ぽちゃ姫と執着魔法使い

刈一

文字の大きさ
16 / 19

15

しおりを挟む

「なんてことをっ!」

エスポーサが叫ぶと同時に周りの全てが動き出す。
フォワレは一番に動いたものを見た。裂けた空間から覗いていた彼が待っていたと言わんばかりに、影が広がるような速度でフォワレへと腕を伸ばしていた。

「残念だったね!あと一歩だったのに!」

蛇のように口角を引き上げ、エスポーサにしがみつくフォワレをむしり取るように無理矢理抱き上げると、苦しがるのも無視して強く抱きしめる。腕の中で頭を抑え、決して母親を見せまいとした。
エスポーサにはもはや打つ手がなかった。ひた隠していた恐怖が思わず滲み出てしまったように、その顔には怯えしかない。が、すぐに下を向き、エスポーサはにわかに震えながら、赤黒く穢れた血液に塗れた足元を見た。

「なぜ…」

疑問にカロルが答える。

「簡単なことさ。お前が今から何をしようとしているか教えてあげたんだ。一時の旅行なんかじゃない、ここには一生帰ってこないってね!」

固まるフォワレに愛おしげに頬擦りしながら、抱き上げた片手で指をさす。
そこには青ざめ、怒りのために渋面を作った伯爵がいた。彼は空になった容器を乱暴に捨てると、震えるエスポーサに近寄り、その細い腕を強く握る。

何らか口を開こうとした伯爵の頬をエスポーサが反対の手で強く叩いた。
乾いた大きな音が鳴り、エスポーサは顔を上げる。

「唯一のチャンスをよくも潰してくれたわね!」

強く震えるほどの怒りに染まった彼女に、叩かれた伯爵は少し呆然となって口を開いた。

「エ、エスポーサ…!私がどんな思いか分からないのか?ただの旅行と言ったくせに、あの子と共に精霊界に行き、もう二度と戻らないつもりだとあの男に聞かされて初めて知ったんだぞ!」



「あは…見てごらん。喧嘩してる」

カロルは少し離れた先で腰を下ろして、腕の中に閉じ込めたフォワレに語りかける。そうして顔を覗き込んで安らいだように美しく微笑んだ。
フォワレは目に一杯の涙を溜め、二人の失望に満ちた言い合いを見ていた。

「泣いてしまって、可哀想に…」

カロルは赤い舌をちろりと出すと、キスでもするようにフォワレのまなじりに這わせた。
フォワレはすぐに舐められた事に気づいて、すぐに首を振ろうとした。ただ、どうにもならない。抑えるカロルの抗えきれない手は少しの拒絶さえフォワレに許さない。

「や、いやっ!やめて!」

カロルは止めない。嫌悪さえしている人物の舌が顔を、それも目の近くを無遠慮に這い回る感覚は、叫び出したいほどのおぞましさをフォワレに与える。
動くことができないので、せめて目に触れられないように固く閉じる以外にはどうにもならなかった。

さっきまで感じていた悲しみが更なる恐怖に塗りつぶされたようで、いよいよ涙が出なくなると、しばらくして目のあたりを優しく拭われて終わった。

「ね、魔法ってすごいでしょ?」
「魔法…?いいから離れて…!」

ゲンナリとしながらどうにか彼の胸を押すが、当然のように離れてはくれない。

「今の、なんだけど…。涙止まったでしょう?」
「…そんなの止まらない方がおかしいんじゃない」
「え?えへへ」

カロルは適当なことを嘯いて離れるつもりがないのだとフォワレは感じた。仕方なくその場で目の周囲を強く擦って拭う。
彼の舌の感触がいまだに張り付いてでもいるようだった。

「ねぇ、フォワレちゃん。やっぱり僕だけなんだよ」
「何が?」変態が?とすぐに冷たく言いかけたものを、カロルを逆上させては事だと瞬時に理性が言葉を失わせる。

「僕だけが、可哀想な君を救ってあげられるんだ」

カロルは嬉しそうに微笑んで、優しくフォワレを抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

最高魔導師の重すぎる愛の結末

甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。 いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。 呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。 このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。 銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。 ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。 でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする…… その感は残念ならが当たることになる。 何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...