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2 動乱の始まり編
064 レムオン=クリストバインという男
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レムオン=クリストバインは当初から期待されて家を継いだわけではなかった。むしろクリストバイン家の穀潰しとして疎まれていたと言った方が良い。伯爵家は本当なら兄が継ぐはずだったのだ……。
レムオンの父アランにはカイルとレムオンという二人の男子がいた。2つ離れた兄カイルは、将来を約束された跡継ぎであった。カイルは何をしても要領よくこなし、細かな気配りもでき人当たりも良かった。そのため、身分の高い貴族との交流はもちろんのこと、屋敷の使用人からも慕われる、そんな少年だった。
一方、できすぎる兄にくらべ、レムオンは何においても見劣りした。ややもすれば一日中ぼーとしている、そんな印象を周囲から持たれていた。比較対象としての兄がいなければ、それでも跡継ぎ候補として認められたかもしれない。しかし、すぐ身近にカイルという輝きがあると、レムオンは影としての存在にならざるを得なかった。
二人がまだ幼い時分には、父アランは兄弟に対して努めて公平であるように自己を律していた。どうしてもアランに甘くなり、レムオンをどやしつけたくなった時も、自制心で思いとどまった。しかし老いるにしたがってアランの自制心は緩み、兄には過度に甘くなり、レムオンに対しては虐待ともとれるほど当たり散らすことが多くなった。
もともとアランは若い頃から酒量が多い方であり、酔った時には人に当たることも多かった。普段は主に言葉による暴力であったが、酒に酔った時は文字通り肉体に対する暴力も伴った。その場合暴力は稀にカイルに及ぶこともあった。酔が覚めた時、アランはカイルに暴力を振るったことを後悔したが、レムオンに対してはついぞ後悔することはなかった。
カイルが18歳となった日、兄は正式にクリストバイン家の跡を継いだ。当主であったアランの行状が荒れていることは誰の目にも明らかであり、自分でもそれを自覚していたのであろう。アランは頼りになるカイルに全てを継がせたのである。
レムオンはそんな兄を見ながら、日陰者として生きていた。しかし特別不満があったわけではない。世の中に平等や公平など無い、世の中はそんなものだ、そんな諦めに似た気持ちがあったのである。
カイルが家を継いで一年後、父は病気で亡くなった。全てを息子に任せて安心したのであろう。もともと多かった酒量は一層増し、内蔵を痛めたのであった。しかしアランの死に方はそれほど悪いものではなかったかもしれない。ともかくも最後は安心して死んでいったのだ。
父が死ぬと、家にはカイルとレムオンだけになった。兄と弟は幼い頃から至って疎遠であった。父がレムオンを疎んじているなかで、カイルもレムオンと仲良くすることはできなかったのである。カイルは特に弟を迫害するようなことはしなかったが、不幸な弟に配慮することもなかった。要するに体よく無視することにしたのである。レムオンは屋敷の中で存在しないものとして過ごすことになった。
貴族は領地の兵を率い王国の戦争に参加しなければならない。カイルは軍人としてもなかなか有能であった。少なくともそう周囲から認められていた。飛び抜けた戦功を挙げたわけではなかったが、出陣する毎になんらかの手柄を挙げて帰ってきた。カイルは人付き合いも良かったことから、高く評価され軍人としても重要な役割を任されるようになっていった。
そして重要な戦いが始まる。バルダニア王国との戦いである。
シュバルツバルトとバルダニアはもともと一つの国として帝国から独立した。しかしその後、イシス教の教義上の対立から2つに分裂することになった。シュバルツバルトからバルダニアが独立する形で、である。
なまじ同じイシス教であるだけに、教義の違いによる教団内部の対立は、激しい対立を生んだ。帝国との関係よりもお互いとの関係が急速に冷えきっていったのである。
このような宗教上の対立が両国の戦争の大きな背景であるとすれば、国境紛争はその直接的な契機であった。シュバルツバルトの都市ギール付近の国境地域は、貴重な鉱物資源を生産する地帯として有名であった。鉱山はシュバルツバルト側にも、そしてバルダニア側にも存在していたのだが、ちょうど国境線上に比較的大きなモデルン鉱山があり、両国の争奪戦の対象となったのである。
こうして従来外交上批判し合うだけの対立であった両国は、直接刃を交える戦いに突入していったのである。
レムオンの父アランにはカイルとレムオンという二人の男子がいた。2つ離れた兄カイルは、将来を約束された跡継ぎであった。カイルは何をしても要領よくこなし、細かな気配りもでき人当たりも良かった。そのため、身分の高い貴族との交流はもちろんのこと、屋敷の使用人からも慕われる、そんな少年だった。
一方、できすぎる兄にくらべ、レムオンは何においても見劣りした。ややもすれば一日中ぼーとしている、そんな印象を周囲から持たれていた。比較対象としての兄がいなければ、それでも跡継ぎ候補として認められたかもしれない。しかし、すぐ身近にカイルという輝きがあると、レムオンは影としての存在にならざるを得なかった。
二人がまだ幼い時分には、父アランは兄弟に対して努めて公平であるように自己を律していた。どうしてもアランに甘くなり、レムオンをどやしつけたくなった時も、自制心で思いとどまった。しかし老いるにしたがってアランの自制心は緩み、兄には過度に甘くなり、レムオンに対しては虐待ともとれるほど当たり散らすことが多くなった。
もともとアランは若い頃から酒量が多い方であり、酔った時には人に当たることも多かった。普段は主に言葉による暴力であったが、酒に酔った時は文字通り肉体に対する暴力も伴った。その場合暴力は稀にカイルに及ぶこともあった。酔が覚めた時、アランはカイルに暴力を振るったことを後悔したが、レムオンに対してはついぞ後悔することはなかった。
カイルが18歳となった日、兄は正式にクリストバイン家の跡を継いだ。当主であったアランの行状が荒れていることは誰の目にも明らかであり、自分でもそれを自覚していたのであろう。アランは頼りになるカイルに全てを継がせたのである。
レムオンはそんな兄を見ながら、日陰者として生きていた。しかし特別不満があったわけではない。世の中に平等や公平など無い、世の中はそんなものだ、そんな諦めに似た気持ちがあったのである。
カイルが家を継いで一年後、父は病気で亡くなった。全てを息子に任せて安心したのであろう。もともと多かった酒量は一層増し、内蔵を痛めたのであった。しかしアランの死に方はそれほど悪いものではなかったかもしれない。ともかくも最後は安心して死んでいったのだ。
父が死ぬと、家にはカイルとレムオンだけになった。兄と弟は幼い頃から至って疎遠であった。父がレムオンを疎んじているなかで、カイルもレムオンと仲良くすることはできなかったのである。カイルは特に弟を迫害するようなことはしなかったが、不幸な弟に配慮することもなかった。要するに体よく無視することにしたのである。レムオンは屋敷の中で存在しないものとして過ごすことになった。
貴族は領地の兵を率い王国の戦争に参加しなければならない。カイルは軍人としてもなかなか有能であった。少なくともそう周囲から認められていた。飛び抜けた戦功を挙げたわけではなかったが、出陣する毎になんらかの手柄を挙げて帰ってきた。カイルは人付き合いも良かったことから、高く評価され軍人としても重要な役割を任されるようになっていった。
そして重要な戦いが始まる。バルダニア王国との戦いである。
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なまじ同じイシス教であるだけに、教義の違いによる教団内部の対立は、激しい対立を生んだ。帝国との関係よりもお互いとの関係が急速に冷えきっていったのである。
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