純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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 母は僕に、「ママ」でも「母さん」でもなく、「エリさん」と呼ばせた。

 深水ふかみエリ。43歳。美人作家としてデビューし、20年が経った今でも美貌は衰えない。いつも若々しくて、お世辞ではなく30代前半に見える。
 女手一つで僕を育ててくれたのだ。いくら感謝してもしきれない。心の底からエリさんを尊敬している。

「駿介って反抗期がなかったわね。玩具が欲しいとかお菓子を買ってとか、駄々をこねることもなかったし。手がかからなくて、母親としては張り合いがなかったわね」

 これは心外だ。幼い頃に父を亡くし、二人で頑張ってきたのに。

「駿ちゃん、母さんを支えてね」

 涙にくれるエリさんを目の当たりにして、騎士道精神を目覚め、20歳になる今日までやってきたのに。
 結局、香里はホテルまでついて来た。彼女はエリさんの大ファンなのだ。部屋まで来るつもりかな。それはまずい。絶対に阻止しなければ。
 とりあえず、ロビーでエリさんのスマホに連絡してみる。
 やはり、魅子みこさんが出た。彼女は白河書房の編集者である。

「駿介くん、お疲れ様。わざわざ、ごめんなさいね」
「どうします。上に行きましょうか?」
「ううん、やっと調子が出てきたところだから、エリさんにはこのまま書いていていただいて、私がそっちに行くわね。ロビーの奥に喫茶室があるでしょ? そこに入って待っていて。すぐに降りていくから」

 さて、これは邪魔者に消えてもらわねば。そばで聞き耳をたてていた香里に、きっぱり告げる。
「というわけで、エリさんは来ない。ここで帰ってもらえないかな」
 香里は怪訝けげんな表情を浮かべている。
「うーん、何だか怪しいわね」
 女性の直感は侮れない。

「どこが怪しいんだよ。用事というのは、いらなくなった資料本を家に持って帰るだけ。本当にそれだけ。じゃあな。気をつけて帰れよ」

 一気にまくしたてて誤魔化す。何か言いたそうな香里を残し、さっさと喫茶室に向かう。
 せっかく魅子さんと二人きりで会えるのだ。誰にも邪魔されたくはない。
 僕はウエイターの案内で、窓際の席に腰を降ろす。高まる鼓動を抑えつつ、魅子さんを待つ。あれこれ考えているうちに、たちまち15分が経ってしまう。

「すぐに行くから」と言ったのに、何をしているのだろう。
 エレベーターの到着を知らせるチャイムが鳴る度、僕はエレベーターホールを見る。もう一度、電話してみるか?
 でも、意外とせっかちなんだ、と思われるのも何だかなぁ。
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