18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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雨と無知と蜜と罰と 弟双子/気紛れ弟/クール弟

雨と無知と蜜と罰と 1 末弟を連れて逃げたら長弟・次弟双子に翻弄される姉の話。

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―アイドルだって恋をする……生身の人間だから

 実際のアイドルが主演の、アイドルとファンが惹かれ合う恋愛映画のコマーシャルが流れていた。加霞かすみは家事をしていた手を止め、テレビの前に近付く。よく知った人物が絶世の美少女としてブレイクしているタレントに顔を寄せ、今まさに口付けを交わさんとしている。
舞夏まなちゃん」
 ソファーでいびきをかいていた友人、舞夏まなつを起こす。彼は間の抜けた声を上げて目を覚ました。筋骨隆々というほどではないが、引き締まった大型犬を思わせる体格をしている。猫を思わせる吊り目は大きいが、他のパーツが人懐こげな愛嬌を与える。
雫恋かれんちゃん出てる」
 液晶テレビに映っているのは加霞の弟であり芸名・しずくれんである。3人組の国民的アイドルグループLove la Dollの1人だ。
「おっ!」
 舞夏も今この画面の奥にいる加霞の弟と同じ事務所に身を置いていたが、それは過去の話であった。すでに一般人として暮らしている。加霞も舞夏も同じ年齢であるが、舞夏の芸能界に入ったのは彼女の弟の後であるため、雫漣は年上の後輩に当たった。
 テレビの前に這い寄ってきた舞夏を尻目に加霞は家事を再開した。


 加霞には弟が3人いる。長男と次男が双子で、さらにその下に三男がいる。高校卒業までは共に暮らしていた。すでに次男の雫恋は芸能事務所に入り、その不規則な生活を支えていた。大学が決まり、一人暮らしすることを告げた日に―

「姉ちゃんただいま!」
 単純作業は苦い回想を齎した。加霞は濯いでいた皿を水切りに掛ける。末弟が帰ってきた。ソファーの舞夏は両腕を開いた。彼等が兄弟と間違えてしまうほど仲が良い。筋肉質な体型も似ている。末弟・嵐恋あれんは兄代わりの舞夏に年甲斐もなく甘えた。抱き着いたり、背中を摩り会ったり、加霞は友人と末弟を微笑ましく見ていた。
「おやつにしようか。あーくんも舞夏ちゃんも手を洗って」
 キッチンに入ってくる彼等と入れ違いに彼女はリビングに入った。テレビを消す。
「舞夏ちゃんがケーキを買ってきてくれたんだよ」
 2人が戻ってきて、テーブルにケーキを用意する。嵐恋は育ち盛りである。まるで自分の弟みたいに接する舞夏も彼が可愛くて仕方がないようだった。加霞の家に遊びに来る際は甘い土産を忘れない。
「わぁい!マナツ兄ちゃんありがと!」
 高校生男子にしてはどこかまだあどけないのは、姉離れできていないせいだろう。自分を溺愛する兄もいるのだから無理はない。3人でテーブルを囲みケーキを食いながら嵐恋の学校での話を聞いた。加霞とこの末弟は実家から離れ2人で暮らしている。寂しい思いをさせている自覚があるために舞夏の来訪はありがたかった。
 双子の兄同士もそう仲良くなかったが、4つ下の嵐恋を虐めることにかけては天性の団結力を示していた。性別からして違う女同胞は最初から目に入っていなかったのだろう。同じく弟で半分血が繋がっていながら異分子であるこの少年が邪魔で仕方がなかったのだろう。親の情念を希釈する存在でもあった。そういう理由で嵐恋が高校進学するのとともに兄の双子からも引き離してしまった。もう長いこと、長弟次弟とは会っていない。次弟についてはテレビで目にすることがある。ゆえになるべく嵐恋にテレビは観せないようにしていたし、強制ではなかったけれど、彼もまたテレビよりはインターネット動画などを好んで視聴していた。テレビを見ずとも、インターネットにも載っているだろう。雑誌の表紙やポスター、CDのジャケット写真にも映っているはずだ。
「明日、部活休みなんだ」
 ケーキを平らげて可愛い末弟が言った。彼は運動神経が良かったが部活には入らなかった。
「マジか。じゃあオレと遊ぼうぜ。どっか連れて行ってやるよ。いい?お姉様」
 舞夏は口元にケーキのクリームを付けている。それを隣に座る加霞は拭いた。末弟の目は輝いている。
「そんな毎週、毎週、さすがに悪いよ」
「いいじゃん。オレ嵐恋くんしか友達いないしな。オレが遊んでほしいくらいだし」
 彼は快活に笑う。末弟の期待に満ち満ちた目にはどうも弱かった。
「じゃあ……あーくんのことをよろしく頼みます」
「おっけ!楽しみだな」
 兄弟みたいに彼等は顔を見合わせて笑う。弟を奪られた、という認識はすでに薄れて無いに等しい。ただ戸籍上、そして血縁上の兄たちからは愛されなかったこの少年を加霞は不憫に思った。弟の双子と折り合いが悪く、彼女は幼少期のほとんどを祖父母の家で過ごしている。それも叔父が離婚して祖父母と同居することになってからは加霞も弟たちと暮らさねばならなかった。
「舞夏ちゃんの言うことよく聞いて、良い子にしていてね」
「嵐恋くんはいつだって良い子だよな」
 大人の手が少年の髪を乱す。
―あんたが嵐恋ばっかり可愛がるからだろ?
 大学は遠くに、早く家を出よう、そう決めた一言がふと甦る。双子のどちらかに首を絞められぐったりしている末弟を見たときは激しく狼狽した。そういう姉を見て、双子のもう片方が意地悪く笑うのだ。姉でありながら加霞は長弟と次弟の区別がついていない。
「お姉様?」
「姉ちゃん?」
 本物の兄弟よりも兄弟な2人から注目され、加霞は我に帰った。
「さ、夕飯の支度しないと。舞夏ちゃん、食べていく?」
「おう!ご馳走になります!」
 すると末弟も喜んだ。彼は着替えてくると言って皿を片付けリビングを離れた。

 嵐恋だけでなく加霞も仕事が休みだった。だが舞夏と出掛けるという末弟のために起きる時間は早い。まだ眠っている弟を起こす。ベッドに埋もれている彼はカーテンを開ける物音で反応を示しているが、重い目蓋を擦るだけでまだ寝ようとしている。
「起きて、あーくん。舞夏ちゃんと遊ぶんでしょう?」
 むにゃむにゃとあどけない様を晒して彼は無言のまま上半身を起こす。
「どこに連れて行ってもらうのかな?」
 欠伸をして身体を伸ばす弟は、加霞にとって自分の子供に等しかった。そういう扱いを避けられ続けた長弟と次弟は嫌悪し軽蔑していたのかも知れない。
「あーくん、起きて」
「うん……起きる……」
「朝ごはん食べないと、酔っちゃうよ」
 眠気から覚めない嵐恋はこくりと頷いた。
「これ、ちゃんと舞夏ちゃんに渡してね」
「うん」
 ファンシーな封筒を差し出す。彼はそれを受け取るやっと立ち上がってカバンにしまった。朝食を摂らせ、舞夏が迎えにくる。彼等の乗る車を見送った。高校生の彼を甘やかし、自立を妨げている自覚はあった。しかし彼女は己の後ろめたさから目を逸らし、末弟を甘やかさずにいられなかった。寝かせ、起こし、家事の一切を担わなければ気が済まなくなっている。兄たちから疎まれ、地元から引き離された彼が哀れで仕方がない。寂しい思いはさせたくなかった。まだ早い朝の風に包まれ、自宅マンションに戻る。いずれ末弟と暮らすことは一人暮らしが決まったときからすでに決まっていたのだろう。大学生の時分から彼女は世代向けのマンションを与えられた。
 リビングのテレビを点ける。映画の試写会の映像に次弟が映っている。しずくれんとテロップがあるために次弟と分かるが、顔だけならば長弟か次弟かどちらか判断ができない。長弟は一般人だが、入れ替わっても分からないのではないか。
 片付けをしながら数年前のことがまた思い出された。長弟次弟と決裂した夜のことだ。思春期真っ只中の彼等の玩具にされた。末弟の眠る横で、有り余る性の活力によって叩きのめされた。その夜から家を出るまで、愛想笑いを浮かべる生活が終わった。末弟と長弟次弟とを分け隔てなく接するように努めることもやめた。
 テレビを消す。次弟は落ち着いた頃だろう。何度か胡散臭いスキャンダル雑誌に熱愛報道が載っていた。芸能生活に勤しむ彼の邪魔をするつもりはない。長弟も元気にやっていることだろう。加霞から関わることはない。嵐恋にしても、彼が兄たちと会いたいと言わない限り会わせるつもりはなかった。見えないところを痛めつけ、厳しい言葉で傷を付け、命を落としたり障害を残すような危ない技をかける。笑って受け流すことを覚えた嵐恋の姿は今の生活でも加霞に苦々しい思いをさせる。末弟の眩しい笑顔が嫌いだ。舞夏と関わる中で見せる笑みくらいしか信じられない。あとのものは処世術に過ぎない。あの少年の暗い部分が作り出したものだ。加霞はそう決めていた。
 黒い画面を見つめていた。インターホンが鳴る。受話器を取った。
「はい」
 ぶつぷつと電子音がする。
『俺だけど』
 部屋番号を間違えたらしい。直接来訪して"オレオレ"詐欺ということもなかろう。
「部屋の番号、お間違いじゃないですか」
 相手が恥をかかないよう、彼女なりに気を遣って答えた。
『違うよ、姉貴。俺。分からない?雫恋かれんだけど』
 その一言は加霞を蒼褪めさせるのに十分だった。受話器を戻してしまう。無視するか迎えるか迷った。何故住所が知れているのだろう。長弟次弟と不仲であることは家族みな知っている。考えられるルートはいくつかある。最も可能性として高いのは嵐恋の学校から実家に連絡がいったのか。随分と前に雫恋の事務所の後輩の相談を受けたこともある。そこから漏れた可能性も無くはない。
 インターホンがもう一度鳴った。加霞はびくりと肩を震わせた。受話器に手を伸ばしかけ、躊躇った。まだこちらから名乗っていないのだから、しらばくれることもできるかも知れない。だが相手も往生際が悪く立て続けにインターホンが鳴った。他人であれば警察を呼べるだろう。受話器をもう一度取る。胸が痛くなるほど心臓が暴れている。
「何の用?」
『仕事落ち着いたから、久々に会いたくなった』
「いきなり来られると、困る……」
 彼女の語気は冷たい。嵐恋が居たらどうするつもりだったのだろう。どの面を下げて彼は弟に会うつもりだったのか。
『連絡先、知らないし』
「どうやってこの場所、知ったの……?」
蜂須賀はちすか
 蜂須賀は舞夏の苗字である。
「舞夏ちゃん……?」
『蜂須賀の友達が、最近ここに入り浸ってるって聞いたし。そしたらアンタの弟がポスト覗いてるから、部屋割り出すの簡単だったよ』
 まるで嵐恋は自分の弟ではないという言い方のような気がして加霞は腹が立った。
「あーくんに変なことしてないでしょうね」
『するわけないだろ。俺の姿見られたらアンタ警戒して、出てくれないでしょ。ねぇ、入れてよ姉貴。俺だって弟だよ』
「早く帰りなさい。春藝に撮られるでしょう?」
 とにかく売れている芸能人やその事務所のスキャンダルを撮りたい雑誌がある。雫恋とモデルの女性の熱愛記事が出たのもその出版社である。
『そんなこと心配してるなら早く入れてよ。逆にこっちからタレコんで、売名ってこともできるんだよ。どうするの、アンタの弟、しずくれんの弟だってバレてんの?』
 脅迫めいたことを口にされ、加霞は渋々と受話器を戻すとチェーンロックは掛けた玄関を開ける。黒いキャップの上から黒いフードを深々と被り、黒のウレタンマスクにサングラス、スウェットシャツのポケットに両手を突っ込んでいる姿は不審者を自ら主張しているようである。思わず後退ってしまう。
「久しぶり、姉貴」
 記号的な不審者の服装をした人物はフードもキャップも脱ぎ、艶やかな黒髪を晒し、そこに日の輪がかかる。サングラスを外す様も洗練されていた。色の白い肌が現れ、マスクもしまわれた。テレビで見た姿がそこにある。長い睫毛と切れの長い目、薄らとした二重瞼。すっと通った鼻梁に薄情げな唇。これと同じ顔があともうひとつ、この世にある。半分血の繋がっているはずの嵐恋とは似ても似つかず陰気で嫌味な感じがある。
「入れてよ。弟のこと締め出したまま?」
 加霞は躊躇いながらチェーンロックに触れた。ここは末弟と2人で暮らす場所だ。その末弟はこの男とその双子の兄に"締め出"されたも同然なのだから気が進まない。
「もしかして警戒してる?」
「……部屋、散らかってるから」
「そんなこと気にするなよ。カレシじゃないんだし。姉弟きょうだいだろ?」
 長弟も次弟も幼い頃から無愛想で無表情で冷淡だ。姉でありながら彼女はどちらがどちらか知らないが気紛れなくせ、よくも芸能生活を選んだものだと感心するほどだ。そういう彼が陰湿に口角を吊り上げる。加霞は気圧けおされ、チェーンロックを外す。
「アンタの弟いるの」
「出掛けてるけれど、帰ってくる前に帰って」
「ねぇ、姉貴。1コ嘘吐いた」
 加霞は玄関に入ってきた次弟を睨む。彼はそれを気にしたふうもなく後ろ手に鍵とチェーンロックを掛けた。
「何?」
「俺は雫恋じゃなくて霙恋 えれんのほう」
 どちらであっても加霞には変わらない。過去に自分を玩具にし、末弟を甚振った人非人にんぴにんである。
「ああ、そう……」
 生真面目な性分が、そういう来訪者でも茶を出してしまうのだった。姉の家に遠慮をするような奴ではない。雫恋は、舞夏が我が物顔で定位置にし、嵐恋が寝転がるソファーにどかりと座った。
「やっぱりまだ俺と霙恋の区別ついてないんだ」
 底意地の悪い笑みがそこにある。加霞は肯定も否定もしなかった。どちらがどちらでも可愛い末弟を虐待したのが2人いるという認識で事が足りている。
「俺の雑誌とか、買ってくれた?」
 彼はリビングを見渡す。籐 ラタンとガラスのローテーブルのラックには舞夏と嵐恋が読んで楽しむ旅行雑誌や鉄道雑誌、料理本が何冊か置いてある。
「買ってくれてないね。今度からこっちに送るよ」
「やめて」
「どうして?姉貴も弟がどうしているか知りたいだろ?アンタの弟だって、兄貴が元気にしてること、知りたいはずだ」
 彼はあざとく首を傾げた。
「本気で言っているの?わたし、あなた達があーくんにどういうことしてきたか、忘れてないんだからね」
「それ、自分の恨みも可愛いカワイイあーくんの恨みに上乗せしてない?」
 それが図星であるからか、悪怯れた様子がないからか、或いは揶揄するようであったからか、加霞の怒りは頂点にまで達してしまう。
「もう帰って!二度と来ないで、お願いだから。警察を呼びます!次に来たら警察を呼びますから!」
 彼女はテーブルの上の茶をソファーに座る憎たらしさにぶっかけそうになった。雫恋はいやらしく笑っている。
「それが弟に対する態度?ははは、でもアンタは、あーくんと違って血の繋がってない俺のことなんか、弟と思ったことないだろ?」
 彼は茶を呷り、ソファーから立つ。威嚇に似た急な動きで加霞は身構えてしまう。帰るのだろう。
「……血が繋がっていたって、あなた達はあーくんのこと、弟として扱ってくれなかった」
「姉貴から十分に可愛がられてただろ。俺等とは違って」
 雫恋は帰るものと思っていた。加霞が警察を呼ぶといったのは、脅しではない。もし末弟がこのろくでもない次弟に会い、過去の精神的なダメージを思い起こし、心にまた新たな傷を負うのならばパトロールカーがマンション前に停まり、この部屋に制服を着た警察官が入ってくることに頓着するところはない。
「それでもあーくんのこと、殴ったり蹴ったりする必要あった?」
 今でも忘れられないのは、まだ嵐恋が小さな頃、風呂上がりに突然、何の体調不良も訴えなかった彼が嘔吐したことだ。救急車で運ばれ、腹部を損傷していたことが明らかになった。あとから、意地の悪い双子に押さえつけられ、散々蹴られたことを彼は怯えながらやっと答えるのだった。
「あーくん、あーくんうるさいよ。姉貴。可愛がられたこともないのに、可愛がり方なんか知らないね。じゃあ俺を愛しなよ。そうしたら俺もアンタの弟をカワイガッテやるよ。それでいい?」
「今更……あーくんには会わせないし、もう過去のこととして掘り起こすつもりはないから。さ、帰ってください。二度と来ないで。わたしたちのことはすっぱり忘れて」
 感情が早まり、加霞は玄関のほうに雫恋を押す。綺麗にケアされた白い手が彼女の腕を掴んだ。
「姉貴」
 よく手入れされた黒髪の奥の昏い双眸に射抜かれて戦慄する。
「俺のこと、弟と思ってないんだろ?」
 掴んだところの骨を粉砕するかのようにその握力は強まっていく。
「い、痛い……」
「姉貴の弟は嵐恋だけだもんな」
 陰険な笑みを浮かべているのが見えた。次の瞬間、加霞はリビングの外、玄関前の廊下に倒された。
「な………に………」
 とりあえずは弟であると高を括っていた。油断していた。とんでもないミスをしていたのではないか。加霞の目が見開かれる。彼女の眼前には雫恋が迫っていた。倒れているその身体に覆い被さっている。
「俺のこと、弟じゃなくて男として見てくれてるのなら好都合。ねぇ、姉貴、自分が俺たちに何されたのか、忘れたわけじゃないよな」
 生々しく身体中を這う掌、なぞる指先、辿っていく舌の感触、腹奥を掻き回す熱を思い出す。身近な異性、姉としての一人格ではなく、ただただ異性という概念、その肉体に好奇心を抱いたものとして思春期の少年たちが暴走したのだと当時彼女は考察し、言い聞かせた。それでも度重なる末弟への虐待、自己暗示だけでは到底誤魔化すことのない厭悪感で逃げてしまった。そしてそれを後悔していない。
「やめて……」
「姉貴」
 甘えた声音で呼ばれ、フローリングの床を掴む手を力尽くで一纏めにされた。圧倒的な力量に抵抗は意味を成さない。
「やめて!」
 真上から覗き込まれている。目を逸らせない。目付き自体は落ち着いて冷淡な印象を与えるが、実際その眼は爛々と危うく粘こい。
「姉貴、まだ蜂須賀みたいなのと付き合ってるの?」
「付き合って……ない」
 舞夏から恋愛感情を打ち明けられたことはある。だが交際には至らなかった。そのあとも変わらない態度の彼とは友人として関わり続けている。歪で卑怯な関係の自覚はある。ただ嵐恋から、また擬似的であっても兄を奪いたくない。そして好意の告白をした舞夏に対して嫌悪感などは一切起こらなかった。彼の優しさと明るさと包容力に甘えている。それを突きつけられた心地になる。
「そういう付き合うって意味じゃなかったんだけど。まぁ、いいや。姉貴」
 罅割れもないよく保湿された唇が落ちてきた。加霞の唇で弾む前に押し付けられる。
「い、や………!」
 突き飛ばそうとする腕は雫恋の手と床の間から脱することができなかった。
「こっち、見て」
「いや!」
「ふぅん。別にいいけど。今のうちに素直になっておきなよ。またあの時みたいに、後から何もかも分からなくなって気持ち良くなっちゃうんだから」
 嫌な記憶が鮮明になる。時間によって埋もれていくはずだった。慰めるすべ、埋めていく術、切り替える術を心得ていったつもりだ。しかし、頭の中は淫らでおぞましい一夜のことに塗り替えられ、そこから自分を慰めることもできなければ、また掘り返され、切り替えることはできそうにない。
「や………だ、」
「あの時みたいに噛んだりしないで。もう売れっ子だから、仕事に響くよ。恋人にされたって言えばいい?それとも戸籍上じつ の姉にされましたって言ったらいい?」
 試す気なのか雫恋はもう一度加霞に口付ける。繊細に触れ、角度を窺いながら、合わされていく。
「ぅ……んっ、」
 長い睫毛が反り、薄い目蓋が眼球の輪郭を透かす。加霞の身は強張った。目を閉じる余裕もない、また目を閉じる必要性もない彼女の目元を骨張った手が覆った。接触面が増え、加霞は息を詰めていたのが限界に達した。口を開けた途端に雫恋が入り込む。生温かい。相手は血の繋がらない弟である。他人であるが、弟である。血縁で言えば問題がない。倫理観は拒否を示し、何より加霞の意思が雫恋を好いていない。
 口腔を蹂躙されながら敗北の涙が滲んでいく。倫理の潔癖性が呼びかけている。弟扱いできずとも、認識は弟である。理性が悲しみを呼んだ。言葉を奪われながら拒絶を示す。しかし雫恋の舌遣いとそこに伴う水音に掻き消される。目元に置かれていた彼の手が胸や脇腹を撫でていった。腰から背に回り、抱き寄せられる。姉への情なのか、女への欲なのか、牝への業なのか、それは分からない。二点が強く密着する。やがて加霞の全身から力が抜けたところでキスが解かれた。ぼんやりした目で弟を見る。
「あのあと、他の人には抱かれたの?セカンドバージンも俺かな」
 耳鳴りがする。固いはずの床が泥濘ぬかるんで底無し沼と化し、後頭部から沈んでいくような感覚に陥った。
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