純情 パッションフルーツ

坂本 光陽

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 呆れて、ものが言えなかった。打算。エリさんに最もふさわしくない言葉だ。決して淑女しゅくじょではないし、少しだらしないけれど、カネに眼がくらむような人ではない。ましてや、好きでもない男性と一緒になるなんて、絶対ありえない。

 僕は社長さんの前で、遠慮なく溜め息を吐いた。
「お言葉ですが、今のお話の内容は、僕にはとても信じられません」

「そうだな。小さい頃に刷り込まれた情報を覆すのは難しいと思う。はっきり言おう。エリさんには君の知らない〈秘密〉がある。それを知れば、君にも必ずわかるはずだ。彼女は私の息子を愛してなどいなかった。私は息子が哀れでならないんだ」

 もう限界だった。これ以上、戯言ざれごとに付き合う義理はない。
「すいません。そういう話が続くなら、帰らせていただきます」
 僕は立ち上がって、さっさと出口へと向かう。ドアを開く前に、向こう側から誰かが開いてくれた。案内をしてくれた秘書さんだ。彼女は僕に向かって、A4サイズの封筒を差し出した。背後で、社長さんが言った。

「その中身は後で、ゆっくり読んでほしい。息子が結婚したい相手がいると言い出した時、私が興信所に依頼して調べさせたものだ」

 ということは、エリさんの調査資料ということか。社長さんの傲慢ごうまんなやり方が鼻につき、さらに気分が悪くなった。そんな僕の思いをよそに、社長さんは話を続いている。

「私は息子があまりに哀れでならない。彼女を悪く言うつもりはないが、世の中には明らかに、出会わなければよかった人間がいる。相手の価値観が受け入れづらく、永遠に理解し合えない人間。いわば、違った世界の住人だ。後で悔やんでも、もう遅い。互いに傷つけあうしか……」

 もう聞いていられなかった。僕は振り返らず、そのまま帰ってきた。
 駅の改札を抜けた時に気がついた。左手に、例のA4サイズの封筒。秘書さんに差し出されたそれを、無意識のうちに受け取っていたらしい。

 一体、何だというんだ。中身は調査資料と小冊子だった。
 小冊子の奥付には199×年10月印刷とある。オフセット印刷の同人誌のようだ。デビュー前の作品だから、もしかしたらエリさんの処女作かもしれない。

 僕は斜め読みをするつもりで、ページを開いてみた。
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