彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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「まだ支度終わってなくてさ。他の人たちは一次会ってのがまた別にあるんだなぁ…城下のみなさんに挨拶ってやつだよ。どういう面のどういうやつがこの国を弄繰いじくり回してるのかって。ま、顔なんか知られちゃ、それだけ危険も伴うけど。民意って意外と大事なこともあるのよ、意外とね。たとえば助命嘆願とか?知らないけど」
 辺りを見回す極彩に二公子は説明した。天藍は奥まで彼女を引き入れる。白地に金糸が織り込まれた枕が放られ、そこに寝転んでしまう。下から手を引かれ、極彩も座らされた。
「ねぇ、国賊は来ると思う?」
「…国賊でございますか」
「そ。街を焼いた反逆の徒のことだよ。罪のない者たちを殺めた国賊」
 彼は市井の若者のように首を曲げ、無邪気な目を向けた。
「早く捕まえないとだろ?」 
 柔和な笑みに極彩は思わず目を逸らしてしまう。
「あの刀は毎日持ち歩いてよ。何のために綺麗な色してると思ってるのさ」
「洒落のためではないかと…」
「そのとおり」
 まるですべてを肯定せんばかりに食い気味に彼は言った。
「あ、そういえばさ、今日群青も来るけど、群青って呼んじゃだめだよ。気を付けてね。呼ばないと思うけど。何故なら…―?」
「仲が悪いので」
「もう一声」
「絶交しているので」
 天藍は腕を組むと「うんうん」と訳知り顔で頷いた。
「そうだよね。オレとしては2人に仲良くしてほしいけどね」
 彼は自身の頭の下にある枕を極彩の膝に押し付け、そこに移った。近くで鳥が囀っている。出店の準備をしている民の大声も聞こえた。
「愛妻が同行してるからさ、また焼餅焼いて蹴っ飛ばしたりしちゃダメだよ。彩より可愛くて、彩より気が利いて、彩より群青好みでも」
「肝に銘じておきます」
「肝に銘じておかないと蹴っ飛ばしちゃいそう?」
「いいえ」
 そしてまた非常に仲が悪く絶交していると口にすることを求められる。それで天藍は満足している様子だった。
「ま、なんでもテキトーに素っ気なく無関心にやり過ごそうとする君に、そこまで敵意を向けられるのは、いっそ才能かもね」
 極彩自身、二公子に念を押されなくとも話題に挙がった男に対して何の用もなかった。会の主だった参加者が陣幕に入ってくるようになると人の多さに挨拶する暇さえないように思われた。極彩は常に天藍の傍、上座の脇に据えられ、官吏やその婦人、令嬢たちが挨拶回りに来るたび姿勢を低くした。そのなかには群青とその妻・胡桃の姿もある。天藍は彼を群青とは呼ばなかった。二公子は代わりに頭を垂れる極彩を一瞥する。
「年代も近いし、仲良くできたら嬉しいな」
 天藍は白手袋を外し胡桃と握手した。彼女は極彩を気にして狼狽えていたが隣の夫に諭され、握手に応じる。二公子はもうひとつ生えている右手にも握手を求める。恭しい態度は普段紅にしているような差別的なものなど一切匂わせなかった。むしろ慇懃なほど、ある種の敬意を込めている。
「夫人は、オレの細君に会うの初めてだよね?彩、おいで」
 手袋を嵌め、極彩へ手招きした。妙な汗が浮かんだ。顔を上げないようにしながら徐ろに近付く。
「極彩と申します」
 胡桃は気を利かせた。銀灰や柘榴、杏に好かれ、桜とも気の合う素敵な女子だった。瑞々しく華やかな、それでいて嫌味のない若夫婦は一般参加者を装って去っていく。妻の前の群青は官吏ではなくひとりの市井で働く青年だった。
「わたくしは二公子の妻ではございません」
「変わらないよ。群青はまだ愛でる会の懇親の部にも出るから気を付けてね。ボロ出さないように」
 陽気な演奏のなかで胃の辺りが重苦しくなる。真上の桜木から花弁が降り注ぎ、長閑な光景だったが極彩にとっては何も楽しいところはなかった。紅はきちんと朝食と摂れたか、危ないことをしていないか、そればかりが気になってろくに話など聞いておらず、いかに早く帰るかを考えていた。夕食は奮発してもいい。意識を空に預け、目の前に人が来るたびに頭を伏せ続ける。
 ようやく挨拶回りが終わり陣幕が外されていく。畳の配置が変えられ懇親の部の準備が始まった。すでに二公子の近くを狙おうとする令嬢たちの待機する集団がみえた。彼女等の多くは父やあるいは母、もしくは兄弟に強いられている。極彩からみて、権力と風貌以外に二公子に惹かれるところなどない。傲慢で、性根が腐りきった陰湿極まりない底抜けの巨悪だ。兄に似た清々しさに隠れているが、口調や表情にその意地の悪さはよく表れている。令嬢たちの煌めいた波のなかへ極彩は逃げ出してしまった。催事のため多少着飾った女の身形はそう目立つものではなかった。民たちが賑わう区間に紛れ、小毬かすていらや鉄板焼きの匂いを掻き分けて適当な場所に座り込む。国が城下の役人と出店を除く仕事を全日休むよう触書が出ている。そのためか老若男女問わず混雑し、彼女は大して目立たなかった。埋め立てられた川の跡を法面のりめんから眺める。春を堪能するモンシロチョウや野原を踏み荒らす子供たち、隙間から顔を出す土筆つくし、桜並木、観て愉しむものはたくさんあった。すべてを存分に愛でる間もないほどだ。城の雇った雅楽隊とは別に笛の音色が流れてくる。毛先に雨のような花弁が絡まり手に取っては、今だけ美しく、あとは腐るだけの、鱗に似た薄紅色を撫でた。
「嬢ちゃん」
 背後から温かいものに両目を塞がれる。顔の半分を他者の体温が覆っていた。声と呼び方で誰何すいかせずとも特定できる。肉厚な掌も十分特徴的だ。
「だ~れだとっ」
「桃花褐さん」
「正解。簡単すぎたかいや」
「悪戯にもならないくらいにね」
 視界はすぐに開けた。大柄な男が隣に腰を下ろす。
「嬢ちゃんたちも来てたんけ。こういうの苦手かと思ってたぜ」
 垂れた目が意外げに彼女を覗き込む。
「ちょっと、野暮用で。桃花褐さんは出店関係?」
「いやいや、花火。本業花火師だから、俺ァ」
 極彩は眉を動かした。
「晩夏千変花火で有名だろ。あそこの花火職人。朱華はねず煙火3代目狐…ってあれ、言ってなかったっけか」
「3代目狐のところだけ聞いた」
「はえ~言ったつもりだった」
「居酒屋さん、宗教家、花火職人、忙しいのね」
 彼女はぼんやりと中天に視線を投げて呟いた。
「一個忘れてんな」
「え?」
 何を見るでもなかった極彩は隣の大男を眺め必死にもうひとつの彼の職業を思い出そうと努めた。医者や薬師の類ではなかったはずだ。官吏でもない。踊り子とは聞いていない。
「嬢ちゃんのぼでいがーど」
 桃花褐は真面目に答えた。
「色々あったし、忘れてた」
「へへ。ま、やることの多い人生ってのァいいねェ。嬢ちゃんは最近どうしてんだい?」
「相変わらず……引き籠ってる。働きもしないで、1日中寝てる」
 彼はへらへらと笑う。
「ま、食えてんならそれが一番だぃな」
「そのとおり」
「今日、いつもと雰囲気違うんな」
 言われてみて彼女は自身の装いを見回した。桃花褐は橙色の着物をしげしげと観察する。
「よく似合ってんな。新鮮な感じがしまさァね、明るい色。素敵ってやつだな……いや、嬢ちゃんがいつもは素敵じゃねェみたいに聞こえたら悪ィけど、そういうコトじゃなくて。いつもより、ってことだな」
「ありがとう。あずきさんに選んでもらったんだ」
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