シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

060 レニと母2

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 レニは一年ぶりに自室へと戻った。部屋をぐるりと眺める。たかが一年留守にしただけだが、部屋の中の物の配置すら懐かしい。と同時に、今ではルーンカレッジでの生活が充実しているため、ここに居るのが場違いな気がしてくる。ここにはメリッサも、同級生も、ジルも居ないのだから……。

 母はジルのことをどう思っているのだろう。まさかレニの婿候補とでも思っているのだろうか……。

 レニはこれでもクリストバイン伯爵家の令嬢である。しかも父レムオンは戦争の英雄と呼ばれ注目の的だ。伯爵家の名跡《みょうせき》とレムオンとの繋がりを欲して、すでにレニにはひっきりなしに縁談の話が舞い込んでいる。

 貴族ともなれば、その付き合いによって幼い頃から許嫁《いいなづけ》がいてもおかしくない。大抵は子どもの意思とは無関係に、親同士、貴族同士の政略から決められる。それが貴族というものだ、レニも幼い頃からそう覚悟していた。

 ただレニの両親は、貴族同士の政争にレニを巻き込むことを望まなかった。ルーンカレッジで学んでいることを理由に、やんわりと縁談を断っているのである。レニをカレッジへとやったのは、その口実とすることも目的の一つだったのだ。

 母のアニスは、純粋に娘を貴族の慣習に巻き込みたくなかった。アニス自身はレムオンのことを深く愛しているが、自分はただ運が良かっただけだと分かっていた。貴族同士の結婚は、とくに女にとって不幸を呼ぶことも多いのである。

 一方レムオンの内心は不明である。アニスから見ても、レムオンはレニを子どもの頃から可愛がっていたが、夫は軍人らしく時に冷徹な判断をする人間である。レムオンがレニの縁談を断っているのは、自分とはまた別の思いがあるのかもしれない、アニスはそうみていた。

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 レニはジルを誘い、館の周囲をともに散策した。自分が幼い頃に遊んだ森や小川、一番景色の良い丘などへ案内し、「湖水地方」の美しい眺めをジルに見せた。人で賑わうフリギアと違い、落ち着いたソニエ地方の空気をジルも楽しんでいるようだ。カレッジは、良くも悪くも人であふれている。たまにこのような人のいない自然の中に来ることで、気分転換することが出来るのだ。

 レニはジルと歩きながら、自分の昔話をした。屋敷の近くで近くの領民の子と偶然出会い、館の外の事について教えてもらったこと、まだ今ほど忙しくなかった父に、馬に乗せてもらい領地を駆けたこと、貴族の令嬢として礼儀作法やダンスをならったこと、など。

 ジルはそれを聞きながら、レニのことをまだ何も知らなかったことに気がついた。思えば毎日の学園生活と魔法のことばかりで、互いの過去については何も話していなかった。

「先輩のご領地はどんなところなんですか?」

「シュバルツバルトの中西部、海から近いところにあるサントという地方なんだ。ここほどは美しい景色ではないけど、丘から眺める海の景色はまた違う良さがあると思うよ」

「へー、実は海ってまだ一度しか見たことがないんです。先輩の故郷もぜひ見てみたいです」

「そうだな、機会があれば……」

 答えるジルの歯切れが悪い。出生のことで父ロデリックに対してもやもやとしたものがあり、領地に帰る気になれないのだ。言いよどむジルの様子を見て、レニは深く触れないでおくことにした。

「先輩、そろそろ日も暮れます。家に帰って夕ごはんにしましょう。今日は多分母が自分で料理をすると思いますよ。母のミートパイはとっても美味しいので、楽しみにしててくださいね!」
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