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ことこと…グツグツ…
やわらかい煮炊きの音は、フォワレが入り浸る大好きな厨房の音だ。
お嬢様、内緒ですよ。
フォワレに甘い歳を召した料理人は、食後に出るデザートの余りを内緒でくれたり、嫌いな野菜もおいしく調理してくれる。
優しい音だ。
パチリと目を開ける。
見知らぬベッドに横になっていた。
「…?ここは…?」
「おはよう、フォワレちゃん」
夢だったのかしら?と思う間もなく。
現実は冷たい。ここは自分の家ではなく、じいっと顔を見ているのも家の者ではない。
あのおかしい少年だ。
「あっ…!あなたっ!」
「フォワレちゃんよく眠っていたから、勝手にパジャマに着替えさせてもらったよ。ごめんね」
申し訳なさそうに眉を下げる彼の発言に、フォワレは言葉を失った。
確かにパジャマになっている。
それでさえ気持ち悪いのに、それよりももっと恐ろしいことが行われていた。
「な、なん、なんで…これ、手のやつ…?」
腕が、布を噛まされた皮のベルトで拘束されている。
細かな長い鎖が連なって、その先はベッド脇の壁に埋まっているようだ。
「これからフォワレちゃんは僕と暮らすんだよ」
相変わらず彼は話を聞いてくれない。
にこにこと天使のような微笑みで、硬直するフォワレをそっと抱き締める。
「ああ、やわらかい…。ほんとはずっとこうしたかったんだ…」
固まっていた体が徐々に徐々に震え始める。
あまりの恐怖に陥った彼女は、顔面蒼白のままガクガクと怯えて強く震えた。
「フォワレちゃん、寒いの?今スープを作ってるから、もう少し待ってね」
そういうと、更にぎゅうっと抱き締める。
彼から伝わる生あったかい体温がこれは現実なんだと告げている。
「いやっ…!いやぁああああ!止めて!離してぇっ!!」
ようやくこれが悪夢でないことに気付いたフォワレは、おぞましさに絶叫して、抱き締める少年の胸をドンドンと叩く。
「フォワレちゃん…」
「あっちいってよぉっ!」
「…あ……離れるよ。離れるから」
怯えきったフォワレが泣いていることに気付いたのか、カロルは大分ショックを受けたようで、もともと血の気の無い顔から更に血色を無くしてよろよろと離れた。
カロルは、少なくとも今のところフォワレを傷付ける気はないらしい。
フォワレもしばらくはガタガタと震えていたが、次第に落ち着き始める。
幼いながらに備わった危機回避の本能が必死で逃げ出す道を模索する。
フォワレは恐怖に大きく脈打つ心臓をなだめつつ、ふぅ、はぁ、と浅い呼吸を納めていった。
「…ねぇ、カロル」
「…うん?なぁに?」
「私あなたとお友達になりたいわ」
眉をしかめ、口角はひきつっていたが、今出来るだけの笑顔を添えて言うと、カロルは一瞬呆けたあとパアッと顔を輝かせて喜んだ。
「本当!?僕もそう思っていたんだ…!」
逃げ出す道はどれだけあるかわからないが、フォワレはとにかくカロルに迎合するフリを選んだ。
「ね、カロル。私たちお友達よね?お友達には手錠ってかけないって、知ってたかしら?」
「そうだね!僕たち友達だもんね?僕は君より大人だから、もちろん知っていたさ。逃げない友達に手錠はいらないって!」
逃げる友達にだっていらないわよ!
内心でツッコミを入れる。
上機嫌に笑うカロルはすぐに手錠を外してくれた。
革製の手錠で更にやわらかい布が噛まされていたので痛みはない。
しかし、痛みはなくとも自分が不審者に拘束された事実は変わらないし、頭のおかしいこの少年の目を掻い潜って逃げることなど到底考え付かない。
震える体と滲みそうになる涙を抑えて、カロルに向き合う。
「カロル、お腹すいちゃったんだけど」
「ああ、そういうと思って用意してたんだ。待っててね、もう出来たと思うからすぐに持ってくるよ」
彼は立ち上がって扉から出ていくと、外からガチャリと音がした。鍵だ!と思って青ざめるフォワレはまたしても泣きたくなってしまう。
「ーーあ、そうか。お友達だったら鍵は要らないよね?」
ごめんねフォワレちゃん。
わざとらしく直ぐに扉越しに謝ったカロルは、カチャリと鍵を開けた。
そのまま階段を上っていく音がして、どうやら自分は地下にいることを知る。
悩んでもまともに考えがつかない。フォワレは混乱の最中にいた。
お腹がすいたというのはまったくの嘘というわけでもなく、なにかものを食べれば多少は考えることもできるはずだとなんとか気合いを入れる。
なんとかカロルを言いくるめてここから逃げる。それがとりあえず目標になった。
気を弛めればすぐにでも泣いてしまいそうになるのを我慢して、頬を指で持ち上げる。
笑顔の練習だ。
カロルはすぐに帰って来た。
「ただいま!」
「……おかえりなさい」
彼の両手は空だ。代わりといったように指の間に三枚のお札が挟まれている。
フォワレの目の前に札を一枚落とすと、それはたちまち小さなテーブルと二脚の椅子になった。
目を見開いて驚くフォワレに気を良くした彼は、その上に二枚ともを置いたあと、フォワレを椅子までエスコートした。
「君の好きな牛のスープと、ハムとチーズのサンドイッチ。レタスは少なめだったよね?こっちはデザートで、チェリーパイとワッフルだよ。クリームもたっぷりあるからね」
一枚の札からドドンと飛び出したのは、作りたてホヤホヤの湯気立つスープと、美味しそうな好みピッタリのサンドイッチ。
もう一枚の方にはデザートが入ってるらしい。
思わぬ好物のパーティに、恐ろしさや何もかもが一瞬に消し飛んだ。
「あ、ありがとうっ!」
「喜んでもらえてよかったぁ…」
正直、何故そんなに私の好きなものを知っているの?あなたは魔法が使えるの?とたずねたい想いはあったものの、そんな気持ちには蓋をする。
フォワレは今はただお腹をすかせた子供だった。
「あれ?カトラリーがないわ?」
「ああ、気にしないで。僕が食べさせてあげるから」
よく見ると確かにナイフやスプーンなどはすべて彼の側にあるようだ。
「あーんして?」
「カロル、カロルまあちょっと落ち着いて考えてみて。私の手にはもう手錠はついてないでしょう」
「え?それはそうだけど…」
「でしょ?それに、自分で食べるのが立派なレディよ」
それでも自分の手で食べさせたかったようで、カロルはすこし不服そうだ。
そこで、フォワレはまたニコッと笑って甘言をかけてみる。
「ご飯は誰かと食べる方が美味しいってお母様も言っていたわ!あなたも一緒に食べましょう?」
彼はまた花が咲いたように微笑むと、小さく頷いた。白い頬は上気したように赤らんで、一緒に一緒にと呟いている。
不気味に思いながらも、彼の操縦法がなんとなく掴めてきた事に手応えを感じた。
(この調子でうまいことやり込めるのよ!)
自分の胸のなかで決意を新たにするフォワレだった。
やわらかい煮炊きの音は、フォワレが入り浸る大好きな厨房の音だ。
お嬢様、内緒ですよ。
フォワレに甘い歳を召した料理人は、食後に出るデザートの余りを内緒でくれたり、嫌いな野菜もおいしく調理してくれる。
優しい音だ。
パチリと目を開ける。
見知らぬベッドに横になっていた。
「…?ここは…?」
「おはよう、フォワレちゃん」
夢だったのかしら?と思う間もなく。
現実は冷たい。ここは自分の家ではなく、じいっと顔を見ているのも家の者ではない。
あのおかしい少年だ。
「あっ…!あなたっ!」
「フォワレちゃんよく眠っていたから、勝手にパジャマに着替えさせてもらったよ。ごめんね」
申し訳なさそうに眉を下げる彼の発言に、フォワレは言葉を失った。
確かにパジャマになっている。
それでさえ気持ち悪いのに、それよりももっと恐ろしいことが行われていた。
「な、なん、なんで…これ、手のやつ…?」
腕が、布を噛まされた皮のベルトで拘束されている。
細かな長い鎖が連なって、その先はベッド脇の壁に埋まっているようだ。
「これからフォワレちゃんは僕と暮らすんだよ」
相変わらず彼は話を聞いてくれない。
にこにこと天使のような微笑みで、硬直するフォワレをそっと抱き締める。
「ああ、やわらかい…。ほんとはずっとこうしたかったんだ…」
固まっていた体が徐々に徐々に震え始める。
あまりの恐怖に陥った彼女は、顔面蒼白のままガクガクと怯えて強く震えた。
「フォワレちゃん、寒いの?今スープを作ってるから、もう少し待ってね」
そういうと、更にぎゅうっと抱き締める。
彼から伝わる生あったかい体温がこれは現実なんだと告げている。
「いやっ…!いやぁああああ!止めて!離してぇっ!!」
ようやくこれが悪夢でないことに気付いたフォワレは、おぞましさに絶叫して、抱き締める少年の胸をドンドンと叩く。
「フォワレちゃん…」
「あっちいってよぉっ!」
「…あ……離れるよ。離れるから」
怯えきったフォワレが泣いていることに気付いたのか、カロルは大分ショックを受けたようで、もともと血の気の無い顔から更に血色を無くしてよろよろと離れた。
カロルは、少なくとも今のところフォワレを傷付ける気はないらしい。
フォワレもしばらくはガタガタと震えていたが、次第に落ち着き始める。
幼いながらに備わった危機回避の本能が必死で逃げ出す道を模索する。
フォワレは恐怖に大きく脈打つ心臓をなだめつつ、ふぅ、はぁ、と浅い呼吸を納めていった。
「…ねぇ、カロル」
「…うん?なぁに?」
「私あなたとお友達になりたいわ」
眉をしかめ、口角はひきつっていたが、今出来るだけの笑顔を添えて言うと、カロルは一瞬呆けたあとパアッと顔を輝かせて喜んだ。
「本当!?僕もそう思っていたんだ…!」
逃げ出す道はどれだけあるかわからないが、フォワレはとにかくカロルに迎合するフリを選んだ。
「ね、カロル。私たちお友達よね?お友達には手錠ってかけないって、知ってたかしら?」
「そうだね!僕たち友達だもんね?僕は君より大人だから、もちろん知っていたさ。逃げない友達に手錠はいらないって!」
逃げる友達にだっていらないわよ!
内心でツッコミを入れる。
上機嫌に笑うカロルはすぐに手錠を外してくれた。
革製の手錠で更にやわらかい布が噛まされていたので痛みはない。
しかし、痛みはなくとも自分が不審者に拘束された事実は変わらないし、頭のおかしいこの少年の目を掻い潜って逃げることなど到底考え付かない。
震える体と滲みそうになる涙を抑えて、カロルに向き合う。
「カロル、お腹すいちゃったんだけど」
「ああ、そういうと思って用意してたんだ。待っててね、もう出来たと思うからすぐに持ってくるよ」
彼は立ち上がって扉から出ていくと、外からガチャリと音がした。鍵だ!と思って青ざめるフォワレはまたしても泣きたくなってしまう。
「ーーあ、そうか。お友達だったら鍵は要らないよね?」
ごめんねフォワレちゃん。
わざとらしく直ぐに扉越しに謝ったカロルは、カチャリと鍵を開けた。
そのまま階段を上っていく音がして、どうやら自分は地下にいることを知る。
悩んでもまともに考えがつかない。フォワレは混乱の最中にいた。
お腹がすいたというのはまったくの嘘というわけでもなく、なにかものを食べれば多少は考えることもできるはずだとなんとか気合いを入れる。
なんとかカロルを言いくるめてここから逃げる。それがとりあえず目標になった。
気を弛めればすぐにでも泣いてしまいそうになるのを我慢して、頬を指で持ち上げる。
笑顔の練習だ。
カロルはすぐに帰って来た。
「ただいま!」
「……おかえりなさい」
彼の両手は空だ。代わりといったように指の間に三枚のお札が挟まれている。
フォワレの目の前に札を一枚落とすと、それはたちまち小さなテーブルと二脚の椅子になった。
目を見開いて驚くフォワレに気を良くした彼は、その上に二枚ともを置いたあと、フォワレを椅子までエスコートした。
「君の好きな牛のスープと、ハムとチーズのサンドイッチ。レタスは少なめだったよね?こっちはデザートで、チェリーパイとワッフルだよ。クリームもたっぷりあるからね」
一枚の札からドドンと飛び出したのは、作りたてホヤホヤの湯気立つスープと、美味しそうな好みピッタリのサンドイッチ。
もう一枚の方にはデザートが入ってるらしい。
思わぬ好物のパーティに、恐ろしさや何もかもが一瞬に消し飛んだ。
「あ、ありがとうっ!」
「喜んでもらえてよかったぁ…」
正直、何故そんなに私の好きなものを知っているの?あなたは魔法が使えるの?とたずねたい想いはあったものの、そんな気持ちには蓋をする。
フォワレは今はただお腹をすかせた子供だった。
「あれ?カトラリーがないわ?」
「ああ、気にしないで。僕が食べさせてあげるから」
よく見ると確かにナイフやスプーンなどはすべて彼の側にあるようだ。
「あーんして?」
「カロル、カロルまあちょっと落ち着いて考えてみて。私の手にはもう手錠はついてないでしょう」
「え?それはそうだけど…」
「でしょ?それに、自分で食べるのが立派なレディよ」
それでも自分の手で食べさせたかったようで、カロルはすこし不服そうだ。
そこで、フォワレはまたニコッと笑って甘言をかけてみる。
「ご飯は誰かと食べる方が美味しいってお母様も言っていたわ!あなたも一緒に食べましょう?」
彼はまた花が咲いたように微笑むと、小さく頷いた。白い頬は上気したように赤らんで、一緒に一緒にと呟いている。
不気味に思いながらも、彼の操縦法がなんとなく掴めてきた事に手応えを感じた。
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