て、ゼンは強ばっていた肩から力を抜いた。

「…何があったんだ?城内が騒がしいが、スズナリの事と関係あるのか?」
「それは無い…と思いたいけど、よく分からない、目的が分からないんだ」

ゼンは部屋の窓に目を向けた。窓の向こうの空には、どこからか煙が上がっているのが見える。ドアの向こうからは、城の者達の走る足音や、指示を飛ばす声が飛び交っている。

「暴動でも起きてるのか?」
「妖狐の国の者じゃないみたいだけど、町で暴れ回って、城にも集団が押し寄せてる。兵士達が抑えてるけど、要求を言わないんだ」
「怪我人は?」
「今のところ重傷者はいない、とばっちりを受けて軽い怪我した妖は居るけど、暴動を起こしてる集団も、妖達に向けては何もしようとしないんだ。とにかく建物や城に向けての破壊行為ばかりでさ。国民は順調に避難させてるよ」
「そうか…騒ぎが起きたのは、ついさっきだよな」
「うん、だからとにかく、ゼンは絶対ここに居て!要求が分からないとはいえ、城が狙われてるんだ、王族を狙ってる可能性が高いんだから」
「…そうだな」
「ゼン、」

ドンドン、と扉が慌ただしくノックされ、ユキは言葉を止め振り返った。相手は兵士のようで、ユキに応援を求めに来たようだ。

「ゼン、俺は行くけど、ゼンは絶対ここに居てくれよ」
「分かってる、…すまない、皆を頼む」
「これが俺の仕事だよ」

ユキは笑顔を浮かべたが、それでもゼンを心配してる様子は拭えなかった。「俺は大丈夫だ」というゼンの言葉に背中を押され、ユキが部屋を出て行くと、静かになった部屋の中には、城外の暴動の様子が音となって響いてくる。
ゼンは両手の腕輪に目を止めた。

「この姿の方が気づかれにくいか…」

いつも人目を盗んで城を抜け出していたゼンにとって、非常事態であろうとも城を抜け出すのは簡単だ。寧ろ、監視の目が緩むので抜け出しやすい。ユキの気持ちを裏切るようで心苦しさはあったが、どうしても向かわずにはいられなかった。

スズナリが倒れ、意図の読めない暴動が起きた。妖狐の城の手練れ達は暴動鎮圧に向かい、その他の事に目がいかなくなる。その間に、スズナリを慕う王子が人の世に向かっても、気づかないだろう。もしその先で王子の身に何が起ころうとも、応援はすぐに駆けつけられない。

それは、ゼンにとっても都合が良かった。



人の世に通じる抜け道を辿り川原に降り立つと、そこには、以前ゼンを襲った妖狼と共にいた、天狗の青年がいた。大きな翼を見せていたが、体はマントで覆われ、顔には仮面を付けている。それでも、彼から感じる気配であの時の天狗だと分かった。
彼の隣には、あの妖狼ではなく、黒いフードを頭からすっぽりと被り、こちらもマントで体を覆った見知らぬ男がいた。

「やはり、俺を誘きだす為か」
「分かっていながらやって来るとは有難い」

フードの男はそう言って笑う。ピン、と張り詰めた結界の中、ゼンは視線を走らせた。この場に、スズナリは居ない。すぐ側の桜の木を見れば、木が枯れていた。何か術がかけられているのだろう、これでは桜千おうせんもこちらに来られない。

「何が目的だ、スズナリが倒れた原因はお前か」
「奴は寿命で勝手に倒れただけだ、だからそれを利用して、神社の奴らもろとも深い眠りにつかせてある。何、命は取りはしない、ただいつも守ってくれた優秀な部下はここには来れないというだけだ」

まだ命はある、スズナリの事は心配だが、ゼンはひとまず安堵した。それでも駆け出したい気持ちを抑え、ぎゅと拳を握る。

「それで、俺に何を望む」

すると、フードの男は口元に狐を描き、手のひらを見せた。

「その体、いただきたい」
「体…?」
「あぁ、俺はお前のせいで全てを失ったんだ、天狗の里を落とし、妖狐の国もすぐ手に入る筈だった」
「…あの時のカゲか」
「あぁ、俺は全てを奪ったら国王となる筈だったんだ、それをお前が妙な力を使ったおかげで、俺は仲間を失い、残った一族も妖の世を追われ惨めな思いをしてきた!」

自分勝手な。ギリと奥歯を噛みしめ、ゼンは言葉を呑み込んだ。

「何故、体なんだ」
「忘れたか?俺はカゲだ、お前の中に入り、俺はお前になるんだ。妖狐の国の次期王となる!一滴の血も流さずにな!俺が王になれば全ておしまいだ、俺は妖狐の王となり一族を失う悲しみをお前らに分からせてやる!そして今度こそ、妖の世をカゲのものとする!」

高笑いする男に、ゼンはふと天狗に目を向けた。彼はどういう立場なのか、一族を討った敵である筈なのに、天狗はカゲの言葉をただ黙って聞いている。目隠しがあるせいで、その表情を読む事は出来なかった。
ゼンは一つ息を吐いて、右手の腕輪に触れた。

「そういう事なら仕方ないな」

もし命を差し出せというなら、差し出していた。自分一人でどうにかなるならそれで構わなかった。しかし、カゲの狙いは王子の命ではない、国民の、妖の世を奪うつもりでいるのだ。

出来損ないの王子でも、黙って見ている訳にはいかない。

「おっと待てよ、何を勘違いしている、お前に何かを選ぶ権利はないぞ」

カゲが言うと、天狗はマントを開いた。マントの内側で抱えていたのだろう、そこにはぐったりとしている春翔はるとがいた。

「どういうつもりだ…!」
「どうもこうも人質だ、言っただろう、お前に選ぶ権利はないと。早くその手を上げろ!この人間の命はないぞ!」
「……」

ゼンは舌打ちし、ゆっくりと両手を上げた。これで自ら腕輪を外せない。相手の力量は知れないが、天狗の血を引く妖は、容易くはねじ伏せられないだろう。それを子供の体で、抑えられた力で、春翔を救い出さなければいけない。

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