シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

057 レニの故郷へ1

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 試験週間が終わったルーンカレッジは、7月半ばから8月末まで長期の夏休みに入った。ほとんどの学生は、年に一回の機会とあって実家に帰省する。ガストンやサイファーも例外ではない。

 しかしジルは父に対するわだかまりがまだ解消されていないこともあって、実家に帰る気にはなれなかった。ちなみに父からは帰ってくるように手紙は来ているが、本人もジルがそれに従うとは思っていないだろう。

 ここ数ヶ月の間、色々なことがあったため魔法の研究がおろそかになっていた。夏休みは学校に残って魔法の研究をするか、そうジルは考えていた。

「先輩、夏休みはどうするんですか?」
 
 今季最後の朝練が済んだ後、レニがジルにたずねた。

「レニこそどうするんだ? 実家に帰るのか?」

「はい、1年近く両親に会っていませんし、心配しているでしょうから来週実家に帰ります」

「そうか。僕はカレッジに残るつもりだよ。父とはちょっと喧嘩をしていてね……」

 父との関係はレニには話していないので、ジルとしてはこう言うしか無い。

「そうなんですか? 誰もいないカレッジに残るというのは寂しいですね」

「いや、そうでもないよ。去年も帰らなかったけど、残っている学生もちらほら居る。魔法の研究に専念できるのは悪くない」

 と言いつつ、ジルがいささか寂しげな眼をしていることにレニは気づいていた。もうずっとジルと一緒に居るのだ、表情の変化にはすぐに気づく。

「せ、先輩! では私の実家に一緒に来られませんか? お世話になっている先輩のことを父や母に紹介したいですし」

「レニの家に? レニはともかくとして、ご両親に迷惑になるだろ?」

 娘が一年ぶりに帰ってくるのだ。家族水入らずで過ごしたいと思うのは当然だろう。

「いえ、父は軍の関係で忙しいですし、母はきっと歓迎するはずです。私の指導生がどのような人か、母も知りたいはずですから」

「とはいえ、指導生というのはもうお終いなんだけどな」

 ルーンカレッジの新入生と指導生の関係は、公式には1年で終わる。ただその間に親密な関係となった場合には、両者がルーンカレッジにいる間、あるいは生涯その関係が続くことも多い。もちろんジルとセードルフの関係のように、すぐに破綻したり、一年限りで終わることも珍しくはないのだが。

「私にとって先輩はいつまでも先輩です。これからも私のこと指導して下さい!」

「ああ、それは構わないけど、レニはかなり優秀な方だと思うぞ。指導の必要があるかな」

 これは世辞などではなく事実である。新入生の中で、レニは飛び抜けて優れた才能がある。これはジルが教員のマリウスと話した時、彼も言っていたことだ。

「そういうわけで、これからも指導していただくジル先輩のことは両親も気になるはずなんです。ぜひ先輩を招待したいのですが、来ていただけませんか?」

「……」

 ジルはひとしきり考えた。夏はゆっくりと魔法の研究をするはずだったが、レニの故郷でのんびりするのも悪く無い。それに英雄レムオン=クリストバインには前から会ってみたいと思っていた。レニの父という絶好のツテがあるのだから、その機会を逃すのは惜しい気がした。
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