シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

073 暗殺未遂事件2

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 この場所から王宮までは馬車での移動となる。すでに馬車が用意されており、御者が馬車の横に立って出迎えていた。ジルはふとその御者の顔に見覚えがあるような気がした……。

「さあ姫、今日はアリア役で大勢の人間に見られて疲れたでしょう。早く王宮へと帰りましょう」

 ゼノビアがアルネラを馬車に案内しようとする。

 ジルは御者が気になり、センスオーラをかける。すると――

 御者は、魔力を付与した何かを所持していることが分かった。護衛の騎士ならともかく、御者がそんなものを持つ必要はない。それにあの顔は……あの屋台の近くで周囲を気にしていた男だ!!

「姫っ!! 御者から離れるのです!」

 ジルはそう怒鳴りながらアルネラのもとへ駆け寄る。ジルが突然大声を出したので、アルネラは驚いて我を失っていた。ゼノビアも反応が一瞬遅れる。事態の急変を悟った御者の男は、胸元から魔力を帯びたナイフを取り出し、それをアルネラへ向けて投じた。

 その一投は手練の技であり、狙いは正確にアルネラの心臓を狙ったものであった。もしそのままアルネラが立っていたら、命は奪われていたに違いない。

 しかし、寸前でジルがアルネラに飛びつき、抱きかかえたまま横へと倒れこんだ。ナイフは標的を失って後方へと飛んでいく。そこで初めてゼノビアや周囲の騎士たちは我に返り、御者が暗殺犯であることを悟った。

「曲者だ! その男を捕まえろ!」

 ゼノビアがそう命令を出すまでもなく、護衛の騎士たちは男の脱出経路を断つように周囲を取り囲んでいた。ルーファスの監督の下、よく訓練されていることがうかがえる。

「殺すなよ! その男には聞かねばならないことがある」

 ゼノビアがそう言ったのは、事件の首謀者を吐かせるためである。ゼノビアの脳裏にあったのは、やはり誘拐事件の一件であった。あの事件と今回の事件とは関わりがあるはずだ、そうゼノビアは考えていた。

 しかし周囲を取り囲まれた男は、逡巡することもなく歯を強く噛みしめると、崩れ落ちるように倒れこんだ。ゼノビアたちが男のもとへ駆け寄り男の体を確認する。男は口から泡を吐いて死んでいた。

「ちっ、死んだか」

 ゼノビアが無念そうにそうつぶやいた。男は口の中にあらかじめ毒を含んでいたのだ。闇社会の人間によくあるやり口である。アルネラに投じたナイフにも、同種の毒が塗られていたことが分かった。

「姫、お怪我はありませんか?」

 まだ倒れたままの格好で、ジルがそうたずねた。おそらくアルネラはまだ何事が起こったかよく分かっていないはずだ。

「ええ、大丈夫です……。何が起こったのですか?」

「刺客に襲われたのです。馬車の御者に変装していました」

「そうですか……。ジル、またあなたに命を救われたのですね。ありがとう」

「いえ……、姫がご無事で何よりです。あの、どうかなさいましたか?」

 姫が顔を赤くしていることに、ジルは気がついた。何か具合でも悪くなったのだろうか。

「……ジル、もうそろそろ離してはいただけませんか?」

 アルネラは非常に恥ずかしそうにそう言った。

 ジルは今の自分とアルネラの格好を見渡した。暗殺者のナイフから姫を救うため、ジルはアルネラを抱いたまま横たわっていたのである。そう、アルネラを抱いたまま……。

「し、失礼しました、姫! どうかお許しを」

 平時にこんなところを誰かに見つかれば打首ものだろう。

「いえ、良いのです、ジル。これも忠義の証というもの。あなたが居なければ私は死んでいました」

「ジル、私からも礼を言う。またも姫を救ってもらったな」

 ゼノビアがジルたちに近づいて礼を言ってきた。

「男の正体は分かりますか?」

 それよりも、ジルが気になっていたのは男の方だった。

「ああ、男の胸には龍と剣の刺青が掘ってあった」

「……それは確か、ドラゴンヘッドのマークですね」

 ジルの記憶によれば、それは暗殺を生業とする秘密結社ドラゴンヘッドのトレードマークであった。ドランゴンヘッドとは、社会の中に確実に存在はしているものの、誰もそれを詳しくは知らない謎の組織である。ドラゴンヘッドの暗殺者は決して依頼人の情報を漏らさないという。暗殺者として育てられる時に、鉄の掟として教え込まれるらしい。

「ああ、ドラゴンヘッドに間違いないだろう。だがこいつらがなぜ姫を……」

「普通に考えれば、誰かが依頼をしたのでしょうね」

「だろうな……」

 ゼノビアがジルの答えにうなづいた。だとすれば、依頼人はきっと姫を誘拐した黒幕と同じに違いない、ゼノビアはそう思った。

 ゼノビアがギリっと奥歯を強く噛み締めた。これでアルネラの命が狙われたのは二度目である。自分が警備についていながら、今度もあと一歩で殺害されるところだったのだ。きっと犯人を見つけ出し、そして八つ裂きにしてやる、そうゼノビアは誓うのであった。
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