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キトラの男②
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マキナが頷くのを見て、鈴木は恭介に向き直る。
「〈キトラシオン〉というのは、現時点ではまだ正式名ではない。我々が便宜上つけた名称だ。ライズ財団内でも、ほんの一握りしか知らない。尾白くんは自覚していないだろうが、君はある種の精神的肉体的特性を秘めているんだ」
「何を言い出すんです。正気ですか?」
「正気も正気。おそらく、君のような特別な人間は、全人口の0.1%にも満たないだろうね」
0.1%。1000人中1人という確率である。
「規律正しく、想像力と独創性を併せ持つ人間が、危機的状況で生存本能を燃やした時、脳下垂体から特殊なホルモンが内部分泌される。これが〈キトラシオン〉だ。こいつは発見されたばかりの画期的なホルモンでね」
「画期的なホルモン?」
「ああ、将来的には、遺伝子由来の難病治療に有効と考えられている。高純度のキトラシオンの確保・培養、研究開発を行い、商品化を果たせば、莫大な利益を上げることができるだろう。まさに、〈キトラシオン〉様さま。手つかずの巨大な金脈、来るべき未来の〈カネのなる木〉になるという寸法さ」
恭介はうんざりとした。結局は、カネか。カネのためだったのか。
「しかも、赤京区の呪われた〈クリスマス・デス〉とも密接な関係がある。25歳の男女が数多く亡くなっているが、彼らには根本的に〈キトラシオン〉が欠乏しているんだ」
「……欠乏?」
「ああ、欠乏しているから、慎重さに欠けるんだ。見込みが甘く、危険なものに安易に近づいてしまう。生に対する執着も薄い。だから、あっけなく死んでしまう」
鈴木の説明に、マキナはこう補足した。
「我々は〈キトラシオン〉の活性化を促すために、このデスゲームは企画したのよ」
「どういうことですか?」
「まず、私たちは君たちカードホルダーを、危機的状況に放り込んだ。何も知らせていない上に、実際にはルールでがんじがらめにされている。〈キトラシオン〉の欠乏したルーズな者から次々に脱落していったのは、君も知っている通りよ」
「……」
「世の中を甘くみている連中は淘汰される。規律正しい者だけが生き残るのよ。想像力と独創性に優れた者は、敏感に危機を察知して回避する。ある程度の運不運に左右されるけど、〈キトラシオン〉を多量に分泌する者は、なぜか、危機的状況を切り抜けるのよ」
つまり、デスゲームは、〈キトラシオン〉を多量に分泌する人間を選別するためにあったということか。
「これは、あくまで仮説だが」鈴木は言う。「〈キトラの男〉は運がいいわけではなく、危機回避に対する認識力が高いんだ。天性の勘が働いた、としか思えないケースが数多く記録されているしね。尾白くん、バイト面接時の健康診断と、OMに襲われて入院した時の二度、君は採血をしたよね。君の血液からは、平均以上の〈キトラシオン〉が摘出されたよ。しかも、危機的状況を体験した二度目の方が、純度が高まっていたんだ」
クーラーボックスをポンと叩いて、鈴木は大笑いをする。
「さっき採った血液は、間違いなく最高純度を示すだろうね」
そんな風に言われても、恭介はうれしくも何ともない。自分の脳みそは特殊なホルモンを出すらしいが、それが一体なんになる。
「将来、莫大なカネを生む」と言われても、今の自分には関係ない。心の中は、詩織を助けられなかった無念で占められているだけだ。
多くの死を目の当たりにして、恭介は虚無感と無力感にさいなまれていた。
ただ、むなしかった。なぜ、自分だけ生き残っているのか。何か、すべてがどうでもよくなってしまった。まだ、鈴木が得意げに何か言っているが、恭介は溜め息を吐いて、あっさりと背を向けた。
「どこに行くの? 車で送らせるわよ」
マキナの声が追いかけてきたが、恭介は振り向かなかった。
「〈キトラシオン〉というのは、現時点ではまだ正式名ではない。我々が便宜上つけた名称だ。ライズ財団内でも、ほんの一握りしか知らない。尾白くんは自覚していないだろうが、君はある種の精神的肉体的特性を秘めているんだ」
「何を言い出すんです。正気ですか?」
「正気も正気。おそらく、君のような特別な人間は、全人口の0.1%にも満たないだろうね」
0.1%。1000人中1人という確率である。
「規律正しく、想像力と独創性を併せ持つ人間が、危機的状況で生存本能を燃やした時、脳下垂体から特殊なホルモンが内部分泌される。これが〈キトラシオン〉だ。こいつは発見されたばかりの画期的なホルモンでね」
「画期的なホルモン?」
「ああ、将来的には、遺伝子由来の難病治療に有効と考えられている。高純度のキトラシオンの確保・培養、研究開発を行い、商品化を果たせば、莫大な利益を上げることができるだろう。まさに、〈キトラシオン〉様さま。手つかずの巨大な金脈、来るべき未来の〈カネのなる木〉になるという寸法さ」
恭介はうんざりとした。結局は、カネか。カネのためだったのか。
「しかも、赤京区の呪われた〈クリスマス・デス〉とも密接な関係がある。25歳の男女が数多く亡くなっているが、彼らには根本的に〈キトラシオン〉が欠乏しているんだ」
「……欠乏?」
「ああ、欠乏しているから、慎重さに欠けるんだ。見込みが甘く、危険なものに安易に近づいてしまう。生に対する執着も薄い。だから、あっけなく死んでしまう」
鈴木の説明に、マキナはこう補足した。
「我々は〈キトラシオン〉の活性化を促すために、このデスゲームは企画したのよ」
「どういうことですか?」
「まず、私たちは君たちカードホルダーを、危機的状況に放り込んだ。何も知らせていない上に、実際にはルールでがんじがらめにされている。〈キトラシオン〉の欠乏したルーズな者から次々に脱落していったのは、君も知っている通りよ」
「……」
「世の中を甘くみている連中は淘汰される。規律正しい者だけが生き残るのよ。想像力と独創性に優れた者は、敏感に危機を察知して回避する。ある程度の運不運に左右されるけど、〈キトラシオン〉を多量に分泌する者は、なぜか、危機的状況を切り抜けるのよ」
つまり、デスゲームは、〈キトラシオン〉を多量に分泌する人間を選別するためにあったということか。
「これは、あくまで仮説だが」鈴木は言う。「〈キトラの男〉は運がいいわけではなく、危機回避に対する認識力が高いんだ。天性の勘が働いた、としか思えないケースが数多く記録されているしね。尾白くん、バイト面接時の健康診断と、OMに襲われて入院した時の二度、君は採血をしたよね。君の血液からは、平均以上の〈キトラシオン〉が摘出されたよ。しかも、危機的状況を体験した二度目の方が、純度が高まっていたんだ」
クーラーボックスをポンと叩いて、鈴木は大笑いをする。
「さっき採った血液は、間違いなく最高純度を示すだろうね」
そんな風に言われても、恭介はうれしくも何ともない。自分の脳みそは特殊なホルモンを出すらしいが、それが一体なんになる。
「将来、莫大なカネを生む」と言われても、今の自分には関係ない。心の中は、詩織を助けられなかった無念で占められているだけだ。
多くの死を目の当たりにして、恭介は虚無感と無力感にさいなまれていた。
ただ、むなしかった。なぜ、自分だけ生き残っているのか。何か、すべてがどうでもよくなってしまった。まだ、鈴木が得意げに何か言っているが、恭介は溜め息を吐いて、あっさりと背を向けた。
「どこに行くの? 車で送らせるわよ」
マキナの声が追いかけてきたが、恭介は振り向かなかった。
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