68 / 120
5. 消えた指輪と記憶11
しおりを挟む**
改めて智から当時の話を聞き、多々羅も懐かしい気持ちになった。多々羅の隣では、愛が興味深そうに話を聞いていた。
「青春しているな」
「ちょっと、店長!」
「はは、お恥ずかしい…でも、あの時はどうしてあんな事したのか、今思い返すとよく出来たなと思うよ」
苦笑う智に、また智が落ち込むのではと思った多々羅は、焦って智の隣にしゃがみ、その顔を覗き込んだ。
「何言ってるんですか!智さんは、元々そういう人ですよ!」
「え?」
「基本、困ってる人は放っておけないでしょ?じゃなきゃ、ほとんど接点もなかった俺に声をかけませんよ」
多々羅が智とちゃんと言葉を交わしたのは、弟の穂守の話を聞きたいと、多々羅が生徒達に囲まれていた時だ。二人は同じテニスサークルの先輩後輩というだけで、挨拶を交わす程度の仲だ。だから、智が弟ではなく、多々羅個人を尊重してくれた事が嬉しかったし、智の言葉は、多々羅にとっては希望のようで、宝物を貰った気分だった。
だから多々羅は、智を尊敬して憧れた。
「それは…麗香と出会ったっていうのもあるし」
だが智は、瞳を頼りなく伏せるだけだ。多々羅はそんな智がもどかしく、ぎゅっと拳を握った。
「…俺は、智さんが元々持っていたものだと思うけど…でも、もしそうだとしたら、麗香さんは凄い人です。誰かに出会った事で変われるって、そんなにないじゃないですか。目が合って、人生変えられちゃうような人、やっぱり二人は一緒にいるべきですよ。俺も、一目惚れはあったけど…」
智の自信の無さが悔しくて、その悔しさを上乗せした分、熱量たっぷりに話していた多々羅は、そこではっとして言葉を止めた。
多々羅の一目惚れした相手は、初恋の人、愛だ。愛を女の子だと思い込んでいた日々が脳裏に甦り、苦い気持ちが胸の中に広がっていくのを感じる。不意に視線を感じ、後ろを振り返ると、愛も多々羅の考えている事に気がついたのだろう、にやりとした笑みが目に入り、多々羅は苦虫を噛み潰したように愛から視線を戻した。
あの勝ち誇ったかのような顔…。もしや、正一から持たされた切り札という名の写真を持っている事を、まだ根に持っているのだろうか、そう思えば多々羅はちょっと居心地が悪くなる。
それと同時に、何だか愛に申し訳ない気持ちにもなった。
きっと、あの封筒の中にある写真は、愛にとってよほど嫌な写真なのだろう、多々羅はその封筒の中を見ていないので、それがどんなものか分からない。愛がそこまで嫌がるものに興味はあるが、勝手に見るつもりもない、しかし、それでもまだ愛に写真を渡す事は出来なかった。
店を追い出されない為の切り札だ、きっとまだ愛の信用は勝ち得ていないだろう。そう考えたら切なくて、多々羅が再び愛を振り返ると、愛は智の手元にじっと視線を向けていた。化身が姿を現しているのだろうかと、多々羅は花壇に視線を戻すが、残念ながらゴーグルのない多々羅にはその姿を見る事は出来ない。
残念に肩を落とした時、愛がふと口を開いた。
「よく聞く言葉ですけど、やらないで後悔するなら、やって後悔する方がいいって。そんなのどっちにしろ後悔に違いはないだろって思ってたけど」
呟くような愛の言葉に、多々羅が不思議に思い振り返ると、愛はやはり智の手元をじっと見つめたままだった。
「俺も、まだ声が届く距離にいるなら、その思いを伝えた方が良いと思います。怖くても、それが相手を思っての事でも、それを決めるのは、あなたじゃない」
愛は、ぽつりぽつりと言葉にする。その口振りは、化身や智に言っているのではなく、まるで愛自身に言っているかのようで、多々羅は途端に不安が胸に押し寄せてくるのを感じた。眼鏡越しの愛の瞳は、揺れもせず、ただ一点を見つめていて、そのまま遠い記憶の海に沈んでしまいそうで、多々羅は思わず立ち上がりかけたが、智が大きく息を吐く声が聞こえたので、多々羅は智に顔を向けた。
「そうですね。この指輪だって、理由もなくこんな場所に埋められたら嫌だよな…」
大きな溜め息は、智自身に対してのものだろう。
智は言いながら、掻き分けた土の中から、そっと指輪の箱を取り出した。ずっと傍らにいた指輪の化身は、ほっとした様子で愛を見上げ、愛はその視線を受けると、しっかりと化身を見つめ、そっと微笑んだ。
指輪の箱を開けると、ひょっこりと指輪の化身が顔を覗かせた。対の指輪の化身と同じく、銀色のドレスを着た手のひらサイズの女性だ。彼女もほっとした様子で智を見つめ、それから対の化身の姿を見留めると、二人は涙を浮かべながら再会を喜び、抱きしめあった。
「会いに行くよ、麗香に。ちゃんと、気持ちを伝える」
そう言って顔を上げた智は、少し緊張した面持ちで、その不器用な作り笑顔に、多々羅は嬉しそうに笑いながら、「大丈夫ですよ!きっと上手くいきますから!」と、その背中を押した。
それから智は、その決意の揺らがぬ内に、その足で麗香に会いに行った。麗香の実家近くの公園で麗香を待つ間、緊張と不安でどうにかなりそうな智だったが、それは麗香の方も同じのようだ。不安そうにしながらもやってくる麗香に、智は来てくれた事にほっとすると同時に、麗香はまだ自分を受け入れてくれるだろうかと、それでもやはり麗香と離れたくない思いがない交ぜになって、胸が苦しくなる。
それでも、気持ちを伝えるんだと、麗香の側に居るために、もう一度、麗香に認めて貰うために。
0
あなたにおすすめの小説
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった
久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく!
ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。
「あなた、一体何者なの…?」
クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!?
平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!
ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます
黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。
だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ!
捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……?
無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる