彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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「打ち解けたわけではありません」
「そうでしょうか」
「そうです」
 不思議な調子に引っ張られかけ、彼女は嘆息した。
「ではそういうことにしておきます」
「そうしてください」
 それから淡藤は勝鬨桜花を愛でる会の案内が記された書状を差し出した。書面には前日に城へ泊まり、試着会に参加するようにと書いてあった。天晴組の長は無防備な目の動きで読み終えたことを察する。
「そちらの方はどうなさいます。城にお預けになりますか」
「いいえ。見張りの者をください」
「承知しました」
 紅を城に預けでもすれば二公子の麗らかな双眸は忽(たちま)ち禽獣と化すだろう。それを身を以って知っていた。

 勝鬨桜花を愛でる会の前日は雨だった。明日晴れたとしても桜花は散り、土は濡れているだろう。天晴組に城内へ引かれ、内装が少し変わっていることに気付いた。叔父と暮らした仇の巣に妙な感慨を抱いてしまう。試着会には城に住まう娘たちも参加していた。みな高官の娘や婚約者といった具合で、極彩からしてみれば平時でも煌びやかな服装をし、試着会の必要性を感じられなかった。彼女からしても、たとえばそれが紅との外出だったなら話は別だっただろうが、ただ顔を出しておけばいいという認識で絢爛な衣装に関心を示すこともない。
試着会の会場で出会う歴々とした筋の女たちは必ずしも謀反人の姪に厳しい態度をとったわけではなかった。しかし好奇の目の中には侮蔑や嘲笑を帯びたものも少なからず混ざっていた。二公子が並々ならぬ執念を燃やす相手となれば尚更だった。縹の姪という一応の事実が、彼女たちの社会の中では揶揄や罵倒の意味を持っていた。さらには第一公子気に入りの若い臣の姪に過ぎない身分というのも極彩への嘲笑を助長した。極彩の周りには数歩ほどの距離が空き、取り囲むように華族の女が噂をする。様々な晴着屋が店を出し、視覚的には華々しいものだったが、そこには息苦しさと居た堪れなさが渦巻いていた。顔を出すだけ出したため帰ろうにも、四方八方を塞がれている感じがあった。そしてそれは瀟洒で壮麗な人垣だった。
「あんた!」
 謀反人の縁者の登場に冷え冷えとした空間が快活な声で両断された。白鶴の絵が入った鮮やかな赤い着物は彼女の目印といえた。あずきだ。
「元気してた?」
 並ぶとあずきのほうが少し背が高い。わずかに屈み、健康的な美しさのある顔に覗き込まれる。彼女は眩しかった。自分といることであずきにまで泥がつく。極彩はそれをおそれ、たじろぐ。
「色々大変だと思うケド…いい機会だし、気分変えていかなきゃね」
 あずきは周りの目も気にせず極彩の背を軽く叩いた。そして試着会の開かれている大広間の奥に連れていく。謀反人の姪により隅々まで走った緊張感は、あずきによって打ち砕かれている。
「あずきさん…わたしといるのは拙いです」
「何がどう拙いのよ?」
 極彩は躊躇いながら口にしたが、あずきは小首を傾げる。
「わたしは……その、」
「あたしなりに考えたんだケドさ、つるばみと誓った人ならあたしの妹も同然だからね。橡には恥じたくない」
 極彩はあずきを見られなかった。彼女は近くの店に極彩を突き出し、注文をつける。何着か試したがあずきは腰掛に座り眺めるばかりで自身の着るものを探す様子がなかった。
「あずきさんはもうお決まりになっているんですか」
「あたしは参加しないから。かしこまった雰囲気って苦手だし。今日はあんたも来るのかなって思って顔出しただけ」
 彼女は極彩の顔を見るとどこか後ろめたげな笑みを浮かべた。
「よく似合うよ。ほら、もっと自信持って。どんな良いもの着てても、結局は笑顔を雰囲気なんだから。それに勝るおめかしなんてないの。着物に着られちゃダメ」
 あずきは小物にもこだわった。他の店も回り、感想を述べていく。彼女の飾らない喋り方とはきはきした声は淑やかなで垢抜けた婦人たちの多い室内で浮いていた。極彩はあずきの様子や今度の人付き合いが気掛かりだったが、上手く追及することができなかった。極彩の中で、あずきは屋敷を訊ねてきたり、あまり大きな声では話せない事情も知っている相手だったが、あずきにとっての自分の立場というのが結局のところ知り合い程度だと踏んでいた。あずきはこの城の居住区に暮らし、たくさんの交友関係があるはずだった。久々に会ったからといって親しげに笑顔を向け合うような関係だっただろうか。あずきとの間には、ひとつの遺体が横たわっている。まだ埋葬もできないような。
 極彩はあずきと見つめ合ってしまう。彼女は一瞬、言葉も表情も失くした。しかしそのすぐ後には笑みを取り戻す。極彩は何か言わなければならない気がして逡巡した。そのうち大広間に官吏たちが入ってきて場内は再び緊張感に包まれた。官吏たちは5、6人はいた。あずきの元へ来て、不参加を表明した者の試着会の参加は困るというようなことを言い、あずきは退室を迫られ、実際部屋を出るまで官吏たちに囲まれていた。極彩は用もなく連行されていく彼女を呼び止める。不参加とはいえ城の関係者に等しいあずきが晴着屋の訪問商売に顔を出すことがそこまで規律に反しているとは思えなかった。
「あずきさんにお衣裳を選んでもらっていたのです」
 咄嗟に出た言葉だったが実際のところそうだった。
 その必要はございません。もうすぐ二公子がお見えになります。二公子にお選びになっていただくのがよろしい。
 あくまでも官吏はあずきに頼むような形で再確認し、彼女も首を横に振らなかった。
「あずきさん」
「またね。その色よく似合ってる。お花見の会、楽しんできてね」
 彼女は官吏とともに出ていった。極彩はその姿を見送った後、今着たばかりの明るい橙色に白銀の模様が入った着物に決めた。髪飾りもあずきの選んだ薄い青の房が二つ付いたものにした。白と黒の帯が大胆で、黄緑色の明るい帯揚げが目を引いた。帯留だけはまだ決まっていなかった。適当に視界に捉えた紫色のものにした。彼女の試着会はこうして終わった。泊まらずに済みそうだった。大広間を出たと同時に視界の端に華やかな衣装が入った。
 近親相姦の彩の方様ではありませんか。
 極彩は呼ばれた気がして振り返った。そこには垂れ目が穏やかそうな年若い、美しい娘が侍従を連れ、口元を扇で隠しながらも笑っていた。極彩は可憐な容貌だが刺々しさのある華族の娘に恭しく揖礼した。
 噂で聞いておりますのよ。天藍様にご寵愛なされているのだとか?羨ましい限りですわ。縹様の姪御となれば、朽葉様の姪御同然ですからね。でも…本当に縹様とは、叔父と姪という関係だけだったのかしら?
 侍従たちはくすくすと笑った。極彩は揖礼したまま肯定する。他にどのような関係があるのか、皆目見当がつかない。
 噂では…そう、噂に過ぎないのですけれど……畜生の関係だと聞いていますのよ。縹様は城下の一輪桔梗、彩の方様はその一輪桔梗を愛でた天藍様の亡妻と瓜二つ。何も起きないだなんてあたくし、とてもとても考えられませんわ。だってそうでしょう?まだお若いのですし…藍銅らんどう様と縹様は白昼に語るには憚られる仲睦まじさだったとも聞いておりますのよ。
 極彩は揖礼を解き、何も聞かなかったふりをして華族の娘に背を向けた。帰りに不言通りの店で紅に土産を買っていくことだけ考えた。
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