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2 動乱の始まり編
059 レニと母
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クリストバイン家の領地までは3日の距離ということで、途中地方都市に立ち寄り宿泊しながらの旅となった。おそらくジルとレニが2人で徒歩の旅をするとなれば、危険なことがあったかもしれない。しかし馬車で護衛も雇った上での旅だったので、よほどのことが無い限りは問題はない。
そして3日目――
ジルの目の前には、湖と河に囲まれた素晴らしい景色が広がっていた。
「きれいだな……」
思わずジルの口からその言葉がこぼれ出た。ソニエ地方は景色が綺麗なことから、観光地、とくに新婚旅行先として知られている。ジルの領地も悪くはないが、ここはまた格別だ。
「でしょう? 先輩。私もここに住んでいた時は意識しなかったんですが、カレッジに来てから分かりました。先輩にも是非見てもらいたかったんです」
誰でも自分の好きなものを見てもらうのは嬉しいものだ。ましてや、その人も同じ思いを共有してくれるのなら尚更である。
馬車は幾つかの湖と小川を通り過ぎていく。陽の光が水面に反射する様をジルは見ていた。すると、人家が密集した地域へと入ったことに気づく。クリストバイン伯爵家の領民たちの住む家だろう。もう少し行ったところに領主の館があるはずである。このような貴族の領地の構造というのは、大抵同じような構造となっているものなのである。
――さすがにクリストバイン家は上級貴族の伯爵家であった。領主の館は、アンブローズ家のそれと比較してはるかに大きい。帝国で見たシュライヒャー家とも比べものにならない。
門の前では執事3人と侍女たちが出迎えていた。馬車から降りたレニが執事に話しかける。
「久しぶりね、ハンス。こっちは変わりはない?」
「はい、お嬢様。皆様元気でいらっしゃいます」
「あなた達も変わりはない? マリアは?」
マリアとはレニを幼い頃から面倒みてきた侍女である。使用人にも気さくなレニらしい。
「ええ、ありがとうございます、お嬢様。マリアも後で顔をみせるでしょう。奥さまは館でお待ちしております。ご主人さまはただいま軍務で外出しております」
「お父さまは居ないのね。今日帰ってくるかしら?」
「急な用件がなければ、おそらくは夜に帰っていらっしゃるでしょう」
レニはハンスとジルの真ん中に立ち、ジルを紹介する。
「ハンス、こちらはジルフォニア=アンブローズさま。ルーンカレッジの上級生で、私の指導生として魔法の指導をしてくださったの。今回私たちはジルさまを大事なゲストとしておもてなししたいの。宜しくお願いね」
「かしこまりました、お嬢様。ジルフォニアさま、ようこそいらっしゃいました。こちらでの滞在中、私どもが全力でおもてなしさせていだきます。どうぞ館へお入りください」
ジルたちが館へと入ると、我慢できなかったかのように入り口のところで一人の女性が待ち構えていた。まだ若く見えるがレニの母親だろう。
「ただいま帰りました、お母さま……」
流石に初めて親元を離れ、一年近く会っていなかったため、自然な感情の昂ぶりがレニをおそっていた。そしてそれは母親の方も同じだったのであろう。
「おかえりなさい、レニ!」
母親はレニをきつく抱きしめた。母親からすれば、まだ大人になってもいない子どもを、遠い所にやっているのだ。心配でないはずがない。
母親は娘と抱き合ってひとしきり再会を楽しむと、邪魔しないよう控えていたジルに気づく。
「あなたがレニの手紙にあった指導生の“ジル先輩”ね? 私はレニの母親のアニスといいます。娘が大変お世話になってるようで、感謝しているわ」
アニスは穏やかな笑顔をジルに向けていた。いかにも貴族の女性らしい、大らかな性格のようだ。
「ジルフォニア=アンブローズです、奥さま。たまたまお嬢さまの指導生に選ばれただけです。お嬢さまは高い魔力をお持ちなので、僕としても指導しがいがあります」
「まあ、本当に? 夫がレニをルーンカレッジに入れると言い出して、私は正直反対だったのだけど、入れたかいがあったようね」
レニをルーンカレッジへ入れるのに積極的だったのは、父のレムオン=クリストバインの方だったようだ。アニスはまだ13歳のレニを手元において置きたかったのだろう。
「それで、お父様は外出されていると聞いたけど?」
「そうなのよ。私には難しい話は分からないけど、お父様は戦争で活躍されたから、重要な御役目についているの。それで毎日のように会議があるみたい」
レニの父レムオン=クリストバインは、今からおよそ15年前に歴史上に姿を現した。クリストバイン伯爵家を継いだばかりのレムオンは、自領の兵を率いてバルダニアとの戦争に参加。その戦いでシュバルツバルト軍の全面崩壊を防ぎ、逆に勝利に導いた。この戦いで一躍レムオンの名声は高まり、英雄と称されるようになる。
以来、レムオンはシュバルツバルト軍の重鎮として、軍中枢部で重要な役割を果たしている。自然、レムオンは自領に落ち着く暇もなくなっている。
「私が居た頃から何も変わってないのね」
「ええ。それでもあなたが帰ってくるという知らせがあったから、今日は夜に帰って来てくれるのよ。ここ最近、ずっと軍に詰めっぱなしだったんだから」
「良かったわ。お父様にもぜひジル先輩を紹介したかったから」
「まあ。まるで良い人を紹介するみたいね」
アニスはレニをからかうように言った。
「お母さま!!」
不意のことに、レニは顔を赤らめた。ジルもどう反応してよいか分からない。
「冗談はさておき、お客さまをこんなところに留めておくわけにはいかないわ。ジルさん、あなたには2階に部屋を用意していありますから、ここにいる間はご自由にどうぞ。それから何かあれば執事のハンスや屋敷の者になんなりと言ってくださいね」
そして3日目――
ジルの目の前には、湖と河に囲まれた素晴らしい景色が広がっていた。
「きれいだな……」
思わずジルの口からその言葉がこぼれ出た。ソニエ地方は景色が綺麗なことから、観光地、とくに新婚旅行先として知られている。ジルの領地も悪くはないが、ここはまた格別だ。
「でしょう? 先輩。私もここに住んでいた時は意識しなかったんですが、カレッジに来てから分かりました。先輩にも是非見てもらいたかったんです」
誰でも自分の好きなものを見てもらうのは嬉しいものだ。ましてや、その人も同じ思いを共有してくれるのなら尚更である。
馬車は幾つかの湖と小川を通り過ぎていく。陽の光が水面に反射する様をジルは見ていた。すると、人家が密集した地域へと入ったことに気づく。クリストバイン伯爵家の領民たちの住む家だろう。もう少し行ったところに領主の館があるはずである。このような貴族の領地の構造というのは、大抵同じような構造となっているものなのである。
――さすがにクリストバイン家は上級貴族の伯爵家であった。領主の館は、アンブローズ家のそれと比較してはるかに大きい。帝国で見たシュライヒャー家とも比べものにならない。
門の前では執事3人と侍女たちが出迎えていた。馬車から降りたレニが執事に話しかける。
「久しぶりね、ハンス。こっちは変わりはない?」
「はい、お嬢様。皆様元気でいらっしゃいます」
「あなた達も変わりはない? マリアは?」
マリアとはレニを幼い頃から面倒みてきた侍女である。使用人にも気さくなレニらしい。
「ええ、ありがとうございます、お嬢様。マリアも後で顔をみせるでしょう。奥さまは館でお待ちしております。ご主人さまはただいま軍務で外出しております」
「お父さまは居ないのね。今日帰ってくるかしら?」
「急な用件がなければ、おそらくは夜に帰っていらっしゃるでしょう」
レニはハンスとジルの真ん中に立ち、ジルを紹介する。
「ハンス、こちらはジルフォニア=アンブローズさま。ルーンカレッジの上級生で、私の指導生として魔法の指導をしてくださったの。今回私たちはジルさまを大事なゲストとしておもてなししたいの。宜しくお願いね」
「かしこまりました、お嬢様。ジルフォニアさま、ようこそいらっしゃいました。こちらでの滞在中、私どもが全力でおもてなしさせていだきます。どうぞ館へお入りください」
ジルたちが館へと入ると、我慢できなかったかのように入り口のところで一人の女性が待ち構えていた。まだ若く見えるがレニの母親だろう。
「ただいま帰りました、お母さま……」
流石に初めて親元を離れ、一年近く会っていなかったため、自然な感情の昂ぶりがレニをおそっていた。そしてそれは母親の方も同じだったのであろう。
「おかえりなさい、レニ!」
母親はレニをきつく抱きしめた。母親からすれば、まだ大人になってもいない子どもを、遠い所にやっているのだ。心配でないはずがない。
母親は娘と抱き合ってひとしきり再会を楽しむと、邪魔しないよう控えていたジルに気づく。
「あなたがレニの手紙にあった指導生の“ジル先輩”ね? 私はレニの母親のアニスといいます。娘が大変お世話になってるようで、感謝しているわ」
アニスは穏やかな笑顔をジルに向けていた。いかにも貴族の女性らしい、大らかな性格のようだ。
「ジルフォニア=アンブローズです、奥さま。たまたまお嬢さまの指導生に選ばれただけです。お嬢さまは高い魔力をお持ちなので、僕としても指導しがいがあります」
「まあ、本当に? 夫がレニをルーンカレッジに入れると言い出して、私は正直反対だったのだけど、入れたかいがあったようね」
レニをルーンカレッジへ入れるのに積極的だったのは、父のレムオン=クリストバインの方だったようだ。アニスはまだ13歳のレニを手元において置きたかったのだろう。
「それで、お父様は外出されていると聞いたけど?」
「そうなのよ。私には難しい話は分からないけど、お父様は戦争で活躍されたから、重要な御役目についているの。それで毎日のように会議があるみたい」
レニの父レムオン=クリストバインは、今からおよそ15年前に歴史上に姿を現した。クリストバイン伯爵家を継いだばかりのレムオンは、自領の兵を率いてバルダニアとの戦争に参加。その戦いでシュバルツバルト軍の全面崩壊を防ぎ、逆に勝利に導いた。この戦いで一躍レムオンの名声は高まり、英雄と称されるようになる。
以来、レムオンはシュバルツバルト軍の重鎮として、軍中枢部で重要な役割を果たしている。自然、レムオンは自領に落ち着く暇もなくなっている。
「私が居た頃から何も変わってないのね」
「ええ。それでもあなたが帰ってくるという知らせがあったから、今日は夜に帰って来てくれるのよ。ここ最近、ずっと軍に詰めっぱなしだったんだから」
「良かったわ。お父様にもぜひジル先輩を紹介したかったから」
「まあ。まるで良い人を紹介するみたいね」
アニスはレニをからかうように言った。
「お母さま!!」
不意のことに、レニは顔を赤らめた。ジルもどう反応してよいか分からない。
「冗談はさておき、お客さまをこんなところに留めておくわけにはいかないわ。ジルさん、あなたには2階に部屋を用意していありますから、ここにいる間はご自由にどうぞ。それから何かあれば執事のハンスや屋敷の者になんなりと言ってくださいね」
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