彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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 両手が塞がっているといえ、足で玄関扉を開く雑さがやはりどこか威圧的で、そして新たな側面をみせた。使用人は框に控えていたが片方は失神している血塗れの男女を見ても顔色ひとつ変えなかったが遅れて登場した極彩を目にすると戸惑いを露わにした。群青は使用人へ湯と乾布を頼み、客間へ進んでいく。
「極彩様、こちらへ」
 玄関で突っ立っている極彩へ振り向き、顎でしゃくった。凍てついた眼差しが彼らしくなかった。一言呟いて框を跨ぐ。襖を開けてやると、彼は礼を言った。畳の上へ娘は慎重に寝かされた。彼は自身の衣類を大雑把に脱いでから、娘の濡れて汚れた着物へ手を伸ばす。しかし静止し、遠慮がちに極彩を見上げた。
「すみません」
 何に対して謝ったのかも分からなかった。代わってほしいというわけでもないらしく、慣れた手付きで目の前の娘は脱がされていく。襖が開き、乾布を先に持ってきた使用人へ汚れた衣類を渡していく。彼女に着替えを。使用人に耳打ちする様は城でよく見たものだった。膝が泥だらけなため座ることも躊躇われ、極彩は立ち尽くしてなりゆきをぼうっと見守っていた。。
「まだ帰らず、ここにいてください」
 手持ち無沙汰な極彩へ思い詰めた表情が気絶している娘から逸らされる。使用人が着替えを運び、極彩へと手渡した。下着姿の娘と着替えを見比べ狼狽える。「着替えて、どうぞ座ってください」と群青は背を向けたまま静かに説明した。さらに「わたくしはあちらを向いていますから」と添えた。
「貴方が傍に居てくださらないと、気が昂ぶってしまって…何をするか…」
 群青の背中をみながら極彩は男性用の衣類に着替えた。袖や裾を捲る。長いこと薄荷の香りに牽制されてしまっている群青の匂いに包まれる。夫への後ろめたさが募っていく。
「わがままを言ってしまい、すみません」
「布団でも敷こうか」
 控えめに群青は背後を確認した。だがすべてを見ることなく沈んでいった。
「…使用人にやってもらいます。どうぞ休んでいてください」
 襖が開き、次は湯気を上がるたらいが運ばれる。布団を敷かせ、群青は自ら娘の身体を清める。斬られた形跡はやはりなかった。ただ失神しているだけだった。布団を敷き終った使用人と襖が閉まる直前に目が合った。以前来訪した時に家主の帰宅まで話し合った者だった。意味ありげな目配せに、極彩は困る。
「現在はもっぱら、闇討ちの任に就いております」
 湯気の中で霞む白い手が薄紅色に染まり、濡れて照っていた。絞った水が湯へ落ちていく。
「目撃した者及び目撃した可能性の高い者は原則口封じするよう決められております」
 湿った布が器量のいい娘の汚れを軽く叩くように拭っていく。
「罪のない人間を何人も…ただ偶然そこに居合わせたというだけ。数秒でも何かが違っていたら、生きていられたかも知れない。相手の素性が知れないから、割り切って、その先にある何人もの穏やかな生活を期待して、わたくしは斬りました。時には怖がって泣く幼児も斬りました」
 手慣れた動きで娘に替えの衣を着せながら彼は話した。
「正直に申し上げて、貴方を斬れません。彼女もです」
 相槌も打たず、彼の背中を見つめていた。髪の汚れも、叩きながら落としていく。不言通りにあるガラス張りの瀟洒な髪結い屋にある光景だった。
「そろそろ、自分を誤魔化せなくなりました。誰を殺したとして、より多くの者が穏やかに暮らせるなど幻想なのだと…やめませんけど。わたくしはこれからもめいと規則のまま人を殺め続けます」
 娘を抱き上げ、布団へ移す。彼女の毛先を小さく括っていた髪紐が落ちた。
「誰もが不穏な世で、群青殿にはなけなしの平穏の中で生きることはできないの」
 返答はない。布団を見ていると極彩も眠くなった。
「もう、できません」
 何の話だか分からなかった。娘に厚い布団が掛けられる。
「この世が狩る者と狩られる者と、命じる者の3人になるまで続くと思うけれど、健闘を祈るよ。たとえわたしが狩られる側に…もう、なったか。それでも止める立場にはないから」
 群青は黙った。
「立ち止まったら罪悪感と良心と虚無感に追いつかれるだけなんだもんね。洗脳は真実をみることを拒むものだ。このまま二公子の懐刀イヌでいなよ」
 躊躇いながら彼は極彩へ首を向ける。
「暴力で決着すればいいんだから、生き物っていうのは気楽でいいな。それがこの国の在り方で、貴方も一度は選んだでしょ。迷いがあったみたいだけど。わたしとその、斬ればいいじゃん。力を持つものだけに許された特権だね。めいによって敵対してる人をばっさばっさ斬ったんでしょ?どっちが今すぐに正しいか、どっちが長い目で見て正しいかなんて興味ないけど。ただ考えが違ったから、秩序を乱すから、今度の邪魔だから、漏洩の可能性おそれがあるから。うん、仕方ないね。だって話し合いの解決なんて信用ならないもん。人の気持ちなんていくらでも変わるよ。良くも悪くもさ。道徳的に、じゃなくて、都合でね。それにしてもすごい理屈だ?1人殺したって悲しむ人間はいるはずなのに、その裏にいっぱい幸せになる人がいるっていうならばっさばっさ人斬れるなんて。素質あるよ。世のため人のためならどうしようもない害悪人間を何百人も何千人もぶち殺していいなんて、さっすが、効率的な国だな。善人に溢れかえって、すぐに発展に発展を遂げるんだろうな。命っていうのは人間に生まれても、善悪でこうも虫螻むしけらとカワイイ猫ちゃんくらい差が生まれてしまうんだね。これって何教の教え?だから善人でいろっていうの?悪人制裁中に通りがかった善人が斬られたかもしれないのに!もう生まれたときから外れくじなら本能なんて投げ捨てて、思想のために自決したほうがいいね。きっと恐ろしいことだけど…それで“アタリ”まで自決を繰り返すんだよ。生まれたばかりの赤子がさ。でも貴方が始末したいのはそういう考えの人々じゃないんだもんね。それでもただただ、もしかしたら、将来的には自分の伴侶に、命の恩人に、或いは仇になったかも知れない目撃者だの何だのかんだのをばっさばっさ斬って斬って斬りまくってさ!自分の可能性は自分で削っていくって生き方、自立していて憧れちゃうね。頑張って汚れて、それで呑まれたらいいよ。どうにもならなくなったら良心なんてただの飾りなんだし、自分の正義こだわりで自分が死んじゃうよ。上手く自分を弁護しなきゃ。ちゃんと暗示をかけて。幻想ゆめみてなきゃすぐに自分で死んじゃうつもりなんでしょ?」
 群青は俯いていた。殺気は消え失せ、苦悩を纏った若い男がそこに佇んでいる。
「何が、極彩様をそこまで…」
「帰るよ。不愉快。さっさと殺せばいいでしょうに。わたしも、そのも。顔見知りは殺せませんって?始末した輩より善良な悪人かも知れないのに?ふるいに掛けやがって。この国には建前上、ある区域と賤しい身分の出でさえなければそこそこの人間の権利と法の下の平等はあるみたいだけど、しがらみばっかりはそうもいかないね?腹が立つよ、せっかく二公子の命令であんたに潰してもらったのにね?つまらない反省会なんてやめなよ。そこに答えがあるくせに、手が届かないなら、現実なんてみるな…どう?大好きな御主人様に似てる?」
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