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一寸先は闇
しおりを挟む恭介がスマホのコール音で起こされたのは、午前10時すぎのことだった。最初は寝ぼけ眼で応答していたが、相手が警察だと知って目が覚めた。
「船木さんと堀部さんが昨晩、亡くなりました。荒川の河川敷で何者かに殺されたんです。御足労ですが、これから茅野原警察署まで来てもらえませんか」
恭介は耳を疑った。茅野原駅前のタクシー乗り場で別れてから半日しか経っていない。何かの間違いではないのか? とりあえず、警察署に向かうことにした。
警察署の受付で名前を伝えると、すぐに刑事が出てきた。無精ひげの中年男だった。ボサボサの髪型によれよれのスーツを着ていて、肩にはフケがたまっている。
「わざわざすいませんね。僕は、黒木といいます」外見に似合わず、丁寧な口調だった。「被害者は二人とも身内がいなくてね。スマホに君の電話番号があったので、こうして来てもらいました。迷惑な話だけど、御遺体を確認してもらいたいんです」
黒木と一緒に遺体安置所に入った。テレビドラマで見かけるように、二つの並んだ台には大きな布がかけられていた。
「かなり酷い状態ですので、気をしっかりもってくださいね」
この時になって、恭介は後悔した。誰かに代わってほしい、と切実に願った。布の上からでも、遺体の悲惨さがわかる。ところどころくぼんでいて、足りない部分がいくつもある。つまり、これはバラバラ死体なのだ。
黒木が布に手をかけて、
「まず、顔を見てもらうよ」と言った。
布が外されると、恭介は口元を押さえた。
まるで、脱ぎ捨てられたゴムマスクに見える。顔の前面がクレーターのように陥没しているせいだ。それでも船木であることはわかる。首が切断されて、頭部と胴体が離れている。つい半日前までは生きていて、一緒に飲み食いをしたのに、今は物体と化していた。
隣の台で、生首をもう一つ見せられた。額に真ん中に十円玉ほどの穴が開いているが、堀部のそれは生前の面影を留めていた。薄目を開けているので、今にも起き上がりそうだ。そう考えたとたんに気分が悪くなった。
恭介は盛大に嘔吐した。胃の中味がなくなるまで吐いて、身体に震えがきた。心は冷え切っていた。無残な二つの生首の映像は、しっかりと脳裏に焼きついており、夢に見てしまうかもしれない。
黒木と一緒に食堂に移動した。食事時を外れているせいか、広いフロアにいるのは数人だけである。あたたかいお茶を飲んだら、恭介は少しだけ気分が落ち着いた。
「大丈夫かな? 申し訳ないが、もう少し話をさせてほしい」黒木は少し間をおいて、「二人のバラバラ死体は今日未明、荒川河川敷で発見されたんだ。全身が細切れにされていて、見るも無残な状態だったよ。見つからなかった部分は、犯人が持ち去ったか、別の場所に捨てられたのかもしれない」
恭介はまた気分が悪くなってきた。
「二人から何か聞いていなかったかな。誰かにひどく恨まれていたとか」
「さぁ、わかりません。最近、知り合ったばかりですし」
「すぐそばに川があるんだ。もし隠すつもりなら、その場で投げ込めばいい。なのに、犯人は見つけやすい場所に、わざと遺体を放置している。バラバラにした上に、人目にさらしているんだ。これは相当な恨みをもっている」
そんなものなのか。恭介にはピンとこない。
「君は知っているのかな、二人は元チーマーなんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「二人とも傷害と恐喝の前科もちだ。10代の頃は筋金入りのワルだよ。君は二人から何かされなかったかな? 殴られたりカネを脅しとられたりしなかったかな?」
「そんなことはされていません」
「そうか。君とは良好な関係だったんだ。わざわざ来てもらって悪かったね。二人に恨みをもつ人間に関しては、これから調べれば出てくるだろう。もし思い出したことがあったら、すぐ連絡してほしい」
恭介に名刺を渡して、黒木の話は終わった。
警察署を出ると、すっかり陽が傾いていた。ぶらぶらと駅に向かって歩いていると、三人で行った居酒屋の近くを通りかかる。船木と堀部には、あれが〈最後の晩餐〉になったのか。あの時点では、まさか殺されるとは思っていなかっただろう。
一寸先は闇というが、人の運命は本当にわからない。
そんなことを考えていた時、ポケットのスマホが鳴った。
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