鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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「じ、次期国王…?」

本当の本当に偉い人だった。いや、妖か。いや、そんな事よりも、そんな偉い妖に対して、自分は失礼にも啖呵を切るように思いぶつけてしまった。

「す、すみません!僕、そんな偉い方に失礼な言い方をしてしまって…!」

あわあわと狼狽える春翔はるとだが、周囲はそんな春翔を見てきょとんとしている。だがそれも、次第にリュウジの笑い声に包まれていった。

「ははは!それを言ったら、ゼンはどうなるんだっての!な?」
「俺は構わない、そもそも王子ではない」
「…ゼン様に対してはもっと畏怖を持てと皆に言いたい所ですが、…私も、別に構いません」

二人につられたのか、シンラもやがて表情を緩めた。その声色は先程とは違い穏やかで、春翔は戸惑いシンラを見つめた。

「先程は、不躾に失礼しました。少々頭に血がのぼっていたゆえ、お許し下さい」
「え、あ、えっと…」

その柔らかな雰囲気に、もうあの威圧感はない。それどころかゆったりと頭を下げられ、春翔は困惑してしまった。

「私の名はシンラ、ゼン様の義弟にあたります。元は、ゼン様に仕えていた使用人です」
「え…」

シンラは先程、王家に迎えられたと言っていた。どこかのお坊ちゃんかと思ったが、使用人だとは思いもしなかった。だから、ゼンを慕い王になる事を望んでいるのだろうか。

「家族を失くした私を不憫に思った国王が、私を養子に迎え入れて下さいました。その時は、まさかゼン様が王位を放棄なさるとは思いもよりませんでしたが」
「俺は子供の時からそのつもりでいたが」
「困った王子だよなー」
「それでも私には、立派な王子です」

リュウジの茶々にも、シンラは曲げる事なく真っ直ぐとゼンを見つめる。微笑むその表情からは、ゼンへの信頼が、愛情が見える。きっとゼンは、使用人だったシンラに対しても、そのシンラが弟になってからも、変わらず良き主であり兄として接してきたのだろう。

「春翔さん、ゼン様がどれ程妖の世に貢献しているかご存知ですか?」

その眼差しがこちらへ向けられ、春翔は反射的に身構えつつ首を振った。

「カゲの一族によって失われた天狗の国の事はご存知ですか?」
「は、はい」
「天狗の森、その国は小さいものでしたが、妖の世にとっては大きな存在でした。天狗は妖の中でも一二を争う力のある種族、それが滅ぼされたのですから、不安を抱く妖達も多かった」

そして、いつしか天狗の森は不吉の象徴とされてしまったという。悲しんでいた妖達はその内誰も寄り付かなくなり、焼け落ちた森はただ朽ちるのを待つだけだった。

「その森を救ったのは、ゼン様です」
「え?」
「森が朽ちれば、そこに居た天狗達の事もいずれ忘れられてしまう。ただの過去にしてはいけないのに」

シンラは手を握る。愛された森の、拠り所でもあった妖の喪失が、不吉とされてしまうなんて。
失った天狗達を思う妖達の心情は計り知れない。ゼンも同じだったのだろう、だから、誰も寄り付かなくなった焼け落ちた森に石碑をたて、悲しみを未来に繋ぐ為、森を囲い新たに町をつくった。
あの恐れられた森には、再び子供の笑い声が響いている。石碑の周囲は均され、ちょっとした広場となっているという。この場所にかつて国があり、今となってはそのほとんどが失われてしまったが、多くの天狗達が生きていた事、この場所で失った命がある事。
誰もが立ち寄れる場所にしたのは、ここをただの悲しみの場所にしたくなかったからだ。この森は、今も生きている。失った妖達の思いを背負い生きる彼らがいる。

「天狗の森は生まれ変わりました。今では森を囲う町は立派な商国となった。建て直せたのはゼン様の力あってこそです。
天狗の妖は、ほとんどが失われました。それでも、天狗を知っている者がいます。彼らの悲しみに寄り添い続け、天狗の彼らを忘れない為にも森を生まれ変わらせた。
ゼン様を恐れる者もおりますが、ゼン様に感謝する者も多くおります。
ゼン様は、命だけではなく希望も下さった。天狗の国は新しく生まれ変わり、今も生きている。カゲの一族だってそうです。カゲ達に使った力、その影響で目を覚まさない者達を救おうと、薬の研究もずっとされてこられた。人の世にいながら、ずっと妖の世の事を考えて下さる、素晴らしい方です」

シンラは誇らしげにゼンを見上げるが、ゼンは、そうじゃないと難しい顔で首を振った。

「俺は何もしていない、今の天狗の森があるのは、そこに生きる妖達がいてこそだ。それに、カゲ達は未だ眠りについたままだ」
「いいえ、違います」

ゆっくりと首を振るシンラに、ゼンは眉を寄せた。シンラが慰めにそう言っていると思ったからだ。
しかし、そんなゼンに、それでもシンラは穏やかに微笑みを向ける。向けられた瞳は、まるでゼンに何か語りかけるようで、ゼンはその意味を察したのか僅か目を見張った。

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