早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。

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いいこと

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「那月、最近何かいい事とかあった?」

その日の夜。食卓について夕食を食べていた時、母がふと那月にそう問いかけた。焼き魚を食べていた手を止めて那月が顔を上げると、母は正面で柔らかい笑顔を浮かべている。

「なっ、なんで?急にそんなこと」
「何となく…、今日はいつもより表情が強ばってないから」
「え…そうかな」
「だから学校でいいことでもあったのかと思ってさ」

自覚がなかった。そんなに自分の表情は強ばっていたのかと、那月は今までを思い返した。何より母に勘づかれないように家では笑っていたはずなのに、強ばっていると思われていたなんて。

「…あ、ちょっとね色々あって。あ、最近は勉強で疲れてたのかも。ほら高校の授業って中学とは違うからさ。でもだんだん慣れてきたから…気持ちが落ち着いたかな」

出来るだけ不安にさせないようにそう言うと、母は少し含み笑いをしてから目尻を下げた。よくそっくりだと言われる母のタレ目が細くなる。

「そっか。大変だもんね、高校の勉強も。無理しないでね」
「う、うん」
「でも、那月が嬉しいと思ったこととかさ、母さんに話したくなったらいつでも話してね。あと辛いことはダメになっちゃう前にね」

那月は、ああやっぱり誤魔化しても母には敵わないなと思った。理由こそ気付いていないと思うが、那月が何か苦悩していることは勘づいているように見える。

でも、母は無理には聞いてこない。あの小学生の時もそうだった。何も言っていなかったのに、突然学校が辛い?と聞いてきた、あの日。

初めは深く理由を聞いてきたが、同級生から嫌がらせをされていて馴染めないという以上のことは話せなかった。トイレで友達にされたことも、それがきっかけだということも。

母は絶対何かあると思ったはず。でも那月が頑なに言おうとしなかったから、母は問いただすのをやめた。そこから転校してからも学校でのことは必要以上に話さなかったが、きっと心配していたんだろう。

自分でも分からないくらいの表情の変化なはず。そんな些細な変化も、母は気付いていた。那月から何か話してくれるのを待っているのだと思う。

「…母さん、心配かけてごめんね」
「んー?何を気にしてんの。母親なんだから心配するのは当然」
「僕、今頑張りたいって思ってるんだ…。だから話せる時が来たら…聞いてくれる?」

那月の問いかけに、母はまたニコリと包むような微笑みを浮かべて「もちろん」と頷いた。

それにホッと胸を撫で下ろし、那月はふと思った。今まで顔が強ばっていたのは、理由が分かる。じゃあ今日急にあんなことを聞かれたのは何故だろう。

表情が強ばっていないのは…、今日何かあったせいか。

そう考えた時、特にいつもと違う出来事、印象に残るようなことなんて1つしか思い当たらなかった。

“覚えなくてもいいけど、とりあえず怖くないよってことで名乗っとくね”

ああ言われても、那月の中に強く焼き付いていて覚えていないはずがない。頭の中に刻印でもされたかのように、彩世の名前がずっと浮かんでいるのだから。

それが表情が強ばっていない理由だとしたら、あれだけ体は緊張していたが、もしかしたら嬉しかったのかもしれないと、と思いながら那月は茶碗の白飯をかきこんだ。
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