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さよならのプロポーズ71
しおりを挟む「坊っちゃん、これは早々に敗けを認めた方が良いんじゃない?純鈴ちゃん、きっと何を言っても、坊っちゃんを諦める気ないよ」
純鈴がヤブキを見上げれば、ヤブキはこっそりウインクしてみせた。
「…僭越ながら、私もランさんの最近のご様子は、見るに耐えません」
「…迅まで、」
「もう十分、苦しんで生きてきました。ヤブキさんのように、ランさんも自由に生きても良いのではないでしょうか」
「いや、俺みたいに生きるのも大変よ?でも坊っちゃんには、協力者がいる。俺達だって、側にいるんだ。もう一人で背負うなよ。そんな事、国王達は望んでないよ」
優しいヤブキの声に、純鈴は改めて思う。ランはヤチタカの王子で、生き残りだ。ランはずっと国を背負っていた、知られる事もない国を、これ以上荒らされないように守ってきた。
純鈴は、ランの手をしっかりと握った。
「ランさん、一緒に生きていきましょう。歩幅はちょっと合わないかもしれないけど、私だって、知ってしまった以上は、ヤチタカを守りたいです。あなたの隣に、私をいさせてくれませんか」
まるでプロポーズのようだ。ランは丸くした目を徐々に緩め、それからそっと純鈴の手を握り返した。
声もない涙がぽたりと二人の重なる手に落ちて、純鈴は震えるその肩を抱きしめた。初めてランが迎えに来てくれた時のように、その心が落ち着くまで、ずっと側を離れなかった。
その夜、純鈴達は山の麓に向かい、町の人々に混ざってランタンに願いを乗せて飛ばした。結局崎元にお願いをして、時谷の開いたイベントスペースからの参加となった。
崎元には、ランの事は純鈴の婚約者として紹介した。崎元が目を輝かせて馴れ初めを聞いてくるので、店先で出会い、猛アプローチを受けたと伝えた。ランに目的はあれど、嘘ではない。
おかげでランは、崎元に冷やかされる羽目となったが、ランは困りながらも、その表情は幾分晴れやかに見えた。
純鈴の薬指には、指輪が戻ってきた。ランは純鈴の指輪も大事に保管してくれていたようで、指輪もどこか誇らし気に輝いて見える。
最初に指輪を渡された時は、この指輪も随分存外に扱われていたが、今回ばかりは、ちゃんとランがはめてくれた。再び指輪が純鈴の元へ戻ってくると、愛おしさやら照れくささでお互いに擽ったくて。そうなれば、ヤブキがここぞとばかりに盛大にからかってくるのだが、純鈴の心は幸せに満ちていた。
こんな賑やかな時間を、ランの元で過ごせる事、空っぽの時間が彩りを持って動き出していくようだった。
空を見上げれば、優しく夜を照らすランタンの灯りがある。
再び動き始めた日々、込めた願いの行く先を眺めながら、純鈴は隣のランを見上げた。
純鈴の抱く願いは、神様よりも二人で叶えていくものかもしれない。
未来を共に歩む事。同じ速さで人生は歩けないかもしれないが、それでも共に過ごす時の長さは同じだ。
純鈴がぼんやりとランを見つめていれば、それに気づいてかランは純鈴に視線を向けた。思いがけず目が合い、純鈴がどきりと胸を鳴らせ、そそくさと視線を逸らせば、ランはその様子にそっと頬を緩め、純鈴の手を握った。
まるで思いを重ね合わせるように、ランはこの手を握ってくれる。
しっかりと、今度こそ離れはしないと、そう言ってくれるみたいで。
思わず視界が滲みだせば、ランはそれに気づき、笑ってその目元を優しく拭ってくれた。
ランタンの彩る夜空は美しく、女神はどれだけの人の願いを叶えてくれるだろう。
この灯り一つ一つに、思いがある。
純鈴は、ランの隣に居られるこの夜に感謝をして、そっと空に祈りを捧げた。
その後、純鈴はランと共に東京へ帰ってきた。
時谷の別荘は、引き続きヤブキと迅が使用するようだ。ヤチタカの島の管理もあるので、ちょうど良いという。
高屋の二階で、ランが共に暮らすにはさすがに手狭なので、暫くは夫婦といっても住まいは別とした。戸籍上は夫婦だが、夫婦となるまでの交際期間がないので、感覚的には恋人のようなものだ。
それに、共に暮らすとしても、家を出るなら店の近くを探さないとならないし、思いきって家の増築という考えもある。これからを思い描く、それだけでワクワクしてくる。
願わなくても明日は時間通りやって来るが、それでもただ明日を待つより、共に明日を迎えられる人がいる、それだけでこんなに幸せな気持ちになるのだと、純鈴は改めて感じていた。
ゆっくりと、これからを考えるのも悪くない。
そんなランの住まいだが、一人で暮らさせるのは心配だと迅がきかないなので、少しの間は深悠とルームシェアをするようだ。以前にも共に暮らしていた事があるというので、深悠の方は構わないといった様子だった。
ランと信一だが、ランが東京に帰って来たその日に、信一が会いに来てくれた。島で別れて以来、二人が会うのは初めてだ。
場所は、大苑屋だ。慌てた様子で飛んで来た信一は、ランを見るなり崩れ落ちるように膝をついた。申し訳なかったと、泣き崩れる姿からは懺悔や後悔が溢れて、ランの傍らにいた深悠も、幾分あった警戒を解いたようだった。
ランは言葉に迷い、信一の傍らに膝をつくと、震える背中をそっと擦った。
「…無事で良かったです」
その柔らかな声に、信一ははっとした様子で顔を上げた。ランは眉を下げ、どこか泣きそうに表情を緩めている。その表情からは、その言葉に嘘がない事、許している事、ランの方が申し訳なく思っているのではとすら感じられて。
それを見て、信一はどう思ったのだろう。
「…すまなかった」
ぎゅっと拳を握り、信一は人目も憚らず、涙を流し続け、ランはその背中をずっと支え続けていた。
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