71 / 77
71
しおりを挟む神社の人間は、頃合いを見て春翔に声を掛けられたらと思っていたようだが、それから春翔が神社や川に来る事はなかった。それどころか近所ですれ違っても、春翔からは何も反応はなかったそうだ。
「あれだけ怖い思いをしたのだから、本人が無意識の内に忘れようとしていたのかもしれないし、心を守る為に本当に忘れてしまったのかもしれない、そう思っていたんだ」
ゼンの言葉に、春翔は弾かれたように顔を上げた。
「そんな!僕、カゲが取り憑いてなければ、絶対忘れたりしませんよ!だって、ゼンさん守ってくれたでしょう?それに、カゲが居たって、この間まで、僕ずっとあなたの夢を見てたんです!子供の時、水の中であなたと、キ…」
キスと勢いで言ってしまいそうになり、春翔は慌てて口を閉じた。
そして、現実と夢との矛盾に気づく。ゼンの話だと、川の中で自分は気を失っていた筈だが、夢の中の自分ははっきりと意識があり、姿の変わったゼンに見惚れていた。繰り返し見ている夢なのだから、事実とずれて見える事はあるだろう、しかし、一瞬程しか実際は目に留めていないゼンの姿を、その唇を、何度も繰り返し思い返しているというのは、まして、それが真っ先に思い出したゼンとの記憶だったなんて。
春翔は今更ながら言葉にならず、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
「この間まで…、という事は、もしかしたら力を取り戻したカゲがお前と俺を引き会わせようとして、記憶の一部を解放したのかもしれないな…どうした?具合でも悪くなったか?」
赤くなって頭を抱えた春翔に、ゼンが心配そうに顔を覗き込むが、春翔は慌てて顔を上げ、その両手を目一杯振って大丈夫だとアピールする。まさか、言えない。多分、幼い自分は、初めて会った時からあなたに恋していただろうなんて、言える筈がない。
ただの人工呼吸に、毎朝胸を高鳴らせて起きていたのが、何よりの証拠のような気がするなんて。
春翔の頭の中に、ゼンと初めて会った時の記憶はない。けれど、自分の事だ、きっとそれが恋なんて気づかないまま、ゼンに想いを寄せていたのではと思う。
夢の中のゼンとは違う、普段のゼンが子供の姿でいたって、それは浮世離れした格好良さを纏っていて、憧れのヒーローのように守ってくれて。
春翔はちら、とゼンを見上げる。心配そうなゼンの瞳と目が合うと、どきりと胸が震える。
苦しいくらいのこの胸が、愛おしさで溢れてる。
記憶があっても無くても関係ない、春翔は何も変わっていない。
どこで会おうと、何があろうと、きっとまたゼンに恋してしまうのだろうと。
「春翔?」
呼びかける声にはっとして、春翔は慌てて背筋を伸ばした。
「ゼ、ゼンさん達は、あの後どうしたんですか?皆さん大丈夫だったんですか…?」
熱くなる胸をどうにかやり過ごそうと、春翔は話を変えた。心配そうなゼンの表情は、少し寂しげに揺れた。
「カゲ達の張った結界のお陰で、周囲にこの騒動が漏れる事はなかった。ユキがこっちで慌ただしく動く中、リュウジも来て、俺達は一旦妖の世に戻った。もう妖狐の国での暴動は沈静化していて、聞けばそれは、やはりカゲが仕向けたようだ。俺を一人にする為に、助けが来ないよう国を混乱させたと。それから三ヶ月、鈴鳴川の境界は閉ざされた」
だから、ゼンは春翔に会いに行けなかった。春翔が退院してからの話も、境界が再び開いた後、神社の人間から聞いた話だった。
「桜千も手負いだったし、俺も体を戻す時間が必要だった。そして、スズナリは…」
揺れる瞳を、吹き上げた風がゼンの髪を浚い覆い尽くす。
唇を噛みしめたその横顔に、春翔は躊躇いつつも草の上に置かれた手を握った。少し大きなゼンの手は控えめに、それでも春翔の手を確かめるように握り直した。
スズナリが息を引き取ったのは、この川原で起きたカゲとの争いから、一月半後の事だった。
妖狐の城の一室で、スズナリはその間、ほとんど眠っているような状態だったが、ゼンの姿を見つけては嬉しそうに笑い、軽口を言ってゼンを困らせたりもした。いつでもそれは、スズナリなりの、ゼンを思っての行動だった。
スズナリはいつだって、ゼンを受け入れてくれた。頼れる兄のような存在だった。最期に握り締めた手の細さに、涙が止まらなかったのをゼンは覚えている。
“ゼン、お前は一人じゃないからな”
“好きに生きろよ”
“ちゃんと飯食ってるか?”
“たまには笑わないと、表情筋なくなるぞ?”
“大丈夫だ、ゼン、大丈夫。お前は強いよ、大丈夫だ”
“お前は悪くない、だから生きてくれ”
“みんなを、頼んだからな”
白のカーテンが風に乗り、白く眩いばかりの朝陽が部屋を、スズナリを照らしていた。美しい白の鱗を持つ、力強い龍の妖、スズナリの為の朝陽だ。
その微笑みが涙で滲み、ゼンはスズナリの手を抱きしめるように握り、彼の最期を看取った。
風が吹いて顔を上げると、ゼンと目が合った。その表情は少しだけ泣き出しそうな微笑みで、春翔は繋がれた手に視線を落とすと、その手にもう片方の手を添え、しっかりと握りしめた。
「一時は後を追おうと思ったんだ、それ程、スズナリの存在は俺の中で大きかった。でも、守ってくれた、生きろと言われたんだ、スズナリの言葉を思い出している内に、お前の顔が浮かんだ」
俯いた頬に手が触れる。春翔が顔を上げると、その表情に涙の滲む、優しく温かな微笑みが浮かんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる