純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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 暇つぶしに推理してみよう。

 僕からの電話の後、魅子さんは一階フロアに降りようとする。資料本の詰まった紙袋を手にしたのは、僕に持って帰ってもらうためだ。でも、エリさんから何か言われるか、別の用事を頼まれたのだろう。うっかり、僕のことを忘れてしまう。

 有能な編集者だけど、そそっかしい魅子さんなら、充分ありうることだ。待ち合わせ場所を間違えるのは日常茶飯事にちじょうさはんじだし、メールの送信先を間違えては周囲に迷惑をかけている。

 魅子さんに初めて会ったのは、2年前。
 昨日のことのように、よく覚えている。

「はじめまして、駿介くん。私は小宮魅子。上から読んでも下から読んでも〈こみやみこ〉。ね、覚えやすいでしょ」

 そう言って、にっこり笑った。輝く笑顔に一目ぼれ。
 魅子さんのルックスは、リスとかハムスターとかの小動物系だ。子ダヌキも捨てがたいけど、一番似ていると思うのはポメラニアンである。

 チン。エレベーターが到着した。でも、彼女は乗っていない。
 いや、ビジネスマンの後ろから、魅子さんが姿を現した。重そうに大きな手提げ袋を持っている。取りに行った方がよさそうだ。

 僕は立ち上がって、彼女に手を振った。気づいてくれた。魅子さんも元気よく手を振る。
 ああ、走らないで。ゆっくりでいいから。思ったそばから何かにつまずいて、勢いよく転んでしまった。

 魅子さんはフロアにコピー用紙をバラまいてしまう。資料本と一緒に、コピー用紙の束が入っていたのだ。まとめていたダブルクリップが外れて、大変なことになっていた。呆然と座り込んでいる。僕は慌てて駆け寄った。

「魅子さん、大丈夫? 怪我はないですか?」
「ごめんなさい。私ったら、もう恥ずかしい」ポメラニアン似の編集者は、両手で顔を覆ってしまう。

 僕は懸命に、コピー用紙を拾い集める。近くにいた若いホテルマンが手伝ってくれた。通りすがりの若い女性も……。
 ええっ、どうして、君がここにいる!? 拾った用紙を僕に差し出してきたのは、さっき帰ったはずの香里だった。

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