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しおりを挟む「…ねぇ、さっきの事、聞いても良い?その、あの人達の友達だとか…」
この気まずい空気のまま過ごすくらいなら、聞いてしまえと、貴子は思った。匠海が何を思い考えているのか分からないままだと、貴子も、どんな風に匠海と接して良いのか分からない、貴子は今の匠海の心情を察して立ち回れる自信がないし、そもそも匠海の事をほとんど知らない。
それが、貴子の胸をもやもやと不安にさせる。
貴子がこの家に居るのは、休みの間だけだ。それなら、このまま深入りせずに残りの時間を消化してしまった方が良いのかもしれない。この先、母達に匠海がキヨエと共に生活している事を話すとしても、話さないとしても、貴子が次にこの家に来るのは、早くて年末年始、それ以降は、また一年後とかになるだろう。だとしたら、匠海と顔を合わせる事もほとんどないのだから、このまま別れたとしても、問題はないように思う。その方が、匠海の気持ちに余計な負担をかけないで済むかもしれない。
だけど、その場合、匠海との距離はこのままだ。その先に踏み込んでいいのか迷い、微妙な空気感のまま。こんな状態で、匠海と別れてしまうのは、嫌だった。
「……あ、でも、」
しかし、顔を上げた匠海と目が合うと、その決意も鈍り、それは新たな不安に変わっていく。
知りたいと思うのは、自分の勝手な都合だ。匠海の気持ちを考えれば、他人が簡単に口出してくれるなと思うかもしれない。そう思ってしまうと、やはり迂闊に聞くべきではなかったと、もしかしたら、匠海は鬱陶しく思ったかもしれない、そんな風に思ってしまえば、貴子の胸は膨らんだ不安に溢れ、焦って言葉を探した。
「その、言いたくない事もあるよね!ごめんね、気にしないで、」
「いえ、…その、聞いて下さい」
「え、」
苦笑いで誤魔化そうとした貴子だが、匠海は意を決した様子でまっすぐと貴子を見つめると、箸を置いて姿勢を正したので、貴子もそれに倣い、慌てて姿勢を正した。
「…すみません、初めに言わなくちゃならなかったのに」
「え、そんな…私も突然来たし、それに過去の事だし…だから、その、本当に話したくないなら全然!」
「いえ…その、町でキヨエさんの鞄を、あいつらがひったくった事があって」
「え?」
まさか、彼らのひったくりに合ったのは、キヨエだったとは。驚きに、貴子は言葉を失ってしまった。
「本当にごめんなさい!」
勢い良く頭を下げた彼に、貴子は慌て身を乗り出した。
「そんな、やめてよ、匠海君はやってないんでしょ?」
「…でも、あいつらとつるんでたのは本当です。あいつらと一緒に喧嘩とかして、色々騒ぎを起こしました。辞めたくても仲間だから抜け出せなくて。でも、キヨエさんの鞄をひったくったのを見て、もうこれ以上は駄目だと思って、キヨエさんの鞄取り返したら、ぼこぼこにされて」
キヨエの鞄をひったくった直後、匠海はキヨエの鞄を取り返し、その場で喧嘩の騒ぎになったという。それを見ていた周りの人が警察に通報し、仲間は逃げ出したというが、暴力から解放された匠海は、すぐにキヨエの元に戻り、キヨエに鞄を返したという。仲間から殴られ蹴られても、鞄だけは奪われてしまわないように、傷つけてしまわないようにと、匠海はその腕でしっかりとキヨエの鞄を抱えていた。ひったくりにあった時、キヨエも転んでしまったというが、大した怪我はなく、駆けつけた警察官にキヨエが誤解がないよう説明してくれたお陰で、匠海は捕まる事もなかった。
その後、ご馳走させてと、キヨエは匠海を自分の店に呼んだという。
「皆には味が落ちたって言われてたみたいだけど、あの時はこんなに美味しいもの食べた事ないって、感動して」
それから、店で働かせてほしい、弟子にしてくれとキヨエに頼み込み、今に至るという。
それが十八歳の時、今から五年前だ。その時の恩から、匠海はキヨエから給料を貰おうとせず、更に店を繁盛させてしまうという蕎麦打ちの上達振りも見せた。
夜に働きに行っているアルバイト先も、キヨエの紹介だという。キヨエは、自分では蕎麦作りを教えられないからと、蕎麦屋を紹介し、匠海はそこで、日々修行させて貰っているという。その蕎麦屋の店主も、邦夫の蕎麦に感銘を受けた一人なので、キヨエの頼みを放っておけなかったのだろう。匠海の蕎麦が邦夫の味を思い起こさせたのは、邦夫の味を知る店主に蕎麦を教わったからから、しかしたら、店の常連客から邦夫の蕎麦の味を聞いて、匠海が試行錯誤の末、作り上げたものなのかもしれない。
何にせよ、キヨエが、彼の人生を変えたのだ。
「…俺、こんなんだから、親からも鬱陶しがられてて、キヨエさんが初めてだったんです、あんなに親切にしてくれたの」
見た目で判断せず、しっかり自分を見て、愛情を持って接してくれた、守ってくれた。
その話を聞いて、貴子は温かい気持ちになった。
キヨエが匠海に親切を働かせたのは、それは匠海が、キヨエの思いを守ってくれたからなのではと思う。
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