彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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「はなだ…はなだ、きもの。はなだ、きもの、ひらひら…じとじとふわふわ」
 彼女は力任せに腕を引っ張られた。
「山吹様、わたし、桜花さくらを愛でる会には行きません」
 山吹は聞く耳を持たなかった。極彩を連れ、奥女中のいるほうへ進んでいった。そこにいる下回りに身振り手振りで用件を伝える。彼は縹の着物の話をしているらしかった。しかしそれは城のめいによって下級官吏たちの使う椅子の座面の布地に使われたそうだった。極彩は努めて平静を装っていた。それでもまだ謀反人の遺品にしては扱いがいい。そう思い込んだ。
「ごくさい」
 山吹の気を遣うような態度が刺さる。一度袖を通し、それをあつらえた本人が目にし、一時でも喜びを得られたなら、それで良い。そう思うしかなかった。何より、山吹がたった一度だけ身に着けたあの晴着を覚えていた。亡き人との思い出に極彩は息が詰まった。
「ありがとうございます、山吹様。ですが、いいんです。もう少ししたら帰ります」
 屋敷へ帰る途中、開いている店があれば紅に土産を買って。山吹に引っ張られながら彼の自室に戻った。
「ごくさい…あめ。くもり、あらし…」
「大丈夫ですよ。山吹様があのお衣裳を覚えていてくださっただけで」
「さんご、ごくさい…さんご、とんぼ、きらきら」
 山吹は手を打ち鳴らす。極彩は苦笑した。弟が褒めていたため印象に残っていたという。四兄弟の下2人の仲は深い。しかし珊瑚は妹だった。男児として接し、周りからも男児として扱われていた。混乱する。実兄ともなれば知っているのだろうか。
「そろそろお暇します。長居してしまい申し訳ございません」
 自分の居た場所を正し、極彩は山吹の部屋を後にした。城の中は閑散としている。まだ縹の声が聞こえるような気がした。背後には紫暗の姿があるような。ぼんやりと廊下を歩き、曲がり角で壁に縋りついた。曇天に似た悲しみに囚われる。込み上がったものを抑えた。下回りも最小限で人目もないのをいいことに極彩は蹲る。
「行かないんですか、勝鬨 桜花おうかを愛でる会。そろそろ時間ですよ」
 上擦った不安定で不自然な喋り方だった。故意的に喉を絞っている感じのある声だった。顔を上げずとも、誰何すいかせずとも、相手が誰なのか見当がついた。蕎麦切山で出会った怪しい町医者で、ある時は二公子と繋がりのある彫師の声だった。立ち上がり目を合わせる気力も起きず、無礼を承知であろうとそれに相応する相手でもなかった。
「予定が変わりまして」
 ぼそぼそと極彩は答える。会話するのがひどく面倒だった。
「体調が悪いんですか」
「ええ、まぁ…」
「貸衣裳が無くなったとか?」
「そんなところです」
 適当に肯定するつもりだったが言い当てられてしまう。
「正装のひとつも持っていないんですか」
 嫌味の言い方が或る男によく似ている。しかしそれに気付かないふりをして極彩は頷いた。
「持ってはいたんですよ」
 叔父が尽くしたことは、現状が変わらずとも無かったことにはできなかった。
「今無いんじゃ意味がありませんよ」
「もともと参加するつもりはありませんでしたから。もう始まっているのでしょう。貴方は行かなくていいんですか」
 極彩は膝を抱いていた腕を大きな手に鷲掴みにされる。柔らかな獣毛が付いた黒い手袋をしていた。極彩は相手を見上げる。胡散臭い町医者で、時と場合によっては彫師にもなる女は相変わらず光沢のある詰襟の服に、高身長でありながらさらに踵に傾斜のついた華奢な靴を履いて背を高くみせていた。
「放してください」
「天晴組の苦労が知れますね」
 二公子の飾り気のない白い手袋に反して女の手に嵌められた手袋は装飾品らしく優美な光沢があり肌触りもよかった。その下に骨張り、節くれだった手指を隠している。
「これから帰るのですが」
 極彩は踏み止まった。小気味良い靴音も止まる。背の高い女もそれを分かっていたようだった。何の反動もなく佇み、極彩を見下ろす。
「素直に従うことです。どうせ貴女も…二公子の人形になるしかないんですから」
「なりません」
「なります。逃れられない」
 声はもう作られていなかった。見た目の印象から離れた低い声で喋っている。しかし気付かないふりを続けた。
「従いなさい。従いさえすれば、二公子も過激な暴力に訴えることはしないでしょう」
「暴力を選びます」
 自称町医者の女は化粧によって強調された睫毛を上げて目を剥いた。赤い唇を噛んだのが見えた。直後、極彩は頬を打たれる。そのまま直ることもせず、弾かれた先を見つめた。
「私が貴女の晴姿を観たいんです。春の中に佇む貴女を」
「貴方に見せるものは何もありません」
 話はこれで終わりに違いなかった。極彩ははたかれた頬を雑に拭い、連れられた分、廊下を戻ろうとした。背中に体温が当たる。肩に他者の腕が絡み付く。
「放してください」
 この町医者で彫師である女とはそう親しい間柄ではなかった。
「従うことです。殺されるよりはずっといい。貴女の叔父御も、」
「やめてください」
 この者の口からは叔父の話など聞きたくなかった。後ろから抱擁する腕を極彩は片方ずつ丁寧に解く。彼はもう後を追ってこなかった。
「焼却炉に貸衣裳が捨ててありました。気が向いたらまたあの晴着屋に出向いてください。あの店の主人の首が飛ぶ前に」
 町医者の女に扮していた者は落胆するような声でそう言い残し去って行った。脅し文句のようだった。同時に極彩は、同じく山吹に翳したものだと気付いた。城の者たちは首に縄を掛け、互いに握り合っている。

 衣装を着付けられ、駕籠に乗って「勝鬨桜花を愛でる会」の会場に移動した。到着する頃には酔っていた。牛車よりも速いが、眩暈を起こしてしまう。降りた途端、半ば捕縛されるように天晴組が侍った。彼等は極彩の後をついてくるだけで終始無言だった。
 早苗川埋立地は見事に桜並木ができていた。そこから曲線を描くようなつつみを歩き、その先に正式な会場がある。薄紅色の花弁が舞う中、様々な出店で賑わっている。髪や肩、袖に花の欠片が絡む。空は少し曇り白ずんでいる。極彩は市井の娘然としていたがその後ろを静かに付いている天晴組を見て、出店の準備に勤しんでいる民たちは腰を曲げ、頭を伏せた。左手には堤外地が埋め立てられた広場があり、右手には未開拓の野原が遠くまで広がっていた。極彩は進むにつれ帰りたくなっていた。二公子は彼女の心情を把握していたのかも知れない。立ち止まり振り返るたび天晴組の若者と目が合う。鉛の草履を履いているようだった。桜並木が途切れ、陣幕の張られた区画が目に入る。出店もなかった。空気も変わる。その傍では器楽の支度が始まっていた。後ろに付いていた天晴組に促され、陣幕の中へと入る。途端に柔らかな体温に包まれる。吐き気がするような伽羅きゃらの香りがした。
「ちゃんと来たね?来ないかと思った。想像より早かった。もしかして彩のほうでオレに早く会いたかったとか?」
 遅れてきたはずだった。しかし他の官吏や婦人たちは見当たらない。視界一面を占めるのは敷き詰められた畳で、黒く染められた藺草と鮮やかな赤色のへりに下品な派手さがあった。
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