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天狗隠し事件と転校生①
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桃乃華市の名産品は寒天である。冬場の昼夜の寒暖差が美味しい寒天をつくるのだ。名物と呼べるものは、もう一つある。
それは、妖怪である。岩手県遠野市と同じぐらい、妖怪の伝説が多いのだ。鬼や天狗、河童などの民話が数多く残されており、かつては「もののけ村」と呼ばれていたらしい
小津野亜湖は、そんな桃乃華で生まれ育った。桃乃華の高齢者は、怪しげな事件が起こると、すぐに妖怪の仕業だと口にする。説明のつかない出来事に説明をつけるための道具として、妖怪を使うのである。
亜湖は幼い頃から、妖怪の話を身近に感じていた。何を隠そう、亜湖は天狗隠しにあったことがある。桃乃華では、神隠しのことを天狗隠しという。天狗に連れ去られて行方不明になった、というわけである。
亜湖が3歳の時で、場所は山間部にある雷神社だった。亜湖が境内で仔犬を見つけて遊んでいただけなのに、いつのまにか3日間が過ぎていたのだ。幼い娘が突然消えたのだから、周囲は大騒ぎだった。
17歳になった亜湖は今、雷神社の境内に立っていた。同じクラスの七海が天狗隠しにあい、いてもたってもいられなかったのだ。雷神社に来れば七海が見つかる、とまでは思わないが、何か手掛かりはないかと考えたのだ。
雷神社に神職はいない。拝殿もなく、古びた本殿がポツンとあるだけだ。本殿は神様だけの建物であるため、本来は神主でも入ることができない。でも、七海たちがいないかどうか、中を覗いて確認することぐらいは構わないだろう。
亜湖は本殿に歩み寄った。近づくにつれて、産毛が逆立つような気配を感じた。本殿の周りは空気が濁って、重く沈んでいるようだった。
その時、背後から強い視線を感じた。ねっとりと熱のこもった視線だ。境内は鬱蒼たる森に囲まれていて薄暗いのだが、亜湖には視線の主の位置がわかった。
右後方を振り向くと、男子学生が佇んでいた。見知らぬ学ランを着ているので、他校の生徒だろう。近づいてくる気はなさそうだが、視線が合っても目をそらさない。太い幹に背中を預けて、亜湖の顔を眺めている。
静寂を引き裂くように、紅葉に色づいた森の奥で大きな音がした。大木が倒れたような音である。亜湖がそちらに気を取られた隙に、美少年の姿は消えていた。夢でも見たのだろうか?
今の音は「天狗倒し」だったのかもしれない。大木が倒れた音がしたのに、どこを探してもそんな木が見つからないことがある。そんな原因不明の音のことを昔から「天狗倒し」と呼んでいる。
まさか、さっきの美少年は天狗だったのだろうか?
そんな、まさかね、と思いながら神社を後にした。
それは、妖怪である。岩手県遠野市と同じぐらい、妖怪の伝説が多いのだ。鬼や天狗、河童などの民話が数多く残されており、かつては「もののけ村」と呼ばれていたらしい
小津野亜湖は、そんな桃乃華で生まれ育った。桃乃華の高齢者は、怪しげな事件が起こると、すぐに妖怪の仕業だと口にする。説明のつかない出来事に説明をつけるための道具として、妖怪を使うのである。
亜湖は幼い頃から、妖怪の話を身近に感じていた。何を隠そう、亜湖は天狗隠しにあったことがある。桃乃華では、神隠しのことを天狗隠しという。天狗に連れ去られて行方不明になった、というわけである。
亜湖が3歳の時で、場所は山間部にある雷神社だった。亜湖が境内で仔犬を見つけて遊んでいただけなのに、いつのまにか3日間が過ぎていたのだ。幼い娘が突然消えたのだから、周囲は大騒ぎだった。
17歳になった亜湖は今、雷神社の境内に立っていた。同じクラスの七海が天狗隠しにあい、いてもたってもいられなかったのだ。雷神社に来れば七海が見つかる、とまでは思わないが、何か手掛かりはないかと考えたのだ。
雷神社に神職はいない。拝殿もなく、古びた本殿がポツンとあるだけだ。本殿は神様だけの建物であるため、本来は神主でも入ることができない。でも、七海たちがいないかどうか、中を覗いて確認することぐらいは構わないだろう。
亜湖は本殿に歩み寄った。近づくにつれて、産毛が逆立つような気配を感じた。本殿の周りは空気が濁って、重く沈んでいるようだった。
その時、背後から強い視線を感じた。ねっとりと熱のこもった視線だ。境内は鬱蒼たる森に囲まれていて薄暗いのだが、亜湖には視線の主の位置がわかった。
右後方を振り向くと、男子学生が佇んでいた。見知らぬ学ランを着ているので、他校の生徒だろう。近づいてくる気はなさそうだが、視線が合っても目をそらさない。太い幹に背中を預けて、亜湖の顔を眺めている。
静寂を引き裂くように、紅葉に色づいた森の奥で大きな音がした。大木が倒れたような音である。亜湖がそちらに気を取られた隙に、美少年の姿は消えていた。夢でも見たのだろうか?
今の音は「天狗倒し」だったのかもしれない。大木が倒れた音がしたのに、どこを探してもそんな木が見つからないことがある。そんな原因不明の音のことを昔から「天狗倒し」と呼んでいる。
まさか、さっきの美少年は天狗だったのだろうか?
そんな、まさかね、と思いながら神社を後にした。
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