シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

084 皇帝ヴァルナード1

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 現皇帝ヴァルナードには、2人の兄と2人の弟がいた。帝国では女子に継承権はないため、普通ならばヴァルナードの帝位継承権は第三位に位置するはずであった。

 だが先々代の偉大な皇帝「中興の祖」レオニッツ4世の改革により、帝位継承についても改革が行われた。すなわち、明確な継承順位は定めず、皇帝が息子たちの才能や行状、そして家臣からの評判を細かく評価し、封印書に後継者の名を書き記すという制度である。一度封印書に名を書き記した後も、その後の行いによっては再度名を改める可能性もある。

 この制度により、より優秀な者を皇帝に選ぶことに成功したが、皇子たちの受ける重圧は以前の比ではなくなった。彼らは新たな皇帝が即位するまでの間、評価され続け、失点を数えられ続けるのである。しかし、彼らはその重圧のために帝位を放棄するだろうか。否である。

 帝位を争う者同士の関係は残酷なものである。そこには肉親の情などほとんど無い。新たに即位した皇帝にとって、皇帝の座を争った兄弟たちは、潜在的な反乱分子である。したがって帝位継承争いに負けた者のなかには、新皇帝の名により死に追いやられる者が数多くいるのだ。

 ヴァルナードはそんな負け犬になるのはごめんだった。勝負は絶対に勝たねばならない、とくにこの帝位継承争いに関しては。長兄のアルベルトとヴァルナードは同じ母を持つ兄弟同士であり、他の兄弟は第二夫人から生まれた異母兄、異母弟であった。

 王族や皇族にとっては珍しくもないことだが、たとえ兄弟であっても権力を争う者同士、肉親の情は薄いものである。ただ、兄弟の中でも、ヴァルナードは母を同じくするアルベルトとだけは仲が良かった。アルベルトは品行方正、とくに文に優れ、優れた統率力、政治力を持ち、帝位継承争いにおいて最有力と見られていた。

 そんな優れた兄は、母に弟の面倒を見るように言われたこともあり、ヴァルナードに良くしてくれた。二人の間には歳の差が7才あった。アルベルトから見れば弟はいつまでも幼い弟であり、帝位を争う競争相手として見られていなかったのであろう。ヴァルナードの幼少時の記憶には、優しい兄に遊んでもらった記憶が数多く存在した。

 帝位継承争いが本格化してくると、自然にアルベルト・ヴァルナード対他の兄弟という構図になった。二人は協力関係を結び、というよりは自然と弟のヴァルナードが兄の帝位継承に協力する形で、他の兄弟を追い落とすことになった。そして当然それは相手陣営も同様である。

 長兄アルベルトは最有力の候補であるから、家臣の中にも彼を支持する者は多かった。なかでも味方として最も頼りになったのが大魔導師ザービアックである。当時まだ20代後半の若き魔術師は、父帝によって大魔導師に抜擢された。ザービアックにはそれだけの才能があったのである。

 ザービアックはルーンカレッジの卒業生ではなく、帝国が運営する帝国魔術学校の出身である。帝国魔術学校は歴史は古いが、それだけに進取の気性に欠け、ここ百年ほどは魔術の教育機関としてルーンカレッジの後塵を拝していた。帝国の人間でも最も優秀な者は、まずルーンカレッジへと入学するようなっていたのだ。

 しかし、ザービアックはずば抜けた才がありながらも、帝国魔術学校へ進むことを選んだ。そして彼は学校始まって以来の優秀な成績を残して卒業し、帝国の宮廷魔術師となったのである。

 運も味方していたらしい。父帝がまだ皇子であった頃に、ザービアックはその部下として近くで仕える機会を得たのである。父帝は、才気煥発で何を問うてもすぐに答えが返ってくるザービアックを、高く評価していた。そして父帝は帝位に着くと、まだ28歳のザービアックを大魔導師に抜擢した。これは帝国の長い歴史においても、最も若い大魔導師の誕生であった。

 ザービアックは有能な男であるだけに、計算高くもあった。それゆえ皇帝の意がアルベルトにあることを悟っていた。彼は秘密裏にアルベルトやヴァルナードに協力した。他の兄弟たちの失点が皇帝の耳に入るようにし、アルベルトやヴァルナードの聡明さ、有能さを誇張して伝えた。ザービアックは父帝の最も信頼する家臣であるだけに、その影響力は大きかった。

 だが次兄マリウスは、なかなかに強力なライバルであった。彼の母親は有力な門閥貴族であり、その係累の多くの貴族も彼を支持していた。それゆえアルベルトといえども容易にその支持基盤を崩すことはできそうになかった。そこでアルベルト自身は乗り気ではなかったものの、ヴァルナードとザービアックは連日対抗策を練り、ある密計を実行することにしたのである。

 ある頃から、宮廷のなかでマリウスがバルダニア王国と通じているという噂が流れ始めた。当初それはあくまで噂であり、マリウス陣営は悪質な噂だと思いはしたが、鼻で笑い対処しなかった。いたずらに反応すれば、かえって印象が悪くなると考えたからである。

 だが、結果としてそれは状況を甘く見過ぎていたのだ。ザービアックは密かに協力者としていた近衛騎士隊の隊長カルバールを使い、マリウスの自室を強制捜査させたのである。マリウスは突然のことに驚いたが、彼にはこの件に関して後ろ暗いことはなかったから安心していた。

 ところが――

 部屋を捜索していたカルバールが、外国との大量の往復書簡を発見したのである。

「マリウス殿下、この書簡はなんですかな?」

 カルバールは追求する者の強みで、皮肉な笑みを浮かべながらマリウスに訊ねた。

「ばかな!! これは何かの間違いだ! そうか、きさま…………アルベルトの奴にのせられたなっ!?」

 身に覚えのないマリウスは、この理不尽な現実に目の前が暗くなった。

「これはこれは。私の名誉を傷付けるとは、たとえ皇子殿下といえど許しませんぞっ! 弁明は後ほど聞かせていただきましょう」

「これは罠だ! 罠だ!」

 マリウスの絶叫するような訴えは、宮殿中に鳴り響いたという。
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