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桜と星と初こいと28
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「槙ちゃん可愛い!」
「さすが槙ちゃん!」
演劇部の女子部員に褒めそやされ、嫌な訳ではないが、残念ながら嬉しくもない。槙はシンデレラ風のドレスに身を包み、頭にはさらさらのロングヘアーのウィッグをつけている。
ここは、演劇部が部室として使用している空き教室だ。今は、明日に控えた体育祭に向けて、衣装の最終調整を行っているところだ。
肩幅は厳ついが、童顔のおかげか、女装姿もそれ程違和感なく見えた。槙にとっては不本意のようだが。
「いや、………ありがとう。サイズはぴったりだよ」
溢れそうな葛藤を呑み込み、槙は精一杯頬を緩めて言った。生徒の努力には、敬意を払うべきだ。結局、槙は衣装作りでは何も力になれなかった。意気込んで衣装作りに挑んだものの、針で指を指しては血で汚し、頑張って縫えたと思っても、生地は斜めでガタガタになっていたりと、お世辞でも上手とは言えない出来映えだった。更に、それを毎回、生徒に直して貰う羽目になるのだ、それなら、初めから衣装作りには参加しない方が良いだろうと、槙は身を引く事になった。自分が作業から離れたら、生徒の仕事が増えて負担を負わせてしまうのではと槙は心配していたが、槙が関わらない方が生徒達の負担が少ないのは明らかだ。
そして、手芸部員の努力の甲斐あって、衣装や小道具が無事完成した。槙以外の男性演劇部員も、衣装のサイズはぴったりのようだ。
一番手に走る田島はシンデレラ役だが、魔法使いに魔法をかけられる前の姿なので、つぎはぎしたロングスカートとエプロンというお掃除スタイルだ。二番手の速見は、白いローブを纏った魔法使いの衣装だが、ふっくらスタイルの魔法使いをイメージしたのか、服が着ぐるみのように膨れているので、動きづらそうだ。三番手の槙は、魔法をかけられたシンデレラなので、青いヒラヒラのドレス姿だ。腰についた大きなリボンが、手芸部部長のこだわりだという。
それにしてもと、槙は意外に乗り気な男子に視線を送る。
これを着て全校生徒の前で走るのかと思うと、色んな物を失う気がする。教師としての威厳がそもそも無いのに、これ以上何を削ぎ落とそうというのか。
「走る直前まで、衣装を隠す為に、この黒いマント着て貰うからね!」
部長の折川の声に、槙は物思いから顔を上げた。生徒達のやる気はみなぎっている、その心意気に水を差す教師はいないだろう。
槙は気持ちを入れ替え、皆の会話に加わった。記念撮影に応じる際も、こうなれば恥を捨て開き直る方が楽だと、しっかり可愛こぶりっこをして写真に収まった。
「これ、槙ちゃん間違って惚れられちゃうんじゃない?」
「誰にだよ」
女子部員の宮地の言葉に、槙は嘆かずにはいられない。
その傍らで、お掃除スタイルの田島が「俺は俺は?」と、可愛さアピールをしているが、どう見ても厳つい女装男子だ。
「あんたは見てられないわー、でも衣装はバッチリね」
「なんだよー、でもそれ正解ー」
田島と宮地は、パチンとハイタッチをして、この会話を締めたようだ。
「じゃ、フィッティングもすんだし、とりあえず脱いどこ。傷つけたらまずいし」
そろそろ良いだろうと、槙が着替えを促した所で、部長の折川から待ったの声が掛かった。
「待って!その前に、この姿でアピールしてこよ!」
「は?」
「体育祭でより注目を集めないとね。まだ校内に生徒はいるだろうし」
女子部員の橘はそう言いながら、部員募集中のプラカードを魔法使い速見に持たせた。
体育祭の前日という事もあり、準備に追われる実行委員や、最後の追い込みで練習を行う生徒の姿が、校内や校庭のあちこちに見かけられる。確かにアピールにはなるかもしれない。
「あ!槙ちゃんは当日のお楽しみだから!着替えといてね」
「…はーい」
まさかこの姿で校内を練り歩くのかと怯えた槙だったが、どうにかそれは回避出来たようだ。明日の注目度が怖いが、一先ずほっと息を吐いて着替えを済ませると、脱いだドレスを丁寧に机の上に置いた。
「はぁ…なんか頭痛い…」
この姿を見たら、開口一番に恋矢はからかってくるだろう。それに、織人に見られたら…。そう考えを巡らせば、いくら可愛い生徒の為とはいえ、自然と深い溜め息が零れ落ち、槙は机に突っ伏すのだった。
***
「へぇ、見たかったな」
「…どうせ明日になれば嫌でも見れるだろ」
夜、槙は織人と並び、クローバーからの帰り道を歩いていた。
今日はクローバーでバイトがあると織人から聞いていたので、仕事を終えた槙はクローバーで夕食をとっていた。
織人が家に泊まった日から数日が過ぎ、あれから二人の距離は、すっかり元に戻っていた。
何故、織人は槙と距離を取っていたのか、何故、咲良を嫌っていたのにアトリエにいたのか、気になる事はあるが、まだ理由を聞く勇気はなかった。それでも、織人が自分の方を向いてくれただけで、槙の心は途端に安心してしまった。
ただ、全てが元通りとはいかない。織人に対して芽生えた気持ちは、槙の胸の奥に燻り続けている。
ぐっすり眠れると思った夜も、ほとんど眠る事なんて出来なかった。
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