アナザーワールド

白くま

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異世界召喚編

第五話 〘人違い〙

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「何?これ。」

 宿を出て警務隊の本部へと向かった楓は、建物の異常な大きさに驚いていた。RPGの世界によくあるお城と大差ない程大きい建物。その建物を石の塀が囲っていて、表にある門には警務隊の隊士が二人、門番として立っている。

「あのー。ここの総隊長さんに呼ばれた者なんですけど...。」

 私は恐る恐る門番に尋ねてみる。

「...名前は?」

 重低音と言うのだろうか。威圧感のある声で、私の前に居た屈強な体格の隊士が聞き返してくる。

「あ、秋月楓です。」

 この男の身長は2Mを超えていそうな程大きい。153cmしかない私からすると、ここの建物同様に異常な大きさだ。

「君が秋月楓さんか。朝礼で話は聞いている。さぁ、中に入どうぞ。」

 私の名前を聞いた途端、男の表情がものすごく穏やかなものになった。恐らく、根っから怖い人ではないのだろう。門番をしている手前、日頃から威圧感を出していると言ったところか。
 門を開けてもらい、私は警務隊本部の敷地内へと入って行った。
 正面玄関から建物に入ると少し広めのロビーがあり、柱には本部内の地図が貼ってある。この地図によると、この建物の奥の方に総隊長室があるようだ。

「見かけない顔だな?」

 ふと、どこかから声がする。声の方を見てみると、年は30前だろうか。グレーの髪を逆立てた、気さくな感じの男の人が立っていた。

「総隊長さんに用事があって来ました。」
「あー!朝言ってた。確か...、秋月さんだったかな?」

 少し首を傾げながら悩んだ後、男はそう言った。この人も、私の名前を知っているようだ。

「皆さん、私が来る事を知っているんですか?」
「あぁ、普段ここは一般者立ち入り禁止だからな。来訪者の情報を周知しておかないと、君みたいな一般人がウロウロしていたら確実に捕まる。それどころか、血の気の多いやつに吸血鬼と間違われた日にゃあ、命の保証も出来ねぇな。」

 何やら物騒なことを口にする男。

「吸血鬼って...?」
「なんだ?吸血鬼を知らねぇのか?そんな訳ねぇだろ。あれだけ世間を騒がせてるんだから。」
 
 男は眉間にシワを寄せている。マズイ、吸血鬼というのはこの世界では子供でも知っているような情報のようだ。

「あー!吸血鬼ですよね。そんなのがここに居たらそりゃ捕まりますよね。」
 
 私は慌てて取り繕った。

「まぁ、今日は朝礼で連絡されてるから、みんな君の事を頭に入れているはずだ。安心して用を済ませてくるといい。」

 苦笑いをしている私に、男はそう言った。どうやら、疑われてはいないようだ。

「それじゃ、俺はこの後仕事があるんでな。ここら辺で失礼するよ。」

 男はそう言い残すと、私が入ってきた正面玄関へと向かって行った。私も男の背中を見送った後、もう一度地図を確認し総隊長室を目指す。
 総隊長室までは曲がる回数こそ多いが、殆どが角になってて道なりに進めば問題なさそうだった。すれ違う隊士の人に会釈をしながら、廊下を進んでいく。
 渡り廊下を進むと、何やら急に人気がなくなっていった。

「総隊長室の近くには、あまり人が居ないのかな...?」

 そんな独り言を呟きながらも、足は止めず廊下を進んでいく。私が最後の角を曲がろうとしたその時、

「誰だお前!」

 いきなり、私の後方から男の声がした。慌てて後ろを振り返ると、声の主であろう男は私に対して拳を構え、既に臨戦状態になっている。

「違うんです!私は...。」
「違う?何が違うんだ!こんな所まで来やがって。その先にある部屋は一つだろ!お前...、総隊長の命を狙ってるな!」

 私の声を遮るように声を張る男。相当頭に血が上っているようで、話を聞いてくれる保証はなさそうだ。しかし、私も何もしない訳にはいかない。

「私は総隊長さんを尋ねて...。」
「殺しに来たんだろ!」
「だから違いますって!」

 必死に弁明するあまり、私は思わず一歩男に詰め寄った。

「近づくな!」

 詰め寄った私に対して、男は慌てたように二歩下がった。

「お、俺の血を狙っても、美味くなんかねぇぞ!」

 そして、男はそう言って自分の首を抑えた。

「血?」
「とぼけるな!この吸血鬼が!」

 私は目を見開いた。そして同時に、さっきの男の顔が頭に浮かぶ。
 全員に周知してたんじゃないの!?
 そう心で訴えかけながら、私は今の状況を確認する。明らかにこのままではマズイ。

「私は吸血鬼なんかじゃ...。」
「問答無用!」

 私が弁明を始めたその時、男は私の言葉を聞くこともなく、地面を蹴り一瞬で間合いを詰めた。
 ガスっ!
 男の拳が腹部を突き上げる。ブチッと何かが潰れる感覚、その感覚に混ざって聞こえる骨の折れるようなボキッという音。視界はボヤけ左右に大きく揺れた。

「ガハッ...!ゲホゲホっ!」

 何かが潰れたような音は、内臓の音だったらしく、私は口から大量の血を吐き出した。

「お前、吸血鬼にしては弱すぎるな。武器を持ってない俺の力でもこのザマかよ。」

 倒れ込んだ私を見下ろす男の顔は、どこか呆れた表情だった。

「だ、だから...、私は...吸血鬼じゃ...ゲホッゲホッ!」

 とめどない嘔吐感に襲われて、話すことすらままならない。視界はかすれ、体からだんだんと力が抜けていく。
 ついには、体を起こす気力もなくなり、私の体はただ床に突っ伏すだけだった。
 このまま殺されるのかな...。そう思った時。

「どうかしたの?」

 私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あぁ、一条さん。今戻られたのですか?」
「えぇ。片道5時間は日帰りだと無理があるから、朝帰ってくることにしたの。」

 声の主は柚枝さんだった。どうやらまだ、倒れているのが私だとは気づいてないみたいで、男と何やら話をしている。

「で、そこに倒れてるのは誰?」
「吸血鬼ですよ。こんな所まで何しに来たのかは知らないが、総隊長室に向かってたみたいなんで、取り押さえました。」

 これはもう、取り押さえるのレベルを遥かに超えている。これじゃ、半殺しもいいところだ。このまま放置されれば、潰れている内臓によっては死も有り得るだろう。

「ゆ、ゆ...え...さん...。」

 私は必死に顔を上げ、体制を変えようとする。柚枝さんに気づいてもらえれば、助けてもらえるはずだからだ。
 しかし、

「動くなよ。」
「うぐぅ...。」

 浮かせた頭を、男は踏みつけるように床に押し当てた。

「あらあら、酷いことするのね。」

 私に気づいていない柚枝さんは、苦笑いで男にそう言った。

「でも、あまり虐めるのは良くないわ。早く楽にしてあげない...と?」

 私の側まで来た柚枝さんが、顔を覗き込んだまま動きを止めた。そりゃそうだ。自分の部下が敵だと思い半殺しにしているのは、敵どころか自分の知り合いな上、今日の客人だったのだから。
 
「ゆえ...さん...。」

 吐いているのが息なのか、それとも血なのか、もう分からなくなってきたが、何とか力を振り絞って名前を呼ぶ。すると、ハッ!と我に返った柚枝さんが私の目を見た。

「コイツ、まだ喋る力が残ってるのか。しぶとい奴だ...。一条さん、どいてください。トドメをさします。」

 男が拳を固めて近づいてくる。

「やめなさい...。」

 柚枝さんの言葉と同時に、私の頬を何かがつたう。

「い、今...なんて言いました?」

 柚枝さんの声が小さくて聞こえなかったのか、男が聞き返す。すると、今度は廊下中に響き渡る様な涙ぐんだ大声で、柚枝さんは男に言い放った。

「やめなさいって言ってるの!この人は客人なのよ!吸血鬼だなんてとんでもないわ!」

 あっけに取られる男を尻目に、柚枝さんは私の体を抱き起こした。

「楓ちゃん...。ごめんなさい。私、全然気づかなくて...。」

 柚枝さんの目から流れる大粒の涙が、私の頬を次々と伝っていく。

「い、一条さん?」
 
 今度は男の方が状況を飲み込めていないようで、不安そうな表情で柚枝さんに近づいた。

「あなたには色々と話があります。ですが、今はそんな話をしている暇はありません!大至急、内宮さんを呼んできなさい!」

 柚枝さんは涙ぐんで出しにくい声を張り上げて叫んだ。そして、男が走っていくのを確認すると、私の腹部を手で抑えて何かを念じ始めた。

「うぐぅ...、かはっ!」

 潰れた内臓がある場所を押さえられ、私は痛みと共に思いっきり吐血した。しかし、柚枝さんは手から力を抜こうとはしない。潰された内臓を何か温かい不思議な力がギュッっと包み込む。すると、次第に痛みが引いていき、体が楽になっていった。全身を襲う脱力感、それと共にだんだんとまぶたが下がってくる。
 力尽きるようにドサッと私の体の上に倒れ込んだ柚枝さんをどうすることも出来ずに、私の意識も暗い闇の中へ落ちていくのだった。



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