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1 ルーンカレッジ編
050 ヴァルハラ祭 〜魔法闘技大会4
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セードルフとジルは順調に二度目の試合も勝ち上がった。そして迎えたAの決勝がセードルフ対ジルである。
セードルフはこの試合に期するところがあった。かつて自分に屈辱を与えたジルに雪辱する。それを目標にセードルフは真面目に“勉学”に励んだつもりである。この勝負、来年はない。なぜならセードルフは今年カレッジを卒業する予定なのだから。ならば雪辱する機会は今この時しかない。
セードルフは大会の始めから、ジルとの試合で最初に唱える魔法を決めていた。自分が持つ最大の魔法であり、実はこの勝負のためにとっておいた「奥の手」である。今までの試合で位階の低い魔法で地味に戦ってきたのも、全てがこの時のための布石であったのだ。
その魔法とは、第三位階の水属性の元素系魔法ブリザードである。ファイアーボールと並ぶ威力であるが、火属性が抵抗されやすいのに対して、水属性はその可能性が低い。それゆえファイアーボールよりも高度な魔法に位置づけられている。セードルフは長い鍛錬の末、この魔法を習得することに成功したのであった。ジルもこれに抵抗力はないだろう、そう踏んでいた。
呪文自体はジルの方が先に完成した。ジルのことだ、強力な攻撃魔法が飛んでくることをセードルフは覚悟した。
――しかし何の攻撃もない。
ならばその魔法は防御系だろう。しかし水属性への対抗魔法など習得する魔術師は少ないはずだ。ジルがそれを身につけているはずがない……。
セードルフのブリザードが完成し、彼の頭上に巨大な氷の結晶が出現した。そしてそれが大きな音とともに砕け、その破片がジルを襲う。セードルフは自分の優勢を確信した。これで大きなポイントを得れば、後は軽い魔法を当てるだけで勝利できるはずである。
果たしてジルは水属性の対抗魔法など唱えていなかった。ジルの全面に不可視の魔法の幕のようなものができ、それが氷の嵐を防いでいた。
会場のディスプレイには、セードルフの攻撃によるポイントが20と表示されていた。
「――そんな馬鹿な!」
予想外に低い数値に、セードルフの目が大きく見開かれた。セードルフの予想ではこの攻撃で60ポイントは獲得できたはずである。それがマジックミサイル程度のダメージしか負わせられないとは……。
(奴の唱えた魔法はやはり防御系魔法ということだろう。しかし一体なんの魔法なのだ)
ジルが唱えた魔法はマジックシールド(魔力障壁)の魔法であった。第二位階の防御系魔法で、属性に関わらず相手の魔法の威力を弱める魔法である。
プロテクションファイアが火属性の魔法に対して強力な防御力を発揮するのに対して、マジックシールドは属性に関わらず効果を発揮する魔法である。その分呪文の威力を完全に封じるわけではなく、あくまで弱めるだけの地味な魔法である。ジルは将来的に大規模な戦争に参加することを想定し、敵の魔法に対抗する手段として習得したのである。
セードルフが驚愕で自分を見失っている間、ジルは着々と魔法の詠唱を進めていた。ジルが最も好む魔法である。
「ジー・エルクス・ブリクス・ラムダ スレイド・オリクト・ラムシス・エイダ レイ・アルムード・バイロン・エルス! 漆黒の闇間より来たれ 雷光の力 我のこの手に収束せよ!」
呪文の詠唱とともに、ジルの頭上に小さな雷雲が出現する。そしてジルの身体を中心として強力な放電現象が発生する。
ジリジリっ、ジリジリっ!
客席近くにまで及ぶ大規模なものだ。そしてそれが次第に収まり一つの固まりに収束していく。
「ライトニングボルト(電撃)!」
ジルの指先から強力な雷が放たれる。雷は周囲に放電しながら勢いよく一直線にセードルフへと突き進む。
「うぉおおおお!!」
雷はセードルフを突き抜け焼いた後、壁にぶつかって消滅した。
セードルフは痛みでその場にうずくまる。結界のあるこの会場でそれほどの痛みを与えることは、非常に稀である。セードルフに与えたダメージは120と表示されていた。ジルの完全な勝利である。
セードルフはそのまま立ち上がることが出来なかった。痛みのせいではない。この数ヶ月の間、ジルに雪辱するために頑張ってきた努力が報われることがなかったことに、強いショックを受けていたのである。ジルはそれを遠目に見ていた。
観客はジルの攻撃によってセードルフが傷を負ったのではないかと思い、固唾を呑んで見守っている。そのなかで、ジルはゆっくりとセードルフに近づいていった。ジルはセードルフに手を差し出す。
「良い試合でした。セードルフ先輩がブリザードを使うとは思いませんでした。マジックシールドが上手くいきましたが、勝負は紙一重だったでしょう。以前の先輩との勝負から僕も成長することが出来ました。またどこかで戦いましょう」
「……」
セードルフは差し出された手をどうするか一瞬迷ったようだが、その手を取ることにした。さすがに手を振り払っては狭量に過ぎると思い直したのだろう。
「本当に紙一重だと思うか? 例えブリザードが本来の威力であったとしても、お前のライトニングボルトが完成すればやられていただろう」
「いえ、マジックシールドのおかげて呪文がキャンセルされることはありませんでしたが、そのまま攻撃を受けていれば呪文を続けることは出来なかったはずです」
「……」
その後、ジルはセードルフに肩を貸して開始線へと連れて行き、互いに礼をする。こうして因縁ある2人の対戦は終わったのである。
セードルフは悔しかったに違いないが、最後のジルとのやり取りで希望を持つことが出来たようだ。魔術師人生はこれからも長いのである。むしろカレッジを卒業してからがスタートであるとも言える。これから專一に鍛錬を続けていけば、いずれジルを上回る時が来ないとも限らない。
敗者として会場を去るセードルフの背を見て、ジルはミアセラの言葉を思い出していた。
(余計ないざこざを防ぎたかったら、相手の立場も考えなさい、か……)
セードルフはこの試合に期するところがあった。かつて自分に屈辱を与えたジルに雪辱する。それを目標にセードルフは真面目に“勉学”に励んだつもりである。この勝負、来年はない。なぜならセードルフは今年カレッジを卒業する予定なのだから。ならば雪辱する機会は今この時しかない。
セードルフは大会の始めから、ジルとの試合で最初に唱える魔法を決めていた。自分が持つ最大の魔法であり、実はこの勝負のためにとっておいた「奥の手」である。今までの試合で位階の低い魔法で地味に戦ってきたのも、全てがこの時のための布石であったのだ。
その魔法とは、第三位階の水属性の元素系魔法ブリザードである。ファイアーボールと並ぶ威力であるが、火属性が抵抗されやすいのに対して、水属性はその可能性が低い。それゆえファイアーボールよりも高度な魔法に位置づけられている。セードルフは長い鍛錬の末、この魔法を習得することに成功したのであった。ジルもこれに抵抗力はないだろう、そう踏んでいた。
呪文自体はジルの方が先に完成した。ジルのことだ、強力な攻撃魔法が飛んでくることをセードルフは覚悟した。
――しかし何の攻撃もない。
ならばその魔法は防御系だろう。しかし水属性への対抗魔法など習得する魔術師は少ないはずだ。ジルがそれを身につけているはずがない……。
セードルフのブリザードが完成し、彼の頭上に巨大な氷の結晶が出現した。そしてそれが大きな音とともに砕け、その破片がジルを襲う。セードルフは自分の優勢を確信した。これで大きなポイントを得れば、後は軽い魔法を当てるだけで勝利できるはずである。
果たしてジルは水属性の対抗魔法など唱えていなかった。ジルの全面に不可視の魔法の幕のようなものができ、それが氷の嵐を防いでいた。
会場のディスプレイには、セードルフの攻撃によるポイントが20と表示されていた。
「――そんな馬鹿な!」
予想外に低い数値に、セードルフの目が大きく見開かれた。セードルフの予想ではこの攻撃で60ポイントは獲得できたはずである。それがマジックミサイル程度のダメージしか負わせられないとは……。
(奴の唱えた魔法はやはり防御系魔法ということだろう。しかし一体なんの魔法なのだ)
ジルが唱えた魔法はマジックシールド(魔力障壁)の魔法であった。第二位階の防御系魔法で、属性に関わらず相手の魔法の威力を弱める魔法である。
プロテクションファイアが火属性の魔法に対して強力な防御力を発揮するのに対して、マジックシールドは属性に関わらず効果を発揮する魔法である。その分呪文の威力を完全に封じるわけではなく、あくまで弱めるだけの地味な魔法である。ジルは将来的に大規模な戦争に参加することを想定し、敵の魔法に対抗する手段として習得したのである。
セードルフが驚愕で自分を見失っている間、ジルは着々と魔法の詠唱を進めていた。ジルが最も好む魔法である。
「ジー・エルクス・ブリクス・ラムダ スレイド・オリクト・ラムシス・エイダ レイ・アルムード・バイロン・エルス! 漆黒の闇間より来たれ 雷光の力 我のこの手に収束せよ!」
呪文の詠唱とともに、ジルの頭上に小さな雷雲が出現する。そしてジルの身体を中心として強力な放電現象が発生する。
ジリジリっ、ジリジリっ!
客席近くにまで及ぶ大規模なものだ。そしてそれが次第に収まり一つの固まりに収束していく。
「ライトニングボルト(電撃)!」
ジルの指先から強力な雷が放たれる。雷は周囲に放電しながら勢いよく一直線にセードルフへと突き進む。
「うぉおおおお!!」
雷はセードルフを突き抜け焼いた後、壁にぶつかって消滅した。
セードルフは痛みでその場にうずくまる。結界のあるこの会場でそれほどの痛みを与えることは、非常に稀である。セードルフに与えたダメージは120と表示されていた。ジルの完全な勝利である。
セードルフはそのまま立ち上がることが出来なかった。痛みのせいではない。この数ヶ月の間、ジルに雪辱するために頑張ってきた努力が報われることがなかったことに、強いショックを受けていたのである。ジルはそれを遠目に見ていた。
観客はジルの攻撃によってセードルフが傷を負ったのではないかと思い、固唾を呑んで見守っている。そのなかで、ジルはゆっくりとセードルフに近づいていった。ジルはセードルフに手を差し出す。
「良い試合でした。セードルフ先輩がブリザードを使うとは思いませんでした。マジックシールドが上手くいきましたが、勝負は紙一重だったでしょう。以前の先輩との勝負から僕も成長することが出来ました。またどこかで戦いましょう」
「……」
セードルフは差し出された手をどうするか一瞬迷ったようだが、その手を取ることにした。さすがに手を振り払っては狭量に過ぎると思い直したのだろう。
「本当に紙一重だと思うか? 例えブリザードが本来の威力であったとしても、お前のライトニングボルトが完成すればやられていただろう」
「いえ、マジックシールドのおかげて呪文がキャンセルされることはありませんでしたが、そのまま攻撃を受けていれば呪文を続けることは出来なかったはずです」
「……」
その後、ジルはセードルフに肩を貸して開始線へと連れて行き、互いに礼をする。こうして因縁ある2人の対戦は終わったのである。
セードルフは悔しかったに違いないが、最後のジルとのやり取りで希望を持つことが出来たようだ。魔術師人生はこれからも長いのである。むしろカレッジを卒業してからがスタートであるとも言える。これから專一に鍛錬を続けていけば、いずれジルを上回る時が来ないとも限らない。
敗者として会場を去るセードルフの背を見て、ジルはミアセラの言葉を思い出していた。
(余計ないざこざを防ぎたかったら、相手の立場も考えなさい、か……)
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