ぽちゃ姫と執着魔法使い

刈一

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一瞬駆け寄ろうとした足が縫い付けられたように動かなくなった。
父親の顔に喜びといったものは伺えない。その表情は困惑というのか、複雑というのが合っている様に感じられる。

不安に陥ったフォワレがエスポーサの顔を下から伺うと、少しやつれた雰囲気の彼女は、気まずげにも頷いた。

「さあ、まずはこの陣の中に」

エスポーサはその切れ長な目を慈しみに細めフォワレの頭を優しく撫でたので、フォワレもすぐに不安を拭い去る。
恐らくこのルーンでできた陣は何処かと繋がってでもいるのだ。しかし、どこへ行くのか、そんな疑問を持つこともなくすぐに頷いた。
頼もしい母に任せさえすれば安心だという気持ちでいっぱいだ。

状況が一変したのは、二人が燐光するルーンの円に立って間もなくのことだ。

「待って!」

空間の裂け目、そうとしか言えないものが二人の目前に突如として現れた。
フォワレの背筋がゾクリと粟立つ。紛れもない、その声、裂け目の中にいるその男の姿は、大きくなっているもののまさしくカロルだった。

「フォワレちゃ…」
「いやぁっ!」

彼の姿を認知したフォワレはたちまちガタガタと震え出した。
エスポーサはフォワレを抱きしめ、咄嗟に自分の影に隠すが、カロルの声までは塞ぐことができない。エスポーサ自身も驚きに竦んでしまったからだ。

「嘘でしょ!どうしてここに来ることができるのよっ!」

カロルは非常に強い苦痛を受けたように唇を噛んだ後、青ざめてがなるエスポーサを恨めしそうに睨みつける。

「…安心するといい、愚かな弟子よ。お前の完璧な精霊文字の配置のせいで、僕の本体はそこにいけないよ」

青ざめ、にわかに震えるエスポーサが少しばかりの平穏を取り戻したのと対照的に、意味の全くわかっていないフォワレは、カロルの姿に未だ一ミリも恐怖はなくならずに怯えている。
カロルは、エスポーサの細身の陰から覗く柔らかな体に視線を移すと、裂け目から出ることはできないのを知っているのに、必死に腕を伸ばした。

彼はどうにかフォワレと話がしたいようで、エスポーサに目配せをする。説明をしろと言わんばかりの態度に若干腹を立てつつも、エスポーサはフォワレに囁いた。

「あの男はいま私たちに手を出せないから大丈夫」
「ほんと?」
「ほんとだよ、フォワレちゃん…だから最後にちょっとだけ話そう?」

甘く誘い出すような声をかけるカロルに、エスポーサが噛み付く。

「何言ってるのよ!話すわけないでしょ!ちょっとだって待つものですか!」
「なにっ!?勝手なことを!彼女の半分は僕のものだ!勝手に連れて行っていい権利がお前にあるとでも思うのか!?」

ひどく焦っている様子だ。
ダンダンと悔しげに腕を振り下ろしては、こめかみや腕に血管を浮き立たせて興奮を隠そうともしない。

フォワレが初めて聞く彼の怒声に、安全地帯からの見物のように少しだけ影から顔を覗かせてみると、心底驚いた。
いつでも穏やかで余裕を滲ませていたカロルの怜悧な顔が、怒れる獣のごとく歪んでいるのだ。

固まるフォワレの頭上で、エスポーサはさっと切り返す。

「勝手なのはあなたの方よ。フォワレの身分は彼女だけのもの!親だからといって私もあなたも自由にしていい権利なんてないわ!」
「っ……!じゃあ、お前にも権利はないじゃないか…」

ひどく自信のない返答は、フォワレが自発的にでも母親を選ぶことが分かりきっているためのようだ。

「まぁそれはもちろん、どうするかはフォワレの決めることよ」

フォワレは話の流れを聞いていたが、聞いていなかろうがエスポーサから離れるわけがない。

決して離れるまいとするフォワレを見たカロルは片手で口を覆って、悲しげにその姿を見つめた。余裕の出てきたフォワレも彼を見たので、しばし視線がかちあう。
乞うような切なげな目に、どうにも話さなければならないらしいと悟る。
うまく丸め込まれているような気がしたものの、フォワレはすぐに頭を振った。

「ねえっ?フォワレちゃん。よくわからないところへなんて行きたくないね?」
「あの…」
「僕と一緒にいる方が楽しいよ。僕と行くと言ってくれたら、何でも願いを叶えてあげるっ」
「でも…」
「君は僕のところにいるのが一番幸せなんだよ…!だからね、僕の元に来ると言うんだ」

潤んだ目が、声が、自分を見たことに対する期待でうわずり、震える。それがわかって、フォワレは決心した。最後の挨拶を口にする。
期待など絶対持たせてはいけないと今までで学習したことだ。

「しばらくお世話になったことは礼を言うね…。でも一緒には居れないわ。どうかお元気で…」

お元気で、と言った瞬間だった。悲しげだった彼の顔が嘘のように一気に怒りに染まり、すぐにことが起こった。

バチャっ

汚らしい音を立てて、寄り添って立っていた二人に赤い液体が降りかかる。
二人に、というよりその足元に。

誰よりも早くエスポーサは一瞬でことを悟ったのだろう。穢された精霊文字はもはや煌めくように放っていた光を失い、じゅうと音を立てて消えてしまった。
あたりに漂っていた精霊の助力が萎むように無くなって行くのがはっきりわかる?

絶望に支配された顔をして、エスポーサは振り向いた。

「どうして…」

液体をかけた人物は、青ざめ厳しく顔を歪ませた夫だった。
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