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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人
蒸れた夏のコト 35
しおりを挟むファンシーな紙袋を摘んで眺めていた。中身はさらに小さなフィルムの袋が入り、輪の形を浮かせていた。海夜に返そうか否か。兄の気持ちを蔑ろにしたと、却って反感を買いそうである。しかし手元にあってもこの年の大半が無人となる部屋の隅、抽斗の奥の奥にしまわれるだけだ。一人暮らし先のアパートに持ち帰る気はない。この地で起き、この地で終わったことである。
ドアがノックされる。夏霞は心当たりがあった。扇風機の電源を切る。今日の最高気温は35℃を越すが、クーラーならばリビングで点いている。それでいて自室に籠ってしまうことに遠慮していた。
「叔父さん?」
「そう。緋森くんが到着したみたいだよ」
恐ろしく思うほどサイズの合っていた指輪の紙袋を夏霞は無意識に隠していた。
「ありがとう。今行きます」
すでに身支度は済んでいた。細いシルエットを出すインディゴのジーンズに柔らかな素材の白いシャツ。パンプス用のレースの靴下は足首で留めるストラップが艶かしい。髪は肩までの長さにされてからは綺麗にアイロンをかけて一部に編み込みが入っている。
「今日も可愛いね、夏霞」
叔父は姪の姿を見て、いつもの言葉を掛けた。服の違い、化粧の違い、髪型の違いを彼が分かっているのかは定かでないが、必ずそう言って送り出す。玄関にはすでに祭夜が来ていた。暑詩と親しげに話している。
「あ、夏霞ちゃん、来た」
玄関にはすでに祭夜専用の扇風機が用意されていた。リビングからの流れる冷気も相俟ってそこまで暑くはない。
「さ、行ってらっしゃい。予定変更はいつでも受け付けているからね。遠慮しないで連絡することだよ」
夏霞は快く、叔父と弟に送り出される。
「変わったコト、ない?」
習慣と化した質問だった。
「ないよ。祭夜ちゃんは?」
「なんにもナイ」
ルートを変えて少しドライブを楽しんだ。少し寒いくらいの空間から眩しく照り付けた建物や看板、街路樹を眺めるのは夏という感じがあった。夕焼けよりも、星空よりもこの地で感じる夏だ。
「もうすぐ夏休み、終わっちゃうね」
夏を楽しむ子供の歌が流れ、祭夜が呟いた。楽しい曲調で、それがどこか切なくなる。作詞も作曲も大人がしたものだ。楽しい時間はすぐに過ぎ去ると歌っている。夏霞にとってはまだ日があるように思えたが、童心を忘れず持ち合わせている祭夜にとってはもう間もないらしい。
「またすぐ帰ってくるよ。例年は年末だったけれど、今年からは冬休みも……」
「うん。ちょっと寂しくなるケド、予定が合えばオレが遊びに行くしさ!」
「わたしも寂しいけれど、今の時代はどこでも電話、できるでしょう?昔の人はどうしてたんだろうって思うくらい。すごいな。携帯電話とか、無かった時代の人」
「オレ考えたんだケド、そのうちね、生まれたときにICチップみたいなの埋め込んで、テレパシーで、いつでもどこでも喋れるようになるんだろうなって」
流れている曲の主人公はこの運転手ではないかと思ってしまう。空気は冷たいが冬よりも快適で、幸せになる。
「そうしたら、テストの時はカンニング問題とか大変だね」
「もうそうなったら、テストとか要らないよ」
―テストなんて無くなっちまえぇ!
高校生時代の彼がそこにいる。懐かしさが込み上げ、幸福は時折、胸を揉み込み過ぎて涙が溢れてくることがある。
「学校も、無くなっちゃうのかな」
「それは困るな。勉強全然ダメだったケド、やっぱ学校って楽しかったな。テストは嫌いだったケド、部活休みになって放課後居残り勉強してる感じとか、夏霞ちゃんに分からないトコ教えてもらうのとか、好きだったな。喉元過ぎれば火もまた涼し、だっけ?」
「喉元過ぎれば熱さを忘れる、かな。火もまた涼しは、心頭滅却すれば火もまた涼し?」
「それそれ!やっぱ夏霞ちゃん頭いいな」
夏休みの歌が終わり、お便りコーナーが始まる。テーマは夏休み中に主婦が困っていることだった。ラジオパーソナリティの声や喋り方は心地良い。話題にカレーが挙がる。
「夏野菜の無水カレー食べたいな。オレあんま野菜好きじゃないケド、夏野菜カレーって、ママンにごはん作ってもらってた時はなんだよ野菜かよーって思ったのに、後からじんわり、夏だったんだなぁってなる。遠足とかのおにぎりみたい。ごはんって、その時だけのコトに思えて結構後から急に思い出したりするんだよな。昨日何食べたかも覚えてないクセに」
「作る?無水カレー」
すぐに作り方が浮かんだが、家庭の味が出てしまいそうだった。インターネットのレシピを検索する必要がある。夏霞の知るそれは、挽肉とトマトだけのものに素揚げしたナスやレンコンなどが横たわっているはずだった。
「夏霞ちゃん、食べたい?オレ、大体の料理ヘタクソだケド、無水カレーならね、それなりに作れるよ」
「祭夜ちゃん、得意料理あったんだね。そういうことなら食べてみたいな」
「ちょうど、婆ちゃんが畑でいっぱい穫ってきたんだ。ズッキーニとか好き?持って帰ったらいいよ。オレもママンも婆ちゃんも実は、そこまで野菜好きじゃなくて。趣味とか日課みたいなもので。味は悪くないよ!野菜そんな好きじゃないなりに美味しいモノ作りたいって探究心はあるみたいだから。なんか……う~ん、そういう決まった料理は作れるケド、玉子焼きとかはやっぱ焦がしちゃうし、丸めてる時に形崩れると、もういいや!ってぐちゃぐちゃ玉子にしちゃうんだよね。それはそれでやっぱ焼けてる卵だから美味しいケド、丸まってる玉子焼きは丸まってる玉子焼きの美味しさがあるじゃん」
「じゃあ今度一緒に作ってみようか、玉子焼き。簡単に見えて結構コツあるんだよね。わたしもオムライスとか上手く包めなかったり破れちゃったりすると凹むことある」
彼の車は随分と灼熱のアスファルトと熱帯コンクリートの間、逃げ水を追い遠回りして自宅に着いた。庭兼彼の帰って来ている間の駐車場の砂利も熱々と白く眩しく照っている。エンジンが止まり、インナードアハンドルを少し捻るだけでむわりと蒸気を感じた。冬の寒さと乾燥が恋しくなってしまう。否、秋がちょうど良い。
「ああ~!」
ふと急に祭夜が後方で叫ぶ。あまりにもうるさく鳴き喚くセミの声が小さく感じられたほどだ。
「何?」
夏霞は驚いてしまった。彼はくしゃりと自分の髪を掴んでいた。
「花火買っておけば良かったなって。夏霞ちゃんと花火したかった。向こうに戻る前に、絶対ゼッタイ花火やろうね。再来週の打ち上げ花火も見るケド、手持ちの花火もするの!せっかくだから夏霞ちゃん家にお邪魔して、叔父さんと暑詩くんと4人でやろ」
再来週の打ち上げ花火とは、祭夜の出るはずだった大きな祭りの後に催される大規模な花火大会のことだろう。温風に吹かれ彼は屈託なく笑った。庭木の下の濃い緑色の陰が踊り、炎陽に炙られ葉が光っている。日射しは強く、気温も湿度も高い。しかし軒下の風鈴が揺らめいているのが、気分だけをやんわりと涼しくさせた。模様ガラスの縁側ではクーラーに当たっているらしき日光浴もする毛むくじゃらが長々と伸びて白くぼやけている。
「初手はアイスね。銀杏みたいなやつの、買ったんだ」
彼はまだ外の雰囲気を楽しんでいるようだった。中に入ればクーラーも扇風機も冷たい飲み物やアイスがある。
夏霞は日を浴びて彼の髪の中で煌めく銅線を見るのが好きだった。葉緑体など持たないくせ、光合成を行なっているように感じた。
彼は玄関に入っていって、ドアを開き放し待っていた。暗い内部に光が届き、笊に乗った夏野菜が見えた。汗ばんで蒸し暑い幸せがそこにある―そうなるはずだった。
ほんの一瞬の出来事に夏霞は訳が分からなくなってしまった。目の前にいた祭夜に人影が突進し、やがて彼は調理器具になりかねない灼熱の砂利に崩れ落ちた。赤い色が彼の腹に広がっていく。夏霞は頭が真っ白になった。まるで太陽を直視してしまったように。目の前が真っ暗になった感じもあった。心臓がどくりと疼く。膝を着く祭夜から、見知った顔の人影が離れた。しかし祭夜は、日に閃く白刃の持主を恐れもせずに掴みかかる。
「逃げて、かすみちゃん―」
彼を刺し、包丁を構える少年はすでに夏霞のことしか見ていなかった。瑠夏である。瑠夏は躊躇いもなく、祭夜へ包丁を振り下ろす。彼は呻いた。凶器は肉に留まり、瑠夏少年の自由を許す。両手を揺らし夏霞に歩み寄る。
「行きましょう、夏霞お姉さん。僕と」
夏霞は後退りかけ、しかし瑠夏の後ろで苦しみながら、まだこちらを見ている婚約者の痛々しい姿から離れることなど出来なかった。彼はまだ抵抗を試みていた。背を向けた襲撃者に近付いている。
「緋森さんがいるから一緒に来てくれないんですよね」
瑠夏は口の端を吊り上げ、陰険に、しかし虚無感に満ち満ち、自虐的に笑った。そしてしなやかな脚が翻る。夏霞はその途端、恐ろしくなってしまった。単身、危険な野生動物に遭遇したならばそうはならなかっただろう。しかし夏霞の目には傷付き、生命の危機に瀕している大好きな人しか映らなかった。祭夜を傷付けようとする少年を突き飛ばす。
「かすみ………ダメ、逃げて………」
呻き声と掠れた喉が視界の外から聞こえる。この少年をどうにかしなければ、大切な婚約者が死んでしまう。子供に圧しかかる。さらさらとした髪を引き毟り、日に焼けて薄紅に染まっている肌を殴り付け、叫んでいた。祭夜が死んでしまう。恐ろしさのあまり涙が止まらなかった。顔中から津液という津液を噴き出し、彼女自身が危険動物のようになった。
「夏霞お姉さんが悪いんですよ。あの時僕を刺し殺してくれなかったから」
恐ろしい殺人鬼はけらけらとピンク色の口内を晒して笑う。
「あの怖いお兄さんはもういませんよ。ねぇ、夏霞お姉さんといられるなら両親も始末したって構いません。邪魔者は全部消しますから。一緒に2人で暮らしましょうよ、お姉ちゃん」
「祭夜ちゃんを返して!」
無傷の祭夜を、恐ろしい事などこの世に無いと信じて疑わない祭夜を返して欲しい。数分前の平穏を。夏霞は怒鳴った。瞬間、腹に太陽をぶち込まれたような灼熱が広がる。
「痛いですよね、夏霞お姉さん。嫌でしょう?怖いですよね。緋森さんにも、家族にも、こんな思い、させたくないでしょう?僕と行きましょう。救急車も呼んで差し上げますから」
夏霞は汗ばんだ細く白い首に両手をかけた。痛みを忘れるばかりに力を込める。腹が異常な発汗をして濡れている。クーラーがない夏の屋外などはこのようなものだ。真下の子供の涼しげだった麗しい顔は汗ばみ、日焼けだけではない赤みが差していた。
「祭夜ちゃん………祭夜ちゃん、祭夜ちゃん………」
たった1人の名前しか出てこなかった。言葉を司る部位は暑すぎる夏に茹でられたのかも知れない。今後のことももう考えられなかった。この危険な害獣を駆除しなければ、祭夜は助からない。平穏な日々しか知らぬ祭夜は返ってこない。
もう一度、夏霞の身体に灼熱がぶち込まれた。首を刺されては形成は逆転された。むしろ、この殺人鬼は今まで手加減をしていたらしかった。それくらいに呆気なく、上下の位置が変わる。
「夏霞お姉さん、僕のこと、本気で殺すつもりだったんですか。優しかった夏霞お姉さんがそんなことするはずありませんよね?」
空が広い。背中は細かな焼け石の礫で火傷をしそうだ。そしてそこに水分が加わり、激しく蒸れる。太陽は眩しく、刃物が光芒を生む。
「ねぇ、痛いでしょう?痛いですよね?こんなの、リオオジサンニモショータクンニモさせたくないですよね?」
数度、火花や星が飛び出て視界が明滅する。実際に閃光が振り下ろされている。
「僕だって痛いんです。僕だって!手がもうぱっくり切れちゃってるんです。夏霞お姉さん。夏霞お姉さんが言えば、父も母も理解してくれますよ。夏霞お姉さん、痛いでしょう?分かりましたか?」
喉に錆臭い痰が絡まった。地上で溺れた。夏霞は首を横に曲げ、口から血を噴き出した。寝そべった祭夜が見える。嘘みたいに赤かった。そういう色はしていないだろうと指摘したくなるほど、作り物じみた赤が庭の砂利をせせらぎにする。指先がぶるぶる震えた。年々益々温度が高くなっている夏にも関わらず、今まで当たったどこのクーラーの中のよりも寒い。
「夏霞お姉さん、分かりましたか?」
「さ、や………ちゃ、」
動かず四肢を投げ出す愛しい人へ手を伸ばした。しかし止めとばかりに標本よろしく手の甲を貫かれた。
「分かりましたか、夏霞お姉さん。返事をしてください。分かりましたよね………?夏霞お姉さん……?夏霞お姉さん」
手の甲からピンを抜かれる痛みだけはっきりとしていた。
雨が降る。アスファルトを這うミミズの如く、干涸びながら。
+
『鯉月さんへ
せっかくコンタクトしてくれたのに、直接話に行かないことをお許しください。それと最初に、鯉月さんが満足できる内容にはならないと思います。瑠夏とは幼馴染なので、部外者とはいえ俺としてもまだ整理ができていません。
最近の瑠夏の危うさについては俺も薄々ですが気付いていました。祭囃子保存会の練習の最中、被害に遭われた緋森先生の相手の方と一悶着起こしたとき、幼馴染としてあまりにも遅いですが、その時になって確信しました。その方の姿を遠目に見た時、彼の姉に雰囲気なんかがよく似ていると思ったからです。偶然だと思いましたし、そう珍しいタイプでもないから、やはり俺の考え方がおかしいのだとも思いました。でも少しやり口が異常な気がして、俺は距離を置くことにしました。自分のことを抓って痣をつけたりして、なんだか……こう、瑠夏ってあんまり人に執着するタイプじゃなかったから。特に女子に対して。見た目が綺麗だし、他の男子に合わせる気とかもなくて、周りの人たちも実は中身は女の子で男が好きなんじゃないかって噂してたくらいです。こういうご時世だから、別にそれがどうこうとか言うつもりはなかったし、みんなで何も気付かないフリをしてました。鯉月さんも知ってると思いますが、瑠夏の家は金持ちなので、周りはそれを少し怖がってもいました。瑠夏自身はその家を継ぐことにプレッシャーを感じているみたいでしたが。でも幼馴染として長いこと一緒にいて、俺の知る限り、その金持ちぶりを鼻にかけられたり自慢されたことは無かったように思います。
緋森先生の相手の方のことは随分と前から聞いていました。遡ると中学時代のことだと思います。小学時代に好きだった人と会って、キスをしたのだと、本当に何でもないような話のように話してくれました。さっき、瑠夏が誰かに執着するところは見たことないし同性愛者くらいに思っていたといいましたけど、この人の話はもう終わった話だと思っていたんです。でも今年の夏のはじめに、その人と会えたというようなことを言ったんです。俺はそれを単なる雑談くらいにしか考えていませんでした。こんなことになるなんて、微塵も考えていませんでした。
話があっちこっち行ってしまい、すみません。これから瑠夏のお姉さんのことを話そうと思います。
瑠夏は妊娠したお姉さんのことを、自分で殺したのだと言っていました。夏水さんというのですが、ここで名前までバラしたことは秘密にしておいてください。
事故が起きた時、一緒にいたからそんなふうに言っている、サバイバーズギルトというと変ですが、そういうものなのかと思いました。彼が、その事故の前にお姉さんのお腹の子供のことで喧嘩をしていたと言っていましたから、瑠夏本人もそのつもりがなく、何かのはずみで……と俺は考えていました。ですが、今となっては、もしかしたら本当に……という思いが強いです。
それからこれはまったく関係のないことかも知れなくて、その場合は無関係なことを出して瑠夏の家族を傷付けることにもなりかねないので、何か他の人にこのメールの中身を話すことがあっても、この件は誰にも言わないでおいてほしいのですが、瑠夏の親戚が逮捕されました。小さい頃に何度か遊んだことのある人だから、それなりに仲の良い人なんだと思います。そのことが原因とは言い切れませんが、それも瑠夏が本当に最後の最後、おかしくなったひとつの原因なのかな、色々積み重なっていったのかなと思わなくもないです。
少し過激な話になるかも知れませんが、事件を起こすちょっと前から瑠夏がリストカットをするようになったのは知っていますか。その時に気付くべきでした。瑠夏のご両親からも、電話で瑠夏のことを頼むと言われたくらいです。瑠夏と距離を置いたからリストカットなんかしたのだと俺は思いました。距離を置くとはいっても、無視するとかグループからハブるとかはしなかったし、瑠夏から何かそれについて言われたこともありませんでした。俺は無責任ですけど、もう何も分かりません。幼馴染だったつもりですが、もう分かろうとすることさえもできません。
ざっと書きましたが、俺の知っているのはこの程度のことです。
勝手ですが返信はしないでください。失礼なのは分かっていますが、この件について関わりたくないというのが本当のところです。関わりたくないというか、まだ信じられないんです。緋森先生を危険な目に遭わせたやつだということは分かってるつもりで、緋森先生と鯉月さんがいとこであることも分かっていますが、瑠夏がそういうことをやったってことも、幼馴染だったってことも、犯人といっても小さい頃から知っていたやつだから他の誰かにも瑠夏のことを聞かれたところで瑠夏のおかしなところを言えても、あんなことしたとはいえやっぱり幼馴染だったし、やったこと自体は最悪ですが、今までのことまでは悪く言えないのが正直な気持ちです。
俺が距離なんか置こうとしなきゃよかったのかなって思うところもあります。
学校で会っても気遣いは要りません。お互い、お互いのことは知らないふりをしてください。
気を悪くしたらすみません。はっきり言うと、俺は鯉月さんのことをよく知らないので、本当は、この内容の秘密にしておきたいところまで喋られてしまうのではないかと少し怖いというのが正直な本音です。ですがこういう事態で、俺の悪いところもありましたので、今は一旦鯉月さんを信じてみようと思います。だから秘密にして欲しいと言ったところは捜査とかの人たち以外には見せないでほしいし、周りの人たちには黙っていてください。疑ってすみません。
鯉月先生には生前大変お世話になりました。緋森先生とその相手の方に関しても一日でも早いご回復をお祈りしております。鯉月さんも熱中症や脱水症状には気を付けてください。取って付けたようですが俺なりに本心です。それでは、下手な文章ですみませんが失礼します。
鮎見海霧 』
+
しんとした森にいた。深い霧がかかり、木々の陰が浮かんでいる。浅い川に立っていた。子供でも数歩で渡りきれる。流れはほぼなかった。裸足で立っていても水位は足首をほんの少し越えるくらいで脹脛に至っていない。霧の奥から蜩の哀愁を帯びた声が聞こえた。突然、左手の薬指が痛んだ。虫に刺されたかも知れない。無痛の注射針のモデルにされるような蚊のものではない。蜂がいそうな場所には思えなかったが、ここは森であり、今は夏である。油断はできなかった。患部を見もせず、足を浸す川で冷やした。夏野菜を冷やせそうな温度だった。
『指が痛むのか』
川向こうに誰か立っている。森の茂みを踏み分けてきたらしかった。
『ちょっとだけ』
ほぼ無意識に答えていた。前屈をしている姿を見られるのが、なんだか恥ずかしくなって、川から出ようと向いたままの方へ歩き出す。水は澄みきり、爪先の輪郭までよく分かる。流れは非常に緩やかだった。
『来るな、失せろ』
声の主のほうへ近付いているらしかった。しっとりと涼しい森の中でその声質は合っていた。強い拒絶を投げられ立ち止まる。そこまで威嚇することはないだろう。
『そこまで言うの』
相手の人物が姿を表す。見知った特徴で、名前が出てこない。
『指、もう平気なのか』
手を伸ばされる。既視感があった。
『あなたには関係ない』
意思に反して口がそう答えている。
『サイズが合わなかったのか』
『何の?』
『指輪』
蜂か虻に刺された左手の薬指を見る。シャンパンピンクのリングが肉に食い込むようにして嵌っている。ステンレスの鈍い銀色ではない。覚えのない小さな環状の金属を外そうと右手で左手薬指を握った。
『外すのか』
『これわたしのじゃないよ』
『あんたのだ』
『わたしのじゃない』
指が痛む。もう一度、川に浸した。前方の水が赤く濁っていく。あまりにも急激で、粗相をしたのかと驚いてしまったが、あまりにも量が多い。不衛生な嫌悪感で、声のほうには行けなくなった。
『あんたなんか知るか。二度とそのツラを見せるな』
森の主みたいなやつは不貞腐れてしまった。緩やかな浅い川は面積を広げ、伸びたところから濁流が起きた。泳ぎの得意・不得意を問わないほどの勢いだ。呑まれては堪らない。慌てて元いたらしき岸に非難する。。蜩の音が遠ざかる。
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