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2 動乱の始まり編
086 エルンスト=シュライヒャーの苦悩
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エルンスト=シュライヒャーは、帝国の農民の子として生まれた。エルンストには二人の兄がおり、実家の農家は長男が継ぐことになっていた。そのため、エルンストは小さな頃から自由に育てられた。
そのためだろうか、エルンストはこの小さな村で腕白な少年として育った。近くの少年を集めてグループをつくり、ガキ大将的な存在となって子ども社会の中では一目置かれるようになっていた。
エルンストが14才の時、帝国はシュバルツバルトとの小競り合いに軍を派遣するため、この村から兵を募った。表向きこれは希望者を募る方式ではあったが、村には人数の割当があり、実質的には徴兵と変わらなかった。希望者がいなければ抽選でもして必ず決められた人数を出さねばならなかったのである。
少年たちは戦争の過酷な現実を知らずに、英雄になることを夢見がちである。とくにエルンストの村のような田舎では。村への割当4人のうち、3人まではそうした若者が自ら志願した。ところが残りの1人がなかなか現れない。このままでは村の男の中でくじ引きをして、兵として戦争におもむく者を決めなければならない。ここでエルンストは自分から手を上げ、戦争に行くことを希望したのである。
エルンストの両親は驚き止めようとした。いささか腕白で手に負えないところもあるが、実の両親である。可愛くないわけではない。父親も兵として戦争に駆りだされたことがあり、戦争の醜い現実を知っていた。エルンストにはまだ早い、あの子には戦争というものが分かっていないのだ、そう思ったのである。
しかしエルンストの意思は固かった。彼には彼で自分なりの考えがあったのだ。将来実家は兄が継ぐことになり、自分は家をでなければならない。それがこの世界で次男以下に生まれた者の宿命である。
ゆえにエルンストは何かで身を立てなければならなかった。農民になる気はさらさら無かった。どうせ独立してやっていくなら、もっと男の一生をかけるようなことがしたい、エルンストはそう思っていたのである。
自分には何が向いているだろうか、そう考えた時に、エルンストは自分が幼い頃から少年たちのリーダーであったことに思い至った。自分には集団を指揮する力がある、そう確信にも似た思いを持っていた。それはもしかしたら、青少年が抱きがちな過信かもしれなかったが、彼はそれに自分の一生をかけるつもりだったのだ。
結局、エルンストは両親の反対を押し切り、一兵卒として戦いに参加した。彼は戦いの技術を専門的に学んだことはなかったが、敵兵の何人かを倒し、そして敵の副指揮官を討ち取るという功績をあげた。エルンストはこの戦いで、軍での階級を一つ上げた。以降エルンストは戦に赴くたびに出世を繰り返していった。
エルンストにとって追い風となったのは、レオニッツ4世の改革により、平民出の人間に科せられた制限が解除されたことである。従来はどんなに大きな戦功を挙げ、能力のある人間であっても、平民であれば下級指揮官が出世の上限だったのだ。せいぜいが100人規模の部隊の指揮官にしかなれない。
だが、その制限はレオニッツ4世の改革によって取り払われた。エルンストは異例の出世を遂げ、一軍の指揮官、そしてついには全軍の指揮官にまで登りつめた。彼は帝国の軍事情勢にまで大きな影響を与えるようになり、「帝国を支える一柱」とさえ呼ばれるようになった。そして長年の戦功から、男爵に列せられ領地も与えられた。これは平民として異例の出世といって良い。
しかし出世が認められることと、受け入れられることとはまた別問題である。貴族たちは彼を遠ざけ、露骨に嫌悪感を示す者もいた。平民であるエルンストに指揮されることは、特権意識にこり固まった貴族にとって我慢ならないことだったのである。宮廷におもむくたび、彼は自分が場違いなところにいることを思い知った。
彼は帝国という国家に幻滅しつつあった。やはりこの古い国にあって、平民であるということは、それだけで未来を奪われることになるのだ、そう思い知った。
しかしだからといって、帝国を出てどこに行くあてもない。気軽にシュヴァルツヴァルトやバルダニアに亡命するには、すでにエルンストの名声は軽いものではなくなっていた。平民出の将軍エルンストの名は、大陸中に鳴り響いているのだ。いくら帝国に幻滅していようとも、このまま現状を受け入れてやっていくしかない、そうエルンストは諦めていた。
そんなエルンストにも、楽しみにしている未来があった。それは家族である。彼は妻との間にエミール、レミアという子どもを授かった。とくにエミールは幼い頃から、後継者として自ら剣の稽古をつけてきた。そのせいか、エミールはエルンストからみても立派な戦士に成長した。娘のレミアはどうやら魔法の方に才があるようだった。エルンストにとって、エミールやレミアの成長を見守ることだけが楽しみとなっていた。
そのためだろうか、エルンストはこの小さな村で腕白な少年として育った。近くの少年を集めてグループをつくり、ガキ大将的な存在となって子ども社会の中では一目置かれるようになっていた。
エルンストが14才の時、帝国はシュバルツバルトとの小競り合いに軍を派遣するため、この村から兵を募った。表向きこれは希望者を募る方式ではあったが、村には人数の割当があり、実質的には徴兵と変わらなかった。希望者がいなければ抽選でもして必ず決められた人数を出さねばならなかったのである。
少年たちは戦争の過酷な現実を知らずに、英雄になることを夢見がちである。とくにエルンストの村のような田舎では。村への割当4人のうち、3人まではそうした若者が自ら志願した。ところが残りの1人がなかなか現れない。このままでは村の男の中でくじ引きをして、兵として戦争におもむく者を決めなければならない。ここでエルンストは自分から手を上げ、戦争に行くことを希望したのである。
エルンストの両親は驚き止めようとした。いささか腕白で手に負えないところもあるが、実の両親である。可愛くないわけではない。父親も兵として戦争に駆りだされたことがあり、戦争の醜い現実を知っていた。エルンストにはまだ早い、あの子には戦争というものが分かっていないのだ、そう思ったのである。
しかしエルンストの意思は固かった。彼には彼で自分なりの考えがあったのだ。将来実家は兄が継ぐことになり、自分は家をでなければならない。それがこの世界で次男以下に生まれた者の宿命である。
ゆえにエルンストは何かで身を立てなければならなかった。農民になる気はさらさら無かった。どうせ独立してやっていくなら、もっと男の一生をかけるようなことがしたい、エルンストはそう思っていたのである。
自分には何が向いているだろうか、そう考えた時に、エルンストは自分が幼い頃から少年たちのリーダーであったことに思い至った。自分には集団を指揮する力がある、そう確信にも似た思いを持っていた。それはもしかしたら、青少年が抱きがちな過信かもしれなかったが、彼はそれに自分の一生をかけるつもりだったのだ。
結局、エルンストは両親の反対を押し切り、一兵卒として戦いに参加した。彼は戦いの技術を専門的に学んだことはなかったが、敵兵の何人かを倒し、そして敵の副指揮官を討ち取るという功績をあげた。エルンストはこの戦いで、軍での階級を一つ上げた。以降エルンストは戦に赴くたびに出世を繰り返していった。
エルンストにとって追い風となったのは、レオニッツ4世の改革により、平民出の人間に科せられた制限が解除されたことである。従来はどんなに大きな戦功を挙げ、能力のある人間であっても、平民であれば下級指揮官が出世の上限だったのだ。せいぜいが100人規模の部隊の指揮官にしかなれない。
だが、その制限はレオニッツ4世の改革によって取り払われた。エルンストは異例の出世を遂げ、一軍の指揮官、そしてついには全軍の指揮官にまで登りつめた。彼は帝国の軍事情勢にまで大きな影響を与えるようになり、「帝国を支える一柱」とさえ呼ばれるようになった。そして長年の戦功から、男爵に列せられ領地も与えられた。これは平民として異例の出世といって良い。
しかし出世が認められることと、受け入れられることとはまた別問題である。貴族たちは彼を遠ざけ、露骨に嫌悪感を示す者もいた。平民であるエルンストに指揮されることは、特権意識にこり固まった貴族にとって我慢ならないことだったのである。宮廷におもむくたび、彼は自分が場違いなところにいることを思い知った。
彼は帝国という国家に幻滅しつつあった。やはりこの古い国にあって、平民であるということは、それだけで未来を奪われることになるのだ、そう思い知った。
しかしだからといって、帝国を出てどこに行くあてもない。気軽にシュヴァルツヴァルトやバルダニアに亡命するには、すでにエルンストの名声は軽いものではなくなっていた。平民出の将軍エルンストの名は、大陸中に鳴り響いているのだ。いくら帝国に幻滅していようとも、このまま現状を受け入れてやっていくしかない、そうエルンストは諦めていた。
そんなエルンストにも、楽しみにしている未来があった。それは家族である。彼は妻との間にエミール、レミアという子どもを授かった。とくにエミールは幼い頃から、後継者として自ら剣の稽古をつけてきた。そのせいか、エミールはエルンストからみても立派な戦士に成長した。娘のレミアはどうやら魔法の方に才があるようだった。エルンストにとって、エミールやレミアの成長を見守ることだけが楽しみとなっていた。
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