鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

文字の大きさ
70 / 77

70

しおりを挟む




穏やかな鈴鳴川すずなりがわを前に、春翔はるとは戸惑いの表情でゼンの話を聞いていた。
まさか自分の失った過去に、それだけの事が起きているとは思いもしない。
肩に乗っていた用心棒の小狐が、春翔の頬に顔を擦り寄せ、春翔ははっとした。ゼンを見ると、ゼンは鈴鳴川を見つめたまま。その横顔は、表情こそ崩す事はないが、どこか悲しそうに辛そうに見えて。春翔がゼンに声を掛けると、ゼンはこちらを向いて、僅かに口元を緩めた。その瞳はやはり、涙の匂いがする。
春翔は口を開きかけたが、風がゼンの髪を浚ったので、春翔は言葉を奪われてしまった。ゼンは一つ息を吐くと、続けて口を開いた。


「その後、すぐにユキが来てくれたんだ。驚いて状況も呑み込めていない様子だったが、すぐに妖の世から応援を呼んだり、神社の人間を連れてきたりと動いてくれた」


この頃ユキは、ゼンを探しに人の世へよく来ていた。その際に、神社にも度々顔を出していたので、神社の人達とも既に顔見知りだった。ユキが妖の事を知る面々に事情を話すと、彼らはすぐに川原へ駆けつけてくれて、その中にはまだ若い道影もいた。
彼らはゼンにくっついて回る春翔の事も知っていたらしく、春翔の様子を見て、すぐに救急車を呼んだという。

「今思えば、その時、カゲに取り憑かれたんだろう」

ゼンが目を伏せるので、春翔は黙って自身の体に目を向けた。

「あの時、皆、天狗と共にカゲも逃げたと思っていたが、実際は違った」
「あの、その天狗って…」
真尋まひろだ。真尋に俺達はまんまと欺かれていたんだな」

スズナリやゼン達は体に傷を負い、更に意識を失った春翔がいる。ユキも含め、現場に駆けつけた道影達も慌てふためき混乱していた。早く治療をしなくてはいけない、スズナリに関しては特に無理をして動いている状態だったので命が危なかった。その混乱に乗じてカゲが隙をつくのは、容易い事だったのかもしれない。カゲはその名前の通り、影に潜む妖だ。深手を負い、その体が形として保てないとしても、影に身を潜めさえすれば、春翔の元へ向かい取り憑く事が出来た筈。
そして、カゲは春翔の体に身を潜め、体力を回復させていた。

「何故すぐに気づけなかったのか…側に居た筈なのに」

すまなかった、そう頭を下げるゼンに、春翔は慌て顔を上げさせた。

「もうそれについては謝らないで下さい!そういった状況なら仕方ないですよ!」

状況的には仕方のない事、何より皆が満身創痍で戦っていた、その身を挺して助けてくれた。なのに、春翔がどうしてそれを責める事が出来るだろう。

「僕は、あの時ゼンさん達が助けてくれなかったら、ここには居なかったかもしれません。それに、ゼンさんに会いに行ってたのは僕の方ですから」

だからどうか自分を責めないでほしい。その思いで春翔がゼンを見つめれば、ゼンは困った顔をして、申し訳なく眉を下げた。

「その後はどうなったんですか?僕の記憶はその時奪われてしまったんでしょうか」

ゼンにそんな顔をさせたくなくて、春翔が続きを促せば、ゼンはまだどこか躊躇いつつも口を開いた。


春翔は救急で病院に運ばれた。
この頃、まだ真斗まことはこの町には居なかったし、妖と人を診れる医者としての勉強に励んでいた事だろう。真斗が勤めてる病院には、妖の存在を知る医師がいる、その病院に運んでいれば、もしかしたらカゲが取り憑いていたのが分かったかもしれない。
真尋が逃げれば、深手を負ったカゲも共にと皆思うだろう。それに加え、こちらも深手を負い皆は戸惑い焦っていた、まさかカゲが側に居たとは思いもせず、春翔もいち早く病院へとの思いから、救急車を呼んだのだろう。

春翔がどこの家の子までは分からなかったので、付き添っていた神社の人間は春翔の通う小学校に連絡し、その後すぐに両親が病院まで駆けつけたという。
その日は入院となり、春翔が目を覚ましたのは翌日だった。
春翔の両親には、まさか妖の騒動に巻き込まれたとはいえず、春翔は足を滑らせて川に落ちたようだと、説明したという。
春翔が退院する時、神社の人達も病院へ顔を出したというが、春翔の反応は普段の様子と違っていた。まるで初対面の人間を相手にするような様子だったという。

「その時既に、カゲに記憶を奪われていたんですね」
「あぁ。だが神社の人々は、きっと怖い思いをしたからだと思ったようだ。カゲが取り憑いてるとは思いもしないだろうし、取り憑いた妖の気配を人間が感じ取れるのは稀な事だ。真斗くらい学んでいたら別だが」

なので、いくら妖の存在を知る神社の人間が春翔の姿を見ても、カゲが取り憑いている事は分からなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...