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しおりを挟む「なんてことをっ!」
エスポーサが叫ぶと同時に周りの全てが動き出す。
フォワレは一番に動いたものを見た。裂けた空間から覗いていた彼が待っていたと言わんばかりに、影が広がるような速度でフォワレへと腕を伸ばしていた。
「残念だったね!あと一歩だったのに!」
蛇のように口角を引き上げ、エスポーサにしがみつくフォワレをむしり取るように無理矢理抱き上げると、苦しがるのも無視して強く抱きしめる。腕の中で頭を抑え、決して母親を見せまいとした。
エスポーサにはもはや打つ手がなかった。ひた隠していた恐怖が思わず滲み出てしまったように、その顔には怯えしかない。が、すぐに下を向き、エスポーサはにわかに震えながら、赤黒く穢れた血液に塗れた足元を見た。
「なぜ…」
疑問にカロルが答える。
「簡単なことさ。お前が今から何をしようとしているか教えてあげたんだ。一時の旅行なんかじゃない、ここには一生帰ってこないってね!」
固まるフォワレに愛おしげに頬擦りしながら、抱き上げた片手で指をさす。
そこには青ざめ、怒りのために渋面を作った伯爵がいた。彼は空になった容器を乱暴に捨てると、震えるエスポーサに近寄り、その細い腕を強く握る。
何らか口を開こうとした伯爵の頬をエスポーサが反対の手で強く叩いた。
乾いた大きな音が鳴り、エスポーサは顔を上げる。
「唯一のチャンスをよくも潰してくれたわね!」
強く震えるほどの怒りに染まった彼女に、叩かれた伯爵は少し呆然となって口を開いた。
「エ、エスポーサ…!私がどんな思いか分からないのか?ただの旅行と言ったくせに、あの子と共に精霊界に行き、もう二度と戻らないつもりだとあの男に聞かされて初めて知ったんだぞ!」
*
「あは…見てごらん。喧嘩してる」
カロルは少し離れた先で腰を下ろして、腕の中に閉じ込めたフォワレに語りかける。そうして顔を覗き込んで安らいだように美しく微笑んだ。
フォワレは目に一杯の涙を溜め、二人の失望に満ちた言い合いを見ていた。
「泣いてしまって、可哀想に…」
カロルは赤い舌をちろりと出すと、キスでもするようにフォワレのまなじりに這わせた。
フォワレはすぐに舐められた事に気づいて、すぐに首を振ろうとした。ただ、どうにもならない。抑えるカロルの抗えきれない手は少しの拒絶さえフォワレに許さない。
「や、いやっ!やめて!」
カロルは止めない。嫌悪さえしている人物の舌が顔を、それも目の近くを無遠慮に這い回る感覚は、叫び出したいほどのおぞましさをフォワレに与える。
動くことができないので、せめて目に触れられないように固く閉じる以外にはどうにもならなかった。
さっきまで感じていた悲しみが更なる恐怖に塗りつぶされたようで、いよいよ涙が出なくなると、しばらくして目のあたりを優しく拭われて終わった。
「ね、魔法ってすごいでしょ?」
「魔法…?いいから離れて…!」
ゲンナリとしながらどうにか彼の胸を押すが、当然のように離れてはくれない。
「今の、なんだけど…。涙止まったでしょう?」
「…そんなの止まらない方がおかしいんじゃない」
「え?えへへ」
カロルは適当なことを嘯いて離れるつもりがないのだとフォワレは感じた。仕方なくその場で目の周囲を強く擦って拭う。
彼の舌の感触がいまだに張り付いてでもいるようだった。
「ねぇ、フォワレちゃん。やっぱり僕だけなんだよ」
「何が?」変態が?とすぐに冷たく言いかけたものを、カロルを逆上させては事だと瞬時に理性が言葉を失わせる。
「僕だけが、可哀想な君を救ってあげられるんだ」
カロルは嬉しそうに微笑んで、優しくフォワレを抱きしめた。
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