22 / 107
1 ルーンカレッジ編
022 帝国への使者
しおりを挟む
レミアの実家、帝国のシュライヒャー家は武門の家として名高い。もっとも代々の名門というわけではない。レミアの父エルンスト=シュライヒャーは、兵士からの叩き上げで将軍にまでなった帝国でも異数の人物である。
神聖グラン帝国は現存する国家の中では最古の国家であり、古代にはこの大陸全体を統一していたこともある。その後シュバルツバルト=バルダニア王国が独立し、両国との戦いで次第に領土が縮小していった。
帝国は古き伝統があるがゆえに、貴族を中心とした身分制が政治や軍事を強く規制していた。無能な貴族が戦を指揮し、有能でも身分のない者は力を発揮することができなかった。その辺りに帝国が衰退していった理由があったのだろう。帝国は緩やかな滅びの道を歩んでいる、それは帝国も含めて多くの人間が共有する事実であった。
ところが、ここに傑物が登場する。先々代の皇帝レオニッツ4世である。レオニッツ4世は優れた統治感覚を持ち、帝国を再び繁栄へと導いたことで「帝国中興の祖」と称された。
彼は古き帝国の制度を改革し、多くの新たな制度を確立した。例えば、従来平民が軍でつくことができるのは最高でも下級指揮官止まりであったが、彼の改革によって、優れた功績さえあげれば平民でも制限なしに出世できるようになったのである。
当然これには旧習に慣れた貴族層から強い反発を招いたが、レオニッツ4世は時に反対派の貴族を弾圧して取り潰し、時に懐柔するなどして巧みに貴族たちを自分の改革に従わせていった。レミアの父エルンスト=シュライヒャーは類まれな才能をもった軍人であったが、レオニッツ4世の改革がなければ、部隊長になるぐらいがせいぜいであったろう。
そしてレオニッツ4世の改革は、皇族にも及んだ。無能な君主=皇帝が即位すれば、帝国全体を衰退させる。レオニッツ4世はそれを憂いていた。彼には5人の息子たちがいたが、すぐには後継者や継承順位を定めなかった。
彼は息子たちが成人するまでの言行をつぶさに観察し、息子たちの才と性格、そして家臣からの評判を細かく評価した。そして最終的に後継者を定めると、それを紙にかいて封印し保管したのである。彼が死んだ後、その封が解かれて初めて後継者が分かるという仕組みである。
一度定めた後継者は、その後の息子たちの行状によって変更されることもある。レオニッツ4世の判断しだいで封印書の名前が書き換えられる可能性があるのである。それゆえ、彼の息子たちは長い間極度の緊張を強いられた。皇帝の息子という権力者ではあったが、優れた才能を示し、家臣からの信望が厚くなければ、後継者となることはできず、父の死後に冷や飯を食うことになりかねない。
それだけならまだ良いが、後継者争いに勝利した者は、往々にして競争相手であった兄弟たちを様々な理由をつけて抹殺する。息子たちは時に意にそぐわぬとしても、家臣たちの歓心を買うようなことまでしなければならなかった。レオニッツ4世の考えでは、それぐらいのことに耐えられない者は、この斜陽の帝国を率いることなどできないのであった。
そして現皇帝ヴァルナードは、このような熾烈しれつな後継者争いに勝利して皇帝に即位した。先代皇帝が比較的若く死んだため、ヴァルナードが即位したのは22才の時であった。彼には2人の兄と3人の弟がいたが、有力な貴族を味方につけ、家臣の評判を高めることに意を使い、優秀な兄を罠に陥れ皇帝の座を射止めたのである。
ヴァルナードは若くして強力な指導力を発揮し、レオニッツ4世の再来と称されていた。いずれ彼の名を受け継ぐ子孫が現れ、ヴァルナード1世と称されることになるだろう。
ジルたちが向かう帝国とはそんな国であった。シュバルツバルトはもともと帝国から独立したため、関係は良くないはずであった。ところがともに独立したバルダニアとの対立が生じ、二つの国家に分裂したことから、むしろシュバルツバルト・バルダニア間の関係の方が悪化している。帝国との関係は友好的とは言えないまでも、相対的に悪くはなかったのである。
レミアの実家シュライヒャー家は、シュバルツバルトとの国境近くを領地としている。シュバルツバルトとの小競り合いが起こる国境地帯に、この有能な軍人を領主として封じたのは先代の皇帝であった。これはなかなかに人事の妙と言えるだろう。
さて、シュライヒャー家の領地まで行くためには、国境を通過して帝国領を行かねばならない。当然それには、事前に帝国政府に許可を得る必要がある。シュバルツバルトは皇帝ヴァルナードに信書を送り、弔問団派遣の許可を申請した。
帝国としても、これはとくに害のあることではないから許可された。その上で、シュバルツバルトはシュライヒャー家に使者を送り、弔問ちょうもん団派遣の可否をたずねている。エルンストは使者から王国の意思を聞くと、しばらく瞑目し「使者殿の到着を心よりお待ちしている」と答えたという。
レミアの遺品は女子用宿舎にあったため、任務とはいえジルたちが立ち入るわけにはいかない。遺品は、ルームメイトが整理して木箱に入れ、ジルたちに引き渡された。レミアはそれほど物持ちのいい方ではないらしく、遺品は木箱一箱に収まった。遺品の木箱を前にして、3人は厳粛な気持ちにならざるを得ない。どうしても彼女の死を再認識させられることになったからである。
王宮に行った時とは違い、ジルたちは正装を荷物の中に入れ武器と防具を装備する。シュライヒャー家を訪問する段階で初めて、正装を着用することになるだろう。それまでは帝国領なので、何か不測の事態が起こらないとも限らない。すでに戦いを経験したジルとガストンは、準備を念入りに行った。何が生死を分けるかわからない、という意識が強く働いていたからである。
3人は迎えに来た王室の馬車に乗り、王宮へと向かう。前回は客人として招かれてのことであったが、今回は形式的にせよシュバルツバルトの人間として任務につくことになる。ゼノビアなどの態度も、これまでほどは甘くないだろう。ジルたちは、自然に身が引き締まる思いであった。
神聖グラン帝国は現存する国家の中では最古の国家であり、古代にはこの大陸全体を統一していたこともある。その後シュバルツバルト=バルダニア王国が独立し、両国との戦いで次第に領土が縮小していった。
帝国は古き伝統があるがゆえに、貴族を中心とした身分制が政治や軍事を強く規制していた。無能な貴族が戦を指揮し、有能でも身分のない者は力を発揮することができなかった。その辺りに帝国が衰退していった理由があったのだろう。帝国は緩やかな滅びの道を歩んでいる、それは帝国も含めて多くの人間が共有する事実であった。
ところが、ここに傑物が登場する。先々代の皇帝レオニッツ4世である。レオニッツ4世は優れた統治感覚を持ち、帝国を再び繁栄へと導いたことで「帝国中興の祖」と称された。
彼は古き帝国の制度を改革し、多くの新たな制度を確立した。例えば、従来平民が軍でつくことができるのは最高でも下級指揮官止まりであったが、彼の改革によって、優れた功績さえあげれば平民でも制限なしに出世できるようになったのである。
当然これには旧習に慣れた貴族層から強い反発を招いたが、レオニッツ4世は時に反対派の貴族を弾圧して取り潰し、時に懐柔するなどして巧みに貴族たちを自分の改革に従わせていった。レミアの父エルンスト=シュライヒャーは類まれな才能をもった軍人であったが、レオニッツ4世の改革がなければ、部隊長になるぐらいがせいぜいであったろう。
そしてレオニッツ4世の改革は、皇族にも及んだ。無能な君主=皇帝が即位すれば、帝国全体を衰退させる。レオニッツ4世はそれを憂いていた。彼には5人の息子たちがいたが、すぐには後継者や継承順位を定めなかった。
彼は息子たちが成人するまでの言行をつぶさに観察し、息子たちの才と性格、そして家臣からの評判を細かく評価した。そして最終的に後継者を定めると、それを紙にかいて封印し保管したのである。彼が死んだ後、その封が解かれて初めて後継者が分かるという仕組みである。
一度定めた後継者は、その後の息子たちの行状によって変更されることもある。レオニッツ4世の判断しだいで封印書の名前が書き換えられる可能性があるのである。それゆえ、彼の息子たちは長い間極度の緊張を強いられた。皇帝の息子という権力者ではあったが、優れた才能を示し、家臣からの信望が厚くなければ、後継者となることはできず、父の死後に冷や飯を食うことになりかねない。
それだけならまだ良いが、後継者争いに勝利した者は、往々にして競争相手であった兄弟たちを様々な理由をつけて抹殺する。息子たちは時に意にそぐわぬとしても、家臣たちの歓心を買うようなことまでしなければならなかった。レオニッツ4世の考えでは、それぐらいのことに耐えられない者は、この斜陽の帝国を率いることなどできないのであった。
そして現皇帝ヴァルナードは、このような熾烈しれつな後継者争いに勝利して皇帝に即位した。先代皇帝が比較的若く死んだため、ヴァルナードが即位したのは22才の時であった。彼には2人の兄と3人の弟がいたが、有力な貴族を味方につけ、家臣の評判を高めることに意を使い、優秀な兄を罠に陥れ皇帝の座を射止めたのである。
ヴァルナードは若くして強力な指導力を発揮し、レオニッツ4世の再来と称されていた。いずれ彼の名を受け継ぐ子孫が現れ、ヴァルナード1世と称されることになるだろう。
ジルたちが向かう帝国とはそんな国であった。シュバルツバルトはもともと帝国から独立したため、関係は良くないはずであった。ところがともに独立したバルダニアとの対立が生じ、二つの国家に分裂したことから、むしろシュバルツバルト・バルダニア間の関係の方が悪化している。帝国との関係は友好的とは言えないまでも、相対的に悪くはなかったのである。
レミアの実家シュライヒャー家は、シュバルツバルトとの国境近くを領地としている。シュバルツバルトとの小競り合いが起こる国境地帯に、この有能な軍人を領主として封じたのは先代の皇帝であった。これはなかなかに人事の妙と言えるだろう。
さて、シュライヒャー家の領地まで行くためには、国境を通過して帝国領を行かねばならない。当然それには、事前に帝国政府に許可を得る必要がある。シュバルツバルトは皇帝ヴァルナードに信書を送り、弔問団派遣の許可を申請した。
帝国としても、これはとくに害のあることではないから許可された。その上で、シュバルツバルトはシュライヒャー家に使者を送り、弔問ちょうもん団派遣の可否をたずねている。エルンストは使者から王国の意思を聞くと、しばらく瞑目し「使者殿の到着を心よりお待ちしている」と答えたという。
レミアの遺品は女子用宿舎にあったため、任務とはいえジルたちが立ち入るわけにはいかない。遺品は、ルームメイトが整理して木箱に入れ、ジルたちに引き渡された。レミアはそれほど物持ちのいい方ではないらしく、遺品は木箱一箱に収まった。遺品の木箱を前にして、3人は厳粛な気持ちにならざるを得ない。どうしても彼女の死を再認識させられることになったからである。
王宮に行った時とは違い、ジルたちは正装を荷物の中に入れ武器と防具を装備する。シュライヒャー家を訪問する段階で初めて、正装を着用することになるだろう。それまでは帝国領なので、何か不測の事態が起こらないとも限らない。すでに戦いを経験したジルとガストンは、準備を念入りに行った。何が生死を分けるかわからない、という意識が強く働いていたからである。
3人は迎えに来た王室の馬車に乗り、王宮へと向かう。前回は客人として招かれてのことであったが、今回は形式的にせよシュバルツバルトの人間として任務につくことになる。ゼノビアなどの態度も、これまでほどは甘くないだろう。ジルたちは、自然に身が引き締まる思いであった。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
【完結】お父様の再婚相手は美人様
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
シャルルの父親が子連れと再婚した!
二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。
でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる