早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。

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向こう側

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木の向こう側から聞こえてくる彩世の声。心臓は跳ね上がり冷や汗こそかいているが、那月の手はいつもより震えていない。箸を持つ手が保たれている。それに、こうして座っていられるのが驚きだ。

「あーえっと、ナツくんは男が怖いの?」
「…!えっ、」
「違ったらごめん。何となくそうかなーって思ったから」
「……っ、あ、え、っと」

那月はそんなことを男の人に聞かれたのも悟られたのも初めてだ。1分ほど深呼吸とどもりを繰り返し、間を空けてから「はい」と答えた。

「ふーん、まあ何でもいいけど。腹減ったな」

それを聞いた彩世は、まるで興味無さそうにそう呟く。携帯を触っているのか、ボーっとしているのか分からないが、木の影から見えている足は組んだり降ろしたりと存在感がある。

一一一この人は、優しいとは思ってるけど僕のことどう思っているかは分からない。名前聞いたり話しかけてきたり、でも興味はなさそうだったり。どうしたいんだろう…。

しばらくお互い無言になり、那月は食べる手が止まったまま弁当を見つめていた。すぐ近くに男がいるのに、この場に留まっていられることを不思議に思いながら。

「食べないの?弁当」
「…っ!!ひっ、」
「ひっ…って。よほど苦手なんだね、男が」
「あ、あ、うっ…、その、そ、ごめ、なさ…」
「なんで謝んの。俺、君に何も悪いことされてないけど」
「え…、」
「あー無理に話さなくていいよ」

一一一悪いことされてない…?僕がこんな風だから悪いのに?全部、弱くて下手な僕が悪いのに?

「なんか事情でもあるんでしょ。知らないけど」

彩世はベンチから立ち上がり、「んー」と伸びをして那月の方を向いた。もちろん木が遮っていて顔は見えないし、彩世もこちらへ来ようとはしない。

「じゃ、俺行くわ。弁当ちゃんと食べなよ」
「えっ、あ…、」
「ちなみに俺は荻川彩世おぎかわいろせ。覚えなくてもいいけど、とりあえず怖くないよってことで名乗っとくね。じゃ」

唐突に名前を名乗り、彩世は中庭を出て行った。それを振り返って見届けた那月は彩世がいなくなったベンチをじっと眺める。

「…おぎかわ、いろせ、先輩」

ボソッと呟いた独り言。名前を聞いたなんて、まだコミュニケーションの初歩的な段階なのに。

この春の日当たりのせいか、なぜか那月の胸は無性に温かかった。

恐怖よりも強く、それは那月の中に刻まれていくようだった。
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