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2 動乱の始まり編
087 エルンスト=シュライヒャーの苦悩2
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エミールが20になった時には、彼の名は一人の戦士としてすでに有名になっていた。帝国の剣闘大会では上位に食い込み、軍でも戦功を立てていた。さすがはエルンスト=シュライヒャーの子よ、エルンストに好意的な者はそうエミールを評した。人の口から彼の名を聞くたびに、エルンストは目を細めた。エミールには厳しい父親の顔をしていても、実は甘い父親であった。
ところが――
その未来もエミールの死とともに砕け散ったのだ。村を襲った魔獣の討伐隊に指名されたエミールは、そのまま生きて帰ってくることはなかった。エルンストの悲嘆は想像を絶するものであった。彼も武人として多くの敵の命を奪ってきた。だから、いつか自分が命を失う時が来ることは、覚悟していた。しかしそれが自分ではなく、最愛の息子に振りかかるとは思ってもいなかったのである。
気落ちした父を、レミアは励ます術を持たなかった。レミアは知っていた。父は自分を深く愛してくれたが、それ以上に兄エミールを愛し、期待していたことを。だから父がレミアに戦士となることを提案してきた時、レミアは断ることができなかった。幼い頃から魔法に興味があり、魔法学校に通う夢を持っていたが、それを諦め徹底的に戦士としての訓練を受けることになった。
だが魔法への夢を捨てられなかったレミアは、父に掛け合い、より強い戦士になるためと説得してルーンカレッジへと入学した。恐らくは自分のエゴで戦士としてしまったが、レミアには戦士としての資質がそれほどないことにエルンストも気づいていたのだろう。
ルーンカレッジに入学したレミアは、魔法戦士としてメキメキと上達していった。エルンストは、レミアの成長を見守ることに新たな生きがいを見出していた。
そして――
今から約1年前、シュヴァルツヴァルトの王女アルネラの誘拐事件に巻き込まれたレミアは、誘拐犯と交戦して命を落とした。この報が自宅に届けられた時、エルンストは衝撃でよろめき膝をついた。人生の終わりが近づきそうなこの時に、相次いで子どもを亡くすという最大の悲劇が襲ってこようとは、思ってもいなかった。エルンストは暫くの間、使用人たちが心配するほどに放心状態だった。
数日後、シュヴァルツヴァルト王国から弔問の使者が訪れた。使者は、誘拐されたアルネラの捜索に当っていたゼノビアという騎士だった。エルンストも武人であり、娘の死に関して彼らに責任がないことは理解していた。
だから、彼はどうしても大声を張り上げて怒鳴りたくなる気持ちを抑え、丁重に使者を迎えたのである。だが、使者の一行の少年から伝えられた事実は、エルンストを驚愕させた。ミリエルを殺した誘拐犯が、“頬に三日月形の傷を持つ男”であったという事実である。
実は“頬に三日月形の傷を持つ男”について、エルンストには心当たりがあったのである。
彼はかつて部下からその男について聞いたことがあった。その部下には、子どもの頃からずっと会っていない幼なじみの友人がいた。その友人が、ある日突然自分の家を訪ねてきたという。部下は友人の来訪に驚き、そして訝《いぶか》しんだ。何しろ互いに20年は会っていなかったのだ。友人は食事と一夜の宿を求めた上で、自分の身の上を語りだしたのである。
彼は大人になってから身を持ち崩し、闇社会の一員となった。盗み、強盗、誘拐、何でもやった。そしてある日、組織の根城に一人の男が彼をスカウトにやって来た。その男にはある外見的な特徴があった。頬に三日月形の傷が刻まれていたのである。どこから彼のことを聞いてきたのか、その腕を見込んで仲間になって欲しいということだった。
彼は闇社会の一員に落ちたことで、半ばやけになっていたから、男の組織がどんなところであろうと構わないと思った。そして傷の男に言われるがまま、その組織の一員となったのである。その組織とは帝国の特務機関「黒の手」であった……。
エルンストはこの話を聞いた時、とくに何も感じることはなかった。「黒の手」とは自分の知らない組織であるが、どんな国にも裏の組織があるのは当然であり、帝国にあっても不思議ではない。彼は軍人で多くの敵兵を殺してきたが、それでも表側の人間である。暗殺やスパイを任務とする特務機関については知らなかったし、特別興味もなかったのである。
だが――
レミアを殺した誘拐犯と、「黒の手」の「頬に三日月形の傷を持つ男」が同一人物であるとすれば、彼の娘を殺したのは帝国の人間だということになる。なぜ「帝国を支える一柱」の自分の娘が、同じ帝国の人間に殺されなければならないのか?
そしてもしそれが本当だとすれば、アルネラを誘拐したのは帝国の仕業だったということになる。エルンストはこれまで謀略に縁のない生き方をしてきた。それゆえ、帝国がなぜアルネラを誘拐しなければならないのか理解できなかった。
エルンストは、この事件の真相を確かめなければならないと決意した。それは、二人の子どもを失った彼が、残りの空虚な人生を生きていく目的となるかもしれない。
ところが――
その未来もエミールの死とともに砕け散ったのだ。村を襲った魔獣の討伐隊に指名されたエミールは、そのまま生きて帰ってくることはなかった。エルンストの悲嘆は想像を絶するものであった。彼も武人として多くの敵の命を奪ってきた。だから、いつか自分が命を失う時が来ることは、覚悟していた。しかしそれが自分ではなく、最愛の息子に振りかかるとは思ってもいなかったのである。
気落ちした父を、レミアは励ます術を持たなかった。レミアは知っていた。父は自分を深く愛してくれたが、それ以上に兄エミールを愛し、期待していたことを。だから父がレミアに戦士となることを提案してきた時、レミアは断ることができなかった。幼い頃から魔法に興味があり、魔法学校に通う夢を持っていたが、それを諦め徹底的に戦士としての訓練を受けることになった。
だが魔法への夢を捨てられなかったレミアは、父に掛け合い、より強い戦士になるためと説得してルーンカレッジへと入学した。恐らくは自分のエゴで戦士としてしまったが、レミアには戦士としての資質がそれほどないことにエルンストも気づいていたのだろう。
ルーンカレッジに入学したレミアは、魔法戦士としてメキメキと上達していった。エルンストは、レミアの成長を見守ることに新たな生きがいを見出していた。
そして――
今から約1年前、シュヴァルツヴァルトの王女アルネラの誘拐事件に巻き込まれたレミアは、誘拐犯と交戦して命を落とした。この報が自宅に届けられた時、エルンストは衝撃でよろめき膝をついた。人生の終わりが近づきそうなこの時に、相次いで子どもを亡くすという最大の悲劇が襲ってこようとは、思ってもいなかった。エルンストは暫くの間、使用人たちが心配するほどに放心状態だった。
数日後、シュヴァルツヴァルト王国から弔問の使者が訪れた。使者は、誘拐されたアルネラの捜索に当っていたゼノビアという騎士だった。エルンストも武人であり、娘の死に関して彼らに責任がないことは理解していた。
だから、彼はどうしても大声を張り上げて怒鳴りたくなる気持ちを抑え、丁重に使者を迎えたのである。だが、使者の一行の少年から伝えられた事実は、エルンストを驚愕させた。ミリエルを殺した誘拐犯が、“頬に三日月形の傷を持つ男”であったという事実である。
実は“頬に三日月形の傷を持つ男”について、エルンストには心当たりがあったのである。
彼はかつて部下からその男について聞いたことがあった。その部下には、子どもの頃からずっと会っていない幼なじみの友人がいた。その友人が、ある日突然自分の家を訪ねてきたという。部下は友人の来訪に驚き、そして訝《いぶか》しんだ。何しろ互いに20年は会っていなかったのだ。友人は食事と一夜の宿を求めた上で、自分の身の上を語りだしたのである。
彼は大人になってから身を持ち崩し、闇社会の一員となった。盗み、強盗、誘拐、何でもやった。そしてある日、組織の根城に一人の男が彼をスカウトにやって来た。その男にはある外見的な特徴があった。頬に三日月形の傷が刻まれていたのである。どこから彼のことを聞いてきたのか、その腕を見込んで仲間になって欲しいということだった。
彼は闇社会の一員に落ちたことで、半ばやけになっていたから、男の組織がどんなところであろうと構わないと思った。そして傷の男に言われるがまま、その組織の一員となったのである。その組織とは帝国の特務機関「黒の手」であった……。
エルンストはこの話を聞いた時、とくに何も感じることはなかった。「黒の手」とは自分の知らない組織であるが、どんな国にも裏の組織があるのは当然であり、帝国にあっても不思議ではない。彼は軍人で多くの敵兵を殺してきたが、それでも表側の人間である。暗殺やスパイを任務とする特務機関については知らなかったし、特別興味もなかったのである。
だが――
レミアを殺した誘拐犯と、「黒の手」の「頬に三日月形の傷を持つ男」が同一人物であるとすれば、彼の娘を殺したのは帝国の人間だということになる。なぜ「帝国を支える一柱」の自分の娘が、同じ帝国の人間に殺されなければならないのか?
そしてもしそれが本当だとすれば、アルネラを誘拐したのは帝国の仕業だったということになる。エルンストはこれまで謀略に縁のない生き方をしてきた。それゆえ、帝国がなぜアルネラを誘拐しなければならないのか理解できなかった。
エルンストは、この事件の真相を確かめなければならないと決意した。それは、二人の子どもを失った彼が、残りの空虚な人生を生きていく目的となるかもしれない。
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