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しおりを挟む「それから、ゼンさんの事も…」
春翔はふと言葉を切り、それから意を決した様子でゼンを見上げた。
「僕、思い出す事は出来ませんけど、いつだって後悔した事はありません。それはきっと、あの頃もそうだと思います。ゼンさんと出会って色々な事があったけど、ゼンさんが今、ここに居てくれてとても嬉しいんです。過去に起きた出来事を、ただの人間の僕がどうこう出来ないし、僕じゃ役不足かもしれないけど、ゼンさんが背負うもの、僕にも背負わせて下さい。ゼンさんは、誰よりも必要なんです。スズナリ様のように支えるなんて出来ないけど、側に居たいんです。僕、ゼンさんを失いたくないんです!あなたが、その、す、好き、で、」
言葉は突然の抱擁に遮られ、春翔は心臓が飛び出すのではと思った。ぎゅうと強く抱きしめる腕は逞しく、守られているようでいて縋られているようにも思う。その指の熱さに、ふと初めて抱きしめられた時の事を思い出した。妖というものを目の当たりにし、ゼンの家で目覚めた時の事だ。あの時も、ゼンの腕はどこか縋るようだった。
ドキドキと熱くなる胸を鎮める方法など分からず、なすがままになっていると、不意にゼンが口を開いた。
「…俺は、生きていても良いのだろうか」
「ゼンさん?」
「お前の側で、俺だけ…良いのだろうか」
縋るように向けられた言葉は、そのまま春翔の胸に染み込んで。春翔は大きな背中におずおずと腕を伸ばしながら、それから宥めるようにその背を抱きしめた。
「当たり前じゃないですか…そうじゃなきゃ僕は」
思いが溢れて、ぎゅっと抱きしめる指に力がこもる。
「春翔」
名前を呼ばれ、そっと顔を起こす。見つめられれば目が逸らせなくて、春翔はその瞳にまるで吸い込まれるように身を寄せ、二人の距離が更に縮まっていく。
そして、今まさにその唇に思いを伝えようとした、その時だった。
ゴゴゴ…という地響きが鳴り、春翔は体を震わせ閉じかけた目を驚いて見開いた。
「な、な、な…!」
たった今まで続いていた甘い展開に照れる間も無く、突然の状況変化に春翔は混乱した。また敵でもやって来るのかと怯えてゼンを見上げるが、ゼンは身構える素振りなく、ただ春翔を安心させるようにその肩を抱くだけだ。春翔の傍らにいた小さな狐は春翔の肩に駆け登り、その頬に頭をすりよせる。安心させようとしてくれているのかもしれない。
「問題ない、境界の門が開くだけだ。この川原で出会った時、蛇の妖を捕らえただろう?」
「あ、あの大きな扉ですか?でも大事な時にしか使わないんですよね…?」
「あぁ、普段はこの門を使わない。この門は、妖狐の城に繋がる門だ。あの時のように罪を犯した妖を連行する場合や、緊急時くらいだが…何かあったのだろうか」
地響きと共に現れた巨大な扉、この扉が人には見えないというのだから、張り巡らされた結界の効果というのは凄いものだと、春翔は改めて感心する。しかし、不安の糸が切れた訳ではない。緊急と聞いて春翔の頭に浮かぶのは真尋の事だ。春翔は妖の世の事はほとんど知らないし、妖達が真尋の事をどう受け止めているのか分からない。真尋の事を緊急案件とするのかも分からないが、春翔にとっては直結する問題だ。
まさか、真尋の身に何かあったのではないか。レイジがついているのだから大丈夫だと思うが、それでも心配は心配だ。
それとも、もしやゼンを迎えに来たのだろうか。
続けて浮かんだ不安に、春翔は思わずゼンの着物の袖を握った。
扉が音を立てて開けば、川面が波立ち視界を覆う。春翔達は桜の木の側に居たので、開く門の横側からその様子を見つめていた。
「あれは…」
誰かが出て来た。その人物を目に留めると、ゼンは溜め息と共に肩を落とした。だが、春翔にはその理由が分からない。
ハラハラと落ち着かない気持ちを覚える中、二つの世の扉は役目を終えると、再び音を立てて沈んでいった。そこに残された人物は二人。一人はリュウジだ、とても困った様子で襟足を撫でている。リュウジの前に立つのは、リュウジよりも小柄で細身の青年。その人物を目にして、春翔は思わず身構えた。凡人の春翔にも、彼が高貴な立場の人物だと分かったからだ。
ピンと伸びた背筋、凜とした涼やかな横顔、着ている着物は身軽そうな着流しに見えるが、その生地は高級な物だろうというのが素人目にも分かる。灰色の髪は短く切り揃えられ清潔感がある、大きめな瞳は少々つり上がり、そのどこか冷やかな眼差しや佇まいには、他者を威圧する雰囲気があった。
「まったく、」
「ゼンさん?」
軽く頭を抱えたゼンは、春翔の戸惑いも構わず手を引いて歩き出す。向かうは、リュウジ達の元だ。
ゼンは妖狐の王子だ、本人はそれについて思う所があるようだが、ゼンの立場は変わらない。本人にとっては“元”だろうが、一国の王子だ、怖いものなどないだろう。しかし、春翔は違う。明らかに偉い人、それも妖の世の。見た目は普通の人間と変わらないが、彼も何らかの妖なのだろう。もしかしたら、彼は自分を咎めに来たのかもしれないと、春翔は思った。だって自分は、自惚れではなければゼンを人の世に留めた人間の一人だと。自分と会う為の十数年、ゼンは妖の世ではなく人の世で生きてきた、そして自分を救おうなどと考えなければ、今回のような危険な目に遭う事もなかった筈、ならば自分だけ何もお咎めなしというのは虫がよすぎるのかもしれないと。
いくら巻き込まれたとはいえ、この先がある、未来がある。春翔はその未来を、ゼンと共に生きると心に決めている。
「…まさか、それも見込んで?やっぱり僕はゼンさんと一緒に居られないという事でしょうか…!」
「…どうした?」
何やら必死になってゼンの袖を引く春翔に、ゼンは足を止めて首を傾げた。春翔はその隙に、ゼンの前に回り込んで顔を上げる。その表情は、焦りと不安でいっぱいだ。
「あ、あの人、きっとゼンさんを連れ戻しに来たんですよ!ど、どうしよう!」
混乱のまま、ゼンを守ろうとしてか、春翔はその体を押して逃がそうとする。ゼンはその様子に戸惑いを見せたが、やがて春翔の頬を両手で包むと、困った様子で眉を下げながら春翔の瞳を見つめた。
思いがけない接近に、春翔は再び心臓を高鳴らせ赤くなる。
「俺は向こうには戻らない、お前の手も離さない。お前は、許してくれただろう?」
「あ…」
春翔の想いを確かめるように、瞳を覗き込まれる。
離さない、その言葉と共に見える未来に、ゼンの気持ちに、春翔の胸がじんわりと温かくなり、固まった思考が解きほぐされていく気分だった。
そうだ、ゼンも同じ気持ちなのだと。分かれば冷静さを取り戻すと同時に、照れくささと嬉しさが交差して、何だか胸の熱さも相まって涙が溢れそうだ。
「そんなこと、私は一度たりとも許した覚えはございませんが?」
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