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プロローグ

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 陽が暮れかけた街外れで、宇田川七海は気味の悪い男を見かけた。

 その男は道端で、顔を伏せてうずくまっていた。薄汚れたスウェットの上下を着ていたので、最初は粗大ゴミだと思ったほどだ。靴は履いておらず、髪が伸び放題なので、野生の獣のようだった。

 桃乃華もものか市にホームレスは珍しい。つい、マジマジと見てしまう。その時、男が顔を上げて、目が合った。男は弛緩した顔つきで、七海の顔、胸や腰、脚と、舐めるように見てくる。

 七海はおぞけをふるって逃げ出した。桃乃華学園のセーラー服は、なぜか男性の間で人気が高い。自分でも可愛いと思うが、厄介ごとを惹きつけるのは勘弁だ。ひと気のない小道を七海は懸命に走った。息が切れるまで走って、おそるおそる振り向くと、幸い男の姿はなかった。

 ホッと胸をなでおろす。そういえば、桃乃華学園の女子高生が2人、行方不明になっている。巷では、天狗隠しだと騒がれているのだ。とにかく早く帰ろう。そう思って、七海は家路を急ぐ。

 ふと、嗅いだことのない臭いが漂ってきた。腐ったチーズとえた汗が入り混じったような悪臭だ。獣のような息遣いが聞こえる。しかも、近づいてくる。

 七海は背筋が凍った。恐ろしくて、振り向くことができない。
 無我夢中で走り出すと、後ろにいるものもスピードを上げた。

 逃げ切れない。思わず振り向いた時、七海は信じられないものを見た。
 二本足で立つ獣である。黒い毛に包まれた獣の顔。しかも、見上げるほどの身の丈だった。

 七海は甲高い悲鳴を上げて、そのまま失神した。

 その夜、宇田川七海は自宅に戻らず、天狗隠しの新たな被害者に数えられることになった。

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