アナザーワールド

白くま

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最終決戦編

第四十三話 【涙の友情】

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 目を覚ましたクローンは、少し首を傾げて辺りを見渡した。

「一条。お前がマスターになってやれ。」
「私ですか!?」

 突然マスターになれと言われて戸惑うユリエルに、クローンはそっと近づいて話しかけた。

「あなたが私のマスターですか?」

 純真無垢といった感じの曇りない視線を向ける自分と全く同じ顔に、ユリエルは少し戸惑いを感じながらも、そっと首を縦に振った。

「マスターと言っても、何をすればいいか分からないけどね。」
「私には名前がありません。マスターには私の名前を決めて頂きたいです。それと、私にはもう一段階調整が必要なのです。」
「名前と調整、ね…。」

 ユリエルは少し考え、何かを考えついたかのように顔を上げた。

「…そう言えば。」
「???」

 ユリエルの独り言に、クローンは首を傾げた。

「ねぇ、瑞姫。一つ聞いていい?」
「何?」
「アンロックがね、クローンに注射器で何か赤い液体を打ち込んだの。そしたら、クローンの性格や言動私と全く同じになったんだ。この子の言っている調整ってその事じゃないかしら?」

 ユリエルの話を聞くと、瑞姫はクローンを見つめながら少し考えた後、そっとクローンに歩み寄った。

「ねぇ。そのクローンってこの子?」
「えぇ、そうよ。」

 ユリエルが答えると、瑞姫はおもむろにクローンの首元へ手を伸ばした。

「っ…!」

 しかし、クローンはそんな瑞姫の手を弾き返すと、敵を見るかのような目で瑞姫を睨みつける。

「大丈夫よ。少し首元を見せて欲しいだけだから。」
「……。」

 瑞姫の言葉にもクローンは反応せずに、ただずっと瑞姫の顔を睨みつけていた。

「大丈夫だから。この人は敵じゃない。」
「分かりました。」
「ほ、本当にあなたの言うことしか聞かないのね…。」

 ユリエルの言うことには瞬時に従うクローンに、瑞姫は苦笑いでそう言うとクローンの髪を持ち上げ、白く細い首を覗き込んだ。

「かなり太い注射針の痕…。きっと大量の遺伝子を打ち込んだのね。」

 ブツブツと独り言のように呟く瑞姫。そして、胸元から自分の携帯用端末を取り出すと、しばらく端末を操作し続けた後、不意に手を止めた。

「あった…。」
「あったって何が?」

 ユリエルが瑞姫の横から端末を覗き込む、しかしその端末上には、幾何学的な模様と、暗号のような文字が並んでいて、ユリエルには何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。

「これ、何て書いてあるの?」
「これはね。クローン作成の手順を書き記したものなの。」

 瑞姫の言葉で、その場に居た全員に衝撃が走る。もちろんクローンという言葉は全員が知っている。しかし、人間界でのクローンを作るという行為は、確実に死刑に処される程の大罪だった。だが、瑞姫はそのクローンの作り方が記されたデータを持っていた。それはすなわち、瑞姫自身もクローンの研究をしていたということだ。

「み、瑞姫…。あなた……。」
「何よ?情報を持つこと自体に何の罪もないわよ?」
「で、でも…。」
「そうね…。ここで、私の調べ上げた内容を使ってこの子に手を加えたことが、クローンの研究になってしまうのなら、私は処刑されるかもね。」

 クスクスと笑いながら、瑞姫はクローンの頭を撫でて言った。

「でもね。この子はこのままでは力の半分も使えない。私達の戦力として数えるなら、この子に別の遺伝子を打ち込んで、この子自身を完全なものに仕上げないといけない。これは、この戦いにおいて重要な事なの。私にしか出来ないこと…、全人類のために私が出来ることをやって世界が救われるのなら、その後私は処刑されたって構わないと思ってるわ。」

 瑞姫はユリエルと視線を合わせにっこりと微笑むと、再び自分の端末を操作し始めた。

「今から、このクローンの性能や特徴を私の知っている範囲で話すわ。」

 いまだに心配そうな顔をしているユリエルを他所に、瑞姫は皆を集めて話し出した。
 瑞姫によれば、このクローンは対戦闘用のクローンで、初期段階では感情というものを一切持っておらず、自身を起動したとされるマスターの言うことのみを順守する。しかし、その段階で出来ることというのは、精々プログラミングされた範囲内だけの行動で、それは戦闘にも大いに関係してくる。プログラミングされた範囲内でしか行動できないのであれば、戦闘中に起こるイレギュラーには対応できず、戦術の幅にも限界があるからだ。しかし、他の遺伝子を打ち込み、その者の性格や思考回路を取り込むことで、能力も本人と同等のものを持ち、チームワークもとれるようになる。さらには自我を持ち、柔軟な思考と行動が行えるようになるとされているようだ。

「私は、このクローンにもう一度柚枝さんの遺伝子を打ち込むことを提案します。」

 一通り話し終わると、瑞姫は皆に向かって強く言い放った。

「私の!?」
「えぇ、そうよ。」
「獅噛。詳しい訳を説明してくれ。」

 瑞姫の説明がいまいち理解できていないユリエルや他のメンバーは、瑞姫に更なる解説を頼んだ。

「さっきも言った通り遺伝子を打ち込まれたクローンは、その遺伝子の持ち主と同等の能力を得るの。この中で戦って一番強いのは、明らかに柚枝さんよね?だから私は柚枝さんの遺伝子を打ち込むべきだと思うの。」

 瑞姫の言っていることがようやく理解できた一同は納得したように首を縦に振った。

「でも、遺伝子ってどうやって…。」
「簡単な事じゃない。柚枝さん、あなたが見た液体って、赤かったでしょ?」
「えぇ…、でもなんで……。」」

 アンロックが打ち込んだ液体は確かに赤かった。しかし、なぜ瑞姫がそれを知っているのか、ユリエルの頭には疑問が浮かぶ。

「簡単な事よ。生き物の体から簡単に取り出せる物で、尚且つ遺伝子の集合体とも言える物…、それは血液よ。」
「……なるほど。」

 瑞姫の言葉に納得したような声で呟くユリエル。だがしかし、ここで更なる疑問が生まれた。

「ねぇ。瑞姫って空の注射器って持ってるの?」
「持ってないわよそんなもの。」

 返ってきた返事に肩を落とすユリエル。瑞姫が持っている注射器には、恐らく毒薬が入っているだろう。解毒剤を使えば使用出来なくはないと思うが、危なすぎてとても使う勇気がでない。しかし、それ以外の方法で自分の血を抜いて、クローンの体に注入する方法をユリエルは考えつかなかった。

「また、サン・アンピールの中で注射器を探し回らないといけないの…?」
「そんなこともないわよ?」
「…へ?」

 うなだれるユリエルの肩をポンッ!っと叩いて、瑞姫はクローンを見た。

「ちょっといい?少し、口を開けてもらいたいのだけど。」
「はい。」

 クローンは言われるままに、瑞姫に向かって口を開けた。

「やっぱり…。」
「な、何がやっぱりなの?」

 状況が飲み込めていないユリエルに、瑞姫はクローンの口の中を指差して言った。

「ここを見て。」
「こ、これは…。」

 瑞姫に言われてユリエルが見たものは、クローンの口の中に生えている尖った歯だった。それは、ユリエルにとって見覚えのある、吸血鬼なら誰もが持っている牙だった。

「吸血鬼が作ったクローンだからね、まさかと思って見てみたんだけど、案の定牙が生えてたわ。」
「なら、これを使って。」
「そう。あなたの血を吸えば、クローンの体の中にあなたの遺伝子を入れることが出来るってこと。時間もないみたいだし、早速始めた方がいいんじゃないかしら?」

 瑞姫がそう告げると、ユリエルはすぐに自分の服のボタンを外し首を露出させた。

「さぁ。私の血を吸って。」

 ユリエルの言葉にクローンはコクリと頷くと、その白い首筋に尖った牙を突き立てた。

「くっ……ぅ………!」

 服の裾を握りしめ、痛みに耐えるユリエル。

「な、なんか…、とてもシュールな光景ね。」

 吸血中の二人を見て瑞姫が呟いた。普通の吸血鬼同士の吸血なら何も思わないのだろうが、今は違う。吸われる側も、吸う側も見た目はユリエルなのだ。同一人物同士が吸血するシーンなんてものは、そうそう見れるもんじゃない。

「ごちそうさま。」

 瑞姫が見入っているといつの間にか二人の吸血は終わっており、クローンはユリエルと同じような話し方でユリエル本人と話していた。

「あとはこの子の名前なのよね…。」

 ユリエルはクローンの顔を見つめた。

「私はあなたの複製なんだから、あなたと同じ名前でいいと思うのだけど。」
「あのねぇ。それじゃあ私と居るときにどっちを呼んだか分からなく……。」

 ユリエルの言葉が途中で止まった。そして、少し考えたあとクスリと笑った。

「私の本当の名前はユリエル。だから、あなたに柚枝の名前をあげるわ。」
「柚…枝。」

 柚枝は、自分の心に刻み込むように何度も小声で復唱した。すると、変化したあと不安定だった柚枝のマナが、一度大きく膨張し、体のまわりに凝縮されると、見違えるほど安定感を増した。

「す、すごい。」

 瑞姫の口から漏れた言葉は、紛れもない彼女の本心だった。柚枝の体を逆巻くように取り巻いたマナは、その風圧だけで足元の草を切り裂いていた。彼女はそれを見逃していなかったのだ。

「私の名前は…柚枝。」

 柚枝が呟いたと同時に、体のまわりを逆巻いていたマナの動きは弱まり、やがて静かに体の中へと流れ込んでいった。

「さてと。柚枝ちゃんも準備できたみたいだし、この後どうするの?」
「まず、このまま私達はアンロックの元へ帰るわ。そこで、あなた達を殺したと嘘をついて油断させる。後はあいつから端末を奪い取れたら合図するから、全員で突入してトドメを刺す。こんな感じでどうかしら?」

 再び皆を集めての作戦会議が始まった。恐らく、向こうに戻ればアンロックの傷は癒えているだろう。フルパワーのアンロック相手に、まともに戦って勝てる見込みは無かった。警務隊やレオン達、ユリエルのクローンである柚枝も増えているが、圧倒的な戦力を持っていた楓が居ない。そんな状態であのアンロックに勝てるのか…。ユリエルの心に不安が募っていく。

「大丈夫よユリエル。私達だって強くなっているんだから。」

 瑞姫の言葉にユリエルは辺りを見渡した。すると、そこには今まで一緒に力を合わせて戦ってきたメンバーや、吸血鬼の中でもトップクラスと言われていたメンバーの自信に溢れた顔が並んでいた。ユリエルは一度大きく息を吐くと、皆に対して深く頭を下げた。

「これ以上あいつの好きにさせてはいけない。アンロックを止めるため、そしてこの世界を救うために、私に力を貸してください!」

 頭を下げたユリエルに、今度は蓮が口を開く。

「それは違うな。お前は俺の部下だ。吸血鬼だろうがなんだろうが、そこだけは変わらねぇ。そして、俺達の仕事は人間界を守ることだ。お前のやることに俺達が協力するんじゃねぇ。元から俺達の仕事なんだよ。」

 ユリエルは、蓮のその強い口調に一瞬、体をビクッ!っと震わせた。そして、強ばった体のまま顔を上げ、蓮のにこやかな表情を見たユリエルは、体の硬直が溶けると同時に目から涙を溢れさせた。

「わ、私…、吸血鬼なのに…。」
「じゃあ、お前は俺達と一緒に居たときに、俺達が人間だからって仲間意識を持とうとしなかったのかよ。」
「そ、そんなこと…!」

 涙ぐみながら反論しようとするユリエルの頭に、蓮はそっと手を置いた。

「それと同じだ。俺達にとって吸血鬼は敵だ。だが、お前の事を敵だと思った事は一度もないし、レオン達も今はもう仲間だと俺は思っている。」

 レオン達に振り返るように言う蓮。その言葉に、レオン達も静かに涙を流していた。

「だから気にすんな。町に居る奴はどう言うか知らねぇが、俺はそう思っているし、恐らくここに居る奴等も全員そう思っている。」

 蓮の言葉に、辺りのメンバー全員が頷いた。

「これからもお前の力が必要になってくるだろう。さっさとこの戦いを終わらせて、俺達の町へ帰るぞ?」

 蓮の優しさのこもった言葉を聞いたユリエルの瞳からは大粒の涙が溢れた。
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