アナザーワールド

白くま

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国外遠征編

第二十四話 〘超速の男〙

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 アウスブルグ城西の広場。楓が周囲を探索していると、突然、どこからか少女の声がした。

「あなた…ブリンゲルの警務隊ですよね?」
「そうだけど…、あなたは?」

 振り返った楓の前に居たのは、アウスブルグ兵の服を着た小柄な人間の女の子だった。少女は片手に剣、片手に盾という聖騎士の様な装備で、銀色の長い髪を後ろで束ねている。

「私はここの兵士です。それよりあなた、警務隊の秋月楓って知ってますか?」
「え…?秋月楓は…私だけど…。」

 少女の問に楓か答えると突然、少女の目の色が変わり楓へ襲いかかった。

「ちょっと何!?私はあなたの味方なんだけど?」
「何が味方よ!この人殺し!お兄ちゃんを…お兄ちゃんを返してっ!!」

 怒りに任せて剣を振るう少女を見て、楓は悟った。

(この子…まさか…!)

「あ、あなた、隈界さんの?」
「私の名前は隈谷 白くまがい ましろ、あなたに殺された隈界冬四郎の妹よ!」

 楓を睨みつける白はジリジリと間合いを詰め、剣にマナを注ぎ込み始めた。その目に映る楓への憎悪に気づいた楓は、刀を鞘ごと腰から抜き地面に置くと、その場で膝をついた。

「そう…だったんだ。あの隈界さんの…。」

 座り込んだ楓を見は白は、大きく深呼吸をしてから話を進めた。

「私はお兄ちゃんが死んだと聞いて、すぐに理由を調べたわ。お兄ちゃんは私と違ってあまり戦いには向いてなかった。だから、直接戦闘には関わらず、いつも街でみんなの支援ばかりをしていたの。そんなお兄ちゃんが死ぬなんて考えられなかった。しかも!その時死んだのはお兄ちゃんだけ…。そんなのおかしいと思った。だから、こっそりブリンゲルの人達に聞いて調べたの。そしたら…。」
「私とお兄さんが戦ったって?」
「そうよ!仲間同士で戦って相手を殺すなんてどうかしてるわ!」

 膝をついている楓に向かって剣を振り上げる白。その剣からはマナが溢れ出し、一振で楓の体を真っ二つに切り裂く事が出来るほどたった。

「待って!確かに…、私はこの手であなたのお兄さんの命を奪った。けど、あれには理由があって…。」
「どんな理由があっても…お兄ちゃんを殺していい理由なんてない…!」

 剣を振り上げた白の目からは大粒の涙が流れる。その瞬間、楓の脳裏に我に返った冬四郎の優しい顔が思い浮かんだ。

「ごめんなさい。私はあなたとあなたのお兄さんには取り返しのつかないことをしてしまったわ。でも、一つだけお願いがあるの。」
「お願い?あなた…今の自分の立場分かってるの?私があなたのお願いなんて…。」
「分かってる!」

 声を荒らげる白の声をさらにかき消すように楓は叫んだ。

「分かってるの。今の自分の立場なんて…十分。でも、これだけは言わせて。」

 楓は顔を上げて、真っ直ぐ白の目を見つめた。

「こんな私でも、今はブリンゲルの…いいえ、人間の大事な戦力なの。この戦いが無事に終われば、私の事は好きにしてもらって構わない。けど、この戦いの間だけ、私にしばらく自由をちょうだい。」

 楓は上げていた顔を、地面に擦りつけるように下げた。これは命乞いのためのパフォーマンスでも何でもなく、楓の本心だった。この状態で自分が抜けると、ここからの戦いはもっと厳しくなる。もしも許されるのなら、全てが終わるまで時間が欲しかったのだ。

「…分かったわ。あなたも相当な強さを持ってるらしいし、この場は何もしないわ。でも、全てが終わったらしっかり話を聞かせてもらうから!」
「…えぇ、分かった。ありがとう…。」

 楓は頭を下げたまま小さく返事をした。

「ねぇねぇ?これ、どういう状況?」
「「!?!?」」

 静まり返った空間に、突然聞こえてくる声。楓が慌てて顔を上げると、そこにはピアスを光らせて首を傾げる一人の男が居た。

「あなたもしかして…吸血鬼?」
「おぉ!正解!よく分かったね。」

 楓の問いに返事をする男は、ヘラヘラと笑いながら手を叩いた。

「俺は吸血鬼のバロン・エドワール。君がレオンと戦った楓ちゃんかな?」
 
 自己紹介をしたバロンは、白を指さしそう問いかけた。

「私とこんな人を一緒にしないでください。」
「ごめんごめん!そっちの子だったんだね。じゃあ、早速…、…俺と闘えやぁぁぁ!」

  一瞬ニッコリと笑ったバロンは、拳を固めて楓に飛びかかる。膝をついていた楓は反応が遅れ、そのまま後ろへと押し倒されてしまった。

「やっべっ…!この体勢スッゲー興奮するんだけど。」

 馬乗りになったバロンは、楓の両腕を押さえつけてニヤリと笑った。そして、その顔を楓の顔へと近づける。

「口と口をくっつける事を、人間はキスって言うんだろ?俺、やったことなくてさ。試しに君でやらせてよ。」
「絶対にイヤ!あなたみたいな人と誰がするもんか!」

 押さえつけられた腕に力を入れ、必死に抵抗する楓。バロンはそんな楓の額に、自分の額を思いっきりぶつけた。

「ぐわぁぁ!」
「ギャーギャーうるせぇんだよ。お前は俺の言う事を聞いてりゃいいの!ったく…!どいつもこいつも女はギャーギャーと…。」

 気だるそうに頭を搔くバロンの背後にそっと忍び寄る白。そして、バロンの後頭部目がけて、思いっきり剣を振り下ろした。

「よっと…、へっへっ!惜しかったな。」

 不意の一撃だったが、バロンは後ろを振り返ることなく避けてしまった。

「くそっ…。」
「はぁ…。後ろから攻撃する悪い子には…お仕置きが必要かなぁ?」

 ヘラヘラと笑って白に近づくバロン。しかし、今度は楓が鞘から抜いた刀をバロンの背後から振り下ろした。

「チッ……!」

 咄嗟に腕でガードしたバロンだが、楓の攻撃はバロンの頑丈な腕を簡単に切り落としてしまった。

「意外と脆い腕なのね。鍛えてありそうだからもう少し硬いと思っていたけど…。」
「悪いな…。残念ながら頑丈さは仲間に居る憎たらしい奴の方が上なんだ。その代わり…。」

 言葉の途中で急に楓の目の前からバロンが姿を消す。

「秋月さん!後ろっ!」

 白の声に反応して振り向く頃には、楓の横腹にバロンの蹴りが入っていた。

「うぐっ…!」
「スピードは吸血鬼の中じゃトップクラス。まぁ、個人的には最速だと思ってるけどね。」

 反動で数メートル吹き飛んだ楓だったが、足を踏ん張って体勢を立て直す。いきなりの事でマナでもガードが出来なかったが、蹴られた箇所はそれほどダメージを受けていなかった。

「やっぱり初めは全然ダメだな…。」

 バロンが自分の足を見下ろして呟く。
 初めは?楓と白の頭に?が浮かぶ。

「初めはってどういう事?」
「あぁ?そのままの意味だよ。俺の蹴りは体が温まれば温まるほど強くなる。今は動き始めだから全然威力が出てねぇの。」

 そう言うとバロンは、切られた腕を肩に当てて目を閉じた。

「う…そ…。完全に切り落としたのに…。」

 切り落としたバロンの腕は、元通りにくっついていたのだ。そしてバロンは、その場で跳ねるようにしながら身構えた。

「俺の体が温まる前に倒さねぇと、大変なことになるぜ?」

 そう言ってバロンは再び楓の視界から消えた。

ガスッ!

「…くっ!」

  後ろからの衝撃で楓は再びバランスを崩す。続いて体勢を崩した楓の腹部に鋭い蹴りが入った。

「がはっ!」

 着々と威力が増す蹴りをガードすら出来ずに全て食らってしまう楓。真横から首元に向かって繰り出される蹴りに反応出来ないでいると…。

「左首元に蹴り!」
「!?」

カンッ!

 突然の白の声に咄嗟に反応した楓。左の首を守るように刀を構えると、その刀にバロンの蹴りが入ったのだ。

「…なっ!?」

 蹴りを受け止められたバロンは次の行動までの反応が遅れた。その隙をついて、楓は自分のマナを炸裂させ、バロンの体を吹き飛ばした。

「…クソっ!」

 吹き飛ぶバロンを追いかけ、次々と攻撃を繰り出す楓。しかし、その攻撃は一度もバロンに当たることは無かった。

「早い…。」

 そう、楓のスピードよりもバロンのスピードの方が明らかに早かったのだ。楓が何度攻撃しても、バロンは全て見切ってかわしてしまう。なのに…。

「はあぁ!」
「がはっ!…ゲホッゲホッ!」

 バロンからの攻撃には、楓は反応すら出来なかった。バロンの体が温まりだした頃には白にも攻撃が見えないのか、攻撃される場所を教える声も出せなくなっていた。

「せぃやっ!…はあぁっ!」
「ごふっ!」
「……がはっ!…はぁはぁ…。」

 何度も何度も蹴り飛ばされ、身体中傷だらけになった楓と白。このままでは二人がかりでもこの男には勝てない。そう確信した楓は、做夜を呼び起こした。

【今更わしを呼ぶのか?もう少し早く呼べば良いものを…。】
(自分の力だけでどこまでやれるか知りたかったの。でも無理…。私一人の力じゃ吸血鬼相手にどうすることも出来なかった…。)
【わしを従えた時点で、わしの力もお主の力じゃ。惜しみなく使って良いのに…。】

 どこか呆れたような口ぶりで言う做夜。しかし、それと同時に做夜は楓に大量のマナを注ぎ込み、楓の体からは大量のマナが溢れ出した。

「な、なんだ!?」

 突然の出来事に、バロンは目を白黒させている。その間にも楓の体から溢れるマナの量は増えていき、楓を包む炎のように体のまわりを取り巻いた。
 地面に向かって刀を軽く振る。すると、刀にまとったマナが、かまいたちのように地面を傷つけた。

「お待たせ…。ここからが本番よ。」

 能力を全開にした楓の本当の戦いが、今始まるのだった。
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