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最終決戦編
第四十六話 【真の決着】
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ユリエルが目を覚ました時、他の者は皆真剣な面持ちで何かを見ていた。
「わ、私…、どれくらい気を失ってたんだろう…。」
未だはっきりとしない意識のなか、ユリエルは重たい体を起こした。
「おぉ、目が覚めたか。」
サクヤの言葉で全員がユリエルに気づき、彩夜が体を支えてくれた。
「今、どういう状況?」
「今はね、アンロックが起動させた装置の停止方法を瑞姫ちゃんに探ってもらっているところなの。」
そう言われて、ユリエルは視線を皆が見つめる先へと移した。
「ここのプログラムはこのままでいいわ…。でも、これは解除しないといけないのよね……。じゃあ、ここをこうして…。」
視線の先では瑞姫がブツブツと独り言を言いながら、何台もの端末を操作していた。その手の動きは何のボタンをどの順番で押したのか全く分からないほど素早く、他の者が手伝えるレベルではなかった。
「ここで凍結したプログラムを、再度解凍して…起動。こっちの回路に繋ぎ合わせて…。」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
突如、辺りにエラー音が鳴り響く。瑞姫は固く握りしめた拳で、端末の置いてある机を殴った。
「何なの!この複雑すぎるセキュリティーは!」
ギリギリと奥歯を噛み締め、画面を睨みつける瑞姫。しかし、冷静さは失っておらず、ふと何かを考えつくと再び端末を操作し始めた。
「た、大変そうね…。」
「えぇ…。あのアンロックって男は、一見バカみたいだけどすごい頭の持ち主よ。私が解除にここまで手こずるセキュリティーを用意しているのだもの。」
意識を端末に向けたまま悔しそうに呟く瑞姫。しかし、その間も手を休めることなく、次々とコードを入力していった。
ユリエルが目覚めてから三十分がたっただろうか。未だに瑞姫はアンロックの仕掛けたセキュリティーと戦っていた。打ち込めばエラー音が鳴り、さらに違うコードを打ち込む。そんなことを何十通りも繰り返し、やっと瑞姫の手が止まった。
「解除…、出来たの?」
手を止めても振り返ろうとしない瑞姫に、ユリエルは恐る恐る訪ねる。すると、瑞姫は端末の画面を見たまま、静かに首を横に振った。
「殆どのセキュリティーは解除したわ。でも、最後の最後で全く違う類いのセキュリティーを用意されててね…。パスワードだと思うんだけど…。」
「ぱすわーど?」
聞きなれない言葉に、ユリエルは端末の画面を覗き込む。すると、そこには一言だけ文字が書かれていた。
「何の言葉か分かればまだ調べることも出来るんだけど、私でも見たことのない文字なのよね…。」
お手上げと言うかのように両手を上げたポーズをとる瑞姫。当然、ユリエルにもその文字が何て書いてあるのかは読めない。しかし、彼女はその文字に見覚えがあった。
「この文字…。」
「何?あなたまさか、この文字知ってるの!?」
ボソッと呟いたユリエルの言葉に瑞姫が反応する。そう、ユリエルは知っていた。画面に映った文字に手を触れ視線を瑞姫へと向ける。
「この文字は…、日本語よ。」
「日本語?」
瑞姫は首を傾げながら、手元の端末を操作する。しかし、この世界で使われている言語に、日本語なんていう言葉は無かった。
「この世界の言葉じゃないの。前に楓から聞いたことがある。ここの言葉は、発音は一緒でも文字は全く違うって。でも、楓は召喚された瞬間からここの言葉は理解できてたから苦労はしなかったって…。」
そう言って、ユリエルはその時に楓と話した内容を必死に思い出す。
「日本語…。聞いたこと無いわね…。」
考え込むユリエルの隣で、瑞姫は諦めて端末を机に置いた。
「あ、あの…。日本語って言いませんでした?」
「えぇ、言ったわ。」
日本語について考えるユリエル達に話しかけたのは白だった。白はその場に座り込み、地面に何やら魔法陣を書き始めた。
「昔、兄が言ってました。不思議な少年に会ったって…。その少年は、この付近にある町の事も、法の事も、今居る国の国王の名前すらも知らなかったそうです。」
白は誰もが見たことの無いような複雑な魔法陣を書きながら話し始めた。
「記憶を無くしていたの?」
「いいえ。自分の名前も、年も、親の名前も理解していました。ただ、アウスブルグや、ブリンゲルの事は何一つ知らなかったんです…。」
白の言葉に、彩夜達が少しざわつく。
「じゃあ、船か何かでアウスブルグに来たとか?」
「当時、私はまだ幼かったので覚えてないですが、港の辺りに魔物が押し寄せて来て危険だからって、一年くらい船の出入りが無かったそうです。」
「あぁ、それなら覚えている。あの時魔物の討伐に出たのは俺と健弥だからな。」
話を聞いていた蓮と健弥が同時に反応した。
「あの時の封鎖は一年どころじゃなかったはずだ。討伐部隊として戦えるだけの者が、当時はものすごく少なかったからな。」
「じゃあ、船で来たんじゃないとしたら…。」
彩夜の言葉に、魔法陣を書き終わった白が顔を上げる。
「そうです。少年は、異世界召喚をされたと言ったんです。」
白の描いた魔法陣が淡い光を放ち、小さな結界を作り出す。その結界の中には、辞書のように分厚い本が一冊入っている。
「この本は、兄からいくつかの制約と一緒に受け取ったものです。」
「制約?」
白はコクリと頷いた。
「制約とは、異世界召喚の事を他の者に他言してはならない。日常でこの本を取り出してはならない。この本の中身を見てはいけない。そして…、異世界の事で何か問題が起きた場合、速やかにこの本を確認する。」
白はそう言いながら結界に触れて念を込め、結界を消滅させると、本を手に取って中身に目を通した。
「これは…、兄が作った日本語の辞書ですね。」
本をペラペラとめくりながら白が呟く。その横から瑞姫とユリエルもその本を覗き込んでいた。
「几帳面に細かくまとめてるわね。」
「そうね。一つ一つが見えやすく……、ま、待って!」
突然大声を出したユリエルに、一瞬体をビクッとさせて白が手を止める。
「な、何よ!急に大声出したらビックリするでしょ!」
「ごめん…、でもここ。この文字、画面に出てた文字と同じじゃない?」
ユリエルの言葉に、白と瑞姫は本と画面を交互に確認する。
「た、確かに…。」
「この本によると、ここに書かれている文は…。」
白は再びペラペラとページを捲り、机の上にある紙に解読した言葉を書いていく。そして、文が完成すると、絶望したような表情を浮かべ動きを止めてしまった。
「そ、そんな…。」
「どうしたの?」
瑞姫とユリエルも紙を覗き込む。そして、同じく二人も動きが止まった。
「おい。何て書いてあったんだ?」
蓮が聞いても動こうとしない三人に、今度はサクヤが近づき、紙を手に取った。
「なるほどな…。アンロックとその少年の共同開発ということか…。」
サクヤはクスリと笑うと、紙を持ったまま蓮達の前に立った。
「ここに書いてあるのは、『人の血を吸いし邪悪なる鬼の亡骸を五つ捧げよ。』。つまり、この装置を止めるためには、この場で吸血鬼が五人死なんとダメみたいじゃ。」
サクヤの言葉に、全員が唖然とした。しかし、その中で、唯一唖然としていなかった者がいた。
「サクヤ様。ボク達なら覚悟は出来ています。あと二人をどこかから探して…。」
「無理よ。」
レオンの言葉をユリエルが途中で遮る。
「アンロックが言っていたわ。もう生き残っている吸血鬼は自分だけだって。つまり、今生きている吸血鬼はここに居る五人だけなの。」
ユリエルはそう言うと、黙って話を聞いていた柚枝へと視線を向けた。
「柚枝。あなたに、マスターとしての最後の命令をしてもいいかしら?」
「な、なんですか?」
突然の言葉に、柚枝は少し慌てたように返事をした。
「あなたはこれから私として蓮さんと一緒に人間界に行って、私として警務隊の仕事を全うして…。」
「でも…。」
「でもじゃないの。これは命令よ。私はもう、人間界には帰れない…。ここで、吸血鬼としての責任を果たさないといけないの。」
ユリエルが肩にそっと手を置くと、柚枝は目尻に涙を浮かべてただ一度頷いた。
「やれやれ…、お主らがやる気じゃというのに、尻込みしとる場合ではないのう。」
サクヤはばつが悪そうに頭を掻くと、蓮の目を見ていった。
「お主が蓮じゃな?」
「あぁ、そうだ。」
「自己紹介が遅れてしまって申し訳ない。わしは楓が使っておった刀の主であるサクヤと言うもんじゃ。今は訳あって楓の体に乗り移っておる。」
そう言うとサクヤは蓮に深々と頭を下げ、言葉を続けた。
「楓からは色々と話を聞いておる。蓮、彩夜、健太、和海、楓を今までありがとう。本人に成り代わって、深く感謝する。」
「そ、そんなこと…。」
自分達に頭を下げるサクヤだが、蓮達には見た目も影響してか、楓本人に見えて仕方がなかった。
「私の方こそ、楓ちゃんには色々とお世話になって…。」
そう言って、彩夜は言葉の途中で口を押さえて泣き出した。
「そういえば楓さんと初めて会って、全力で戦って負けたんですよね…。」
和海も、どこか暗い表情で胸元を手で押さえた。
「あの時の古風な話し方はサクヤさんだったんですね。」
「あぁ、すまなかった。あの時は、わしも楓を育てるのに必死でな。フェアな戦いをするべきだったのじゃが…。」
サクヤの言葉に、和海は首を横に振った。
「いいえ。多分、能力では完全に負けていたと思うので、経験さえ楓さんにあればフェアな戦いをしていても私が負けていましたよ。」
そう言って、和海は全力の笑顔をサクヤに向ける。しかし、今にも泣き出しそうな彼女の顔は、サクヤの胸を強く締めつけた。
「こんなに仲間に思われて、本当に楓は幸せ者じゃのぅ…。」
目尻の涙を拭いながらサクヤは数歩下がると、ユリエルの背中を押した。
「お主も、言っておくことがあるじゃろ?」
「はい…。」
既に泣き出しそうな顔で返事をすると、ユリエルは警務隊のメンバー全員に対して頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました。人間の一員として、ブリンゲルで生活していたときが一番楽しくて幸せな時間でした。でも、私が皆さんを騙していたことも事実です。本当にすみませんでした!」
頭を下げたまま動かないユリエルに、そっと歩み寄ったのは彩夜だった。
「顔をあげて…、柚枝ちゃん。」
………パシンッ!
彩夜の言葉にそっと上げたユリエルの顔を、彩夜は全力で叩いた。
「今のは、騙してたことに対してじゃないよ?柚枝ちゃん、なんで楓ちゃんを殺したの?なんで…、なんでよぉ……。」
彩夜はそのままユリエルに抱きつくと、胸に顔を埋めて泣いた。
「内宮さん。柚枝さんは…。」
慰めようと彩夜に話しかける和海を止めて、ユリエルは彩夜を抱き締めた。
「ごめん…。本当にごめん。でも、二人で考えたけど、この方法しかなくて…。」
「分かってる…。仕方ないことだって分かってるんだけど、でも……。」
そう言って、また涙ぐむ彩夜を、もう一度強く抱き締めるユリエル。
「楓だけじゃなくて、柚枝まで居なくなるなんて…。」
「彩夜…。」
ユリエルは震える彩夜の背中を擦って宥める。
「今でも、私は自分の事が許せない。刀を刺したこの腕が、指令を出したこの脳が、楓を失っても正気を保っているこの心が…、自分の全てが許せない。」
彩夜の体を起こし、その後ろに立っている和海へと預けると、ユリエルは目尻から一筋の涙を流した。
「これからは、そこに居る柚枝が私…。吸血鬼ユリエルはもうここには居なくなる。」
ユリエルは身を翻すとサクヤの近くまで行き、瑞姫に合図を送った。
「待って!まだ私は…。」
和海の手を振りほどき、ユリエルに駆け寄って必死に腕を掴む彩夜。
「嫌よ!柚枝と……、ううん、ユリエルともう会えないなんて……!」
「っ……!」
ユリエルの瞳から、我慢していた分の涙が溢れだす。
「吸血鬼だっていい!元々、敵同士だったなんて関係ない!あなたは…、ユリエルは、私の…ぐふっ!」
「………ごめんね。」
ユリエルの放った拳が腹を直撃し、彩夜はそのままユリエルにもたれ掛かるように気を失った。
「蒼井さん。この子をお願い。」
「はい…。でも、こんな最後でよかったんですか?」
ユリエルから彩夜の体を受け取った和海が、振り向き様に聞く。しかし、ユリエルは彼女と目を合わせようとはしなかった。
「彩夜が言おうとしたこと…。私、分かっちゃった。その子の言葉で、親友だなんて言われたら、せっかく出来た覚悟が全て無駄になっちゃう気がして…。」
言い終わるとユリエルは再び瑞姫に合図を送った。瑞姫はその合図にただ黙って頷くと、端末を操作し機械を動かす。すると、機械の前方に取り付けられたハッチがまるでユリエル達を招き入れるかのように開いた。
「行きましょ。」
ユリエルは後ろを振り返ることなく、機械の中へと歩を進めた。
「一条!ありがとな。俺達の命を救ってくれるのはお前達だ。俺は…、いや。俺達は、お前達への感謝を一生忘れない!」
ハッチが閉まる瞬間、蓮の声に振り返ったユリエルは、涙でグシャグシャになった顔で精一杯の笑顔を作り、ただ一言。
「ありがとう…。」
とだけ呟いた。
そりからしばらく、蓮達はピクリとも動くことなく、その場でただ立ち尽くしていた。不意に、黒い光を放っていた球体から光が消え、機械のハッチが再び開いた。
「ゆ、柚枝……!」
目を覚ましていた彩夜が、慌ててハッチの中へと駆け込む。しかし、そこにはユリエルはおろか他の吸血鬼の姿もなく、ただ残されていたのは、さっきまで彼女達が身に付けていた衣類だけだった…。
「わ、私…、どれくらい気を失ってたんだろう…。」
未だはっきりとしない意識のなか、ユリエルは重たい体を起こした。
「おぉ、目が覚めたか。」
サクヤの言葉で全員がユリエルに気づき、彩夜が体を支えてくれた。
「今、どういう状況?」
「今はね、アンロックが起動させた装置の停止方法を瑞姫ちゃんに探ってもらっているところなの。」
そう言われて、ユリエルは視線を皆が見つめる先へと移した。
「ここのプログラムはこのままでいいわ…。でも、これは解除しないといけないのよね……。じゃあ、ここをこうして…。」
視線の先では瑞姫がブツブツと独り言を言いながら、何台もの端末を操作していた。その手の動きは何のボタンをどの順番で押したのか全く分からないほど素早く、他の者が手伝えるレベルではなかった。
「ここで凍結したプログラムを、再度解凍して…起動。こっちの回路に繋ぎ合わせて…。」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
突如、辺りにエラー音が鳴り響く。瑞姫は固く握りしめた拳で、端末の置いてある机を殴った。
「何なの!この複雑すぎるセキュリティーは!」
ギリギリと奥歯を噛み締め、画面を睨みつける瑞姫。しかし、冷静さは失っておらず、ふと何かを考えつくと再び端末を操作し始めた。
「た、大変そうね…。」
「えぇ…。あのアンロックって男は、一見バカみたいだけどすごい頭の持ち主よ。私が解除にここまで手こずるセキュリティーを用意しているのだもの。」
意識を端末に向けたまま悔しそうに呟く瑞姫。しかし、その間も手を休めることなく、次々とコードを入力していった。
ユリエルが目覚めてから三十分がたっただろうか。未だに瑞姫はアンロックの仕掛けたセキュリティーと戦っていた。打ち込めばエラー音が鳴り、さらに違うコードを打ち込む。そんなことを何十通りも繰り返し、やっと瑞姫の手が止まった。
「解除…、出来たの?」
手を止めても振り返ろうとしない瑞姫に、ユリエルは恐る恐る訪ねる。すると、瑞姫は端末の画面を見たまま、静かに首を横に振った。
「殆どのセキュリティーは解除したわ。でも、最後の最後で全く違う類いのセキュリティーを用意されててね…。パスワードだと思うんだけど…。」
「ぱすわーど?」
聞きなれない言葉に、ユリエルは端末の画面を覗き込む。すると、そこには一言だけ文字が書かれていた。
「何の言葉か分かればまだ調べることも出来るんだけど、私でも見たことのない文字なのよね…。」
お手上げと言うかのように両手を上げたポーズをとる瑞姫。当然、ユリエルにもその文字が何て書いてあるのかは読めない。しかし、彼女はその文字に見覚えがあった。
「この文字…。」
「何?あなたまさか、この文字知ってるの!?」
ボソッと呟いたユリエルの言葉に瑞姫が反応する。そう、ユリエルは知っていた。画面に映った文字に手を触れ視線を瑞姫へと向ける。
「この文字は…、日本語よ。」
「日本語?」
瑞姫は首を傾げながら、手元の端末を操作する。しかし、この世界で使われている言語に、日本語なんていう言葉は無かった。
「この世界の言葉じゃないの。前に楓から聞いたことがある。ここの言葉は、発音は一緒でも文字は全く違うって。でも、楓は召喚された瞬間からここの言葉は理解できてたから苦労はしなかったって…。」
そう言って、ユリエルはその時に楓と話した内容を必死に思い出す。
「日本語…。聞いたこと無いわね…。」
考え込むユリエルの隣で、瑞姫は諦めて端末を机に置いた。
「あ、あの…。日本語って言いませんでした?」
「えぇ、言ったわ。」
日本語について考えるユリエル達に話しかけたのは白だった。白はその場に座り込み、地面に何やら魔法陣を書き始めた。
「昔、兄が言ってました。不思議な少年に会ったって…。その少年は、この付近にある町の事も、法の事も、今居る国の国王の名前すらも知らなかったそうです。」
白は誰もが見たことの無いような複雑な魔法陣を書きながら話し始めた。
「記憶を無くしていたの?」
「いいえ。自分の名前も、年も、親の名前も理解していました。ただ、アウスブルグや、ブリンゲルの事は何一つ知らなかったんです…。」
白の言葉に、彩夜達が少しざわつく。
「じゃあ、船か何かでアウスブルグに来たとか?」
「当時、私はまだ幼かったので覚えてないですが、港の辺りに魔物が押し寄せて来て危険だからって、一年くらい船の出入りが無かったそうです。」
「あぁ、それなら覚えている。あの時魔物の討伐に出たのは俺と健弥だからな。」
話を聞いていた蓮と健弥が同時に反応した。
「あの時の封鎖は一年どころじゃなかったはずだ。討伐部隊として戦えるだけの者が、当時はものすごく少なかったからな。」
「じゃあ、船で来たんじゃないとしたら…。」
彩夜の言葉に、魔法陣を書き終わった白が顔を上げる。
「そうです。少年は、異世界召喚をされたと言ったんです。」
白の描いた魔法陣が淡い光を放ち、小さな結界を作り出す。その結界の中には、辞書のように分厚い本が一冊入っている。
「この本は、兄からいくつかの制約と一緒に受け取ったものです。」
「制約?」
白はコクリと頷いた。
「制約とは、異世界召喚の事を他の者に他言してはならない。日常でこの本を取り出してはならない。この本の中身を見てはいけない。そして…、異世界の事で何か問題が起きた場合、速やかにこの本を確認する。」
白はそう言いながら結界に触れて念を込め、結界を消滅させると、本を手に取って中身に目を通した。
「これは…、兄が作った日本語の辞書ですね。」
本をペラペラとめくりながら白が呟く。その横から瑞姫とユリエルもその本を覗き込んでいた。
「几帳面に細かくまとめてるわね。」
「そうね。一つ一つが見えやすく……、ま、待って!」
突然大声を出したユリエルに、一瞬体をビクッとさせて白が手を止める。
「な、何よ!急に大声出したらビックリするでしょ!」
「ごめん…、でもここ。この文字、画面に出てた文字と同じじゃない?」
ユリエルの言葉に、白と瑞姫は本と画面を交互に確認する。
「た、確かに…。」
「この本によると、ここに書かれている文は…。」
白は再びペラペラとページを捲り、机の上にある紙に解読した言葉を書いていく。そして、文が完成すると、絶望したような表情を浮かべ動きを止めてしまった。
「そ、そんな…。」
「どうしたの?」
瑞姫とユリエルも紙を覗き込む。そして、同じく二人も動きが止まった。
「おい。何て書いてあったんだ?」
蓮が聞いても動こうとしない三人に、今度はサクヤが近づき、紙を手に取った。
「なるほどな…。アンロックとその少年の共同開発ということか…。」
サクヤはクスリと笑うと、紙を持ったまま蓮達の前に立った。
「ここに書いてあるのは、『人の血を吸いし邪悪なる鬼の亡骸を五つ捧げよ。』。つまり、この装置を止めるためには、この場で吸血鬼が五人死なんとダメみたいじゃ。」
サクヤの言葉に、全員が唖然とした。しかし、その中で、唯一唖然としていなかった者がいた。
「サクヤ様。ボク達なら覚悟は出来ています。あと二人をどこかから探して…。」
「無理よ。」
レオンの言葉をユリエルが途中で遮る。
「アンロックが言っていたわ。もう生き残っている吸血鬼は自分だけだって。つまり、今生きている吸血鬼はここに居る五人だけなの。」
ユリエルはそう言うと、黙って話を聞いていた柚枝へと視線を向けた。
「柚枝。あなたに、マスターとしての最後の命令をしてもいいかしら?」
「な、なんですか?」
突然の言葉に、柚枝は少し慌てたように返事をした。
「あなたはこれから私として蓮さんと一緒に人間界に行って、私として警務隊の仕事を全うして…。」
「でも…。」
「でもじゃないの。これは命令よ。私はもう、人間界には帰れない…。ここで、吸血鬼としての責任を果たさないといけないの。」
ユリエルが肩にそっと手を置くと、柚枝は目尻に涙を浮かべてただ一度頷いた。
「やれやれ…、お主らがやる気じゃというのに、尻込みしとる場合ではないのう。」
サクヤはばつが悪そうに頭を掻くと、蓮の目を見ていった。
「お主が蓮じゃな?」
「あぁ、そうだ。」
「自己紹介が遅れてしまって申し訳ない。わしは楓が使っておった刀の主であるサクヤと言うもんじゃ。今は訳あって楓の体に乗り移っておる。」
そう言うとサクヤは蓮に深々と頭を下げ、言葉を続けた。
「楓からは色々と話を聞いておる。蓮、彩夜、健太、和海、楓を今までありがとう。本人に成り代わって、深く感謝する。」
「そ、そんなこと…。」
自分達に頭を下げるサクヤだが、蓮達には見た目も影響してか、楓本人に見えて仕方がなかった。
「私の方こそ、楓ちゃんには色々とお世話になって…。」
そう言って、彩夜は言葉の途中で口を押さえて泣き出した。
「そういえば楓さんと初めて会って、全力で戦って負けたんですよね…。」
和海も、どこか暗い表情で胸元を手で押さえた。
「あの時の古風な話し方はサクヤさんだったんですね。」
「あぁ、すまなかった。あの時は、わしも楓を育てるのに必死でな。フェアな戦いをするべきだったのじゃが…。」
サクヤの言葉に、和海は首を横に振った。
「いいえ。多分、能力では完全に負けていたと思うので、経験さえ楓さんにあればフェアな戦いをしていても私が負けていましたよ。」
そう言って、和海は全力の笑顔をサクヤに向ける。しかし、今にも泣き出しそうな彼女の顔は、サクヤの胸を強く締めつけた。
「こんなに仲間に思われて、本当に楓は幸せ者じゃのぅ…。」
目尻の涙を拭いながらサクヤは数歩下がると、ユリエルの背中を押した。
「お主も、言っておくことがあるじゃろ?」
「はい…。」
既に泣き出しそうな顔で返事をすると、ユリエルは警務隊のメンバー全員に対して頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました。人間の一員として、ブリンゲルで生活していたときが一番楽しくて幸せな時間でした。でも、私が皆さんを騙していたことも事実です。本当にすみませんでした!」
頭を下げたまま動かないユリエルに、そっと歩み寄ったのは彩夜だった。
「顔をあげて…、柚枝ちゃん。」
………パシンッ!
彩夜の言葉にそっと上げたユリエルの顔を、彩夜は全力で叩いた。
「今のは、騙してたことに対してじゃないよ?柚枝ちゃん、なんで楓ちゃんを殺したの?なんで…、なんでよぉ……。」
彩夜はそのままユリエルに抱きつくと、胸に顔を埋めて泣いた。
「内宮さん。柚枝さんは…。」
慰めようと彩夜に話しかける和海を止めて、ユリエルは彩夜を抱き締めた。
「ごめん…。本当にごめん。でも、二人で考えたけど、この方法しかなくて…。」
「分かってる…。仕方ないことだって分かってるんだけど、でも……。」
そう言って、また涙ぐむ彩夜を、もう一度強く抱き締めるユリエル。
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「今でも、私は自分の事が許せない。刀を刺したこの腕が、指令を出したこの脳が、楓を失っても正気を保っているこの心が…、自分の全てが許せない。」
彩夜の体を起こし、その後ろに立っている和海へと預けると、ユリエルは目尻から一筋の涙を流した。
「これからは、そこに居る柚枝が私…。吸血鬼ユリエルはもうここには居なくなる。」
ユリエルは身を翻すとサクヤの近くまで行き、瑞姫に合図を送った。
「待って!まだ私は…。」
和海の手を振りほどき、ユリエルに駆け寄って必死に腕を掴む彩夜。
「嫌よ!柚枝と……、ううん、ユリエルともう会えないなんて……!」
「っ……!」
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「吸血鬼だっていい!元々、敵同士だったなんて関係ない!あなたは…、ユリエルは、私の…ぐふっ!」
「………ごめんね。」
ユリエルの放った拳が腹を直撃し、彩夜はそのままユリエルにもたれ掛かるように気を失った。
「蒼井さん。この子をお願い。」
「はい…。でも、こんな最後でよかったんですか?」
ユリエルから彩夜の体を受け取った和海が、振り向き様に聞く。しかし、ユリエルは彼女と目を合わせようとはしなかった。
「彩夜が言おうとしたこと…。私、分かっちゃった。その子の言葉で、親友だなんて言われたら、せっかく出来た覚悟が全て無駄になっちゃう気がして…。」
言い終わるとユリエルは再び瑞姫に合図を送った。瑞姫はその合図にただ黙って頷くと、端末を操作し機械を動かす。すると、機械の前方に取り付けられたハッチがまるでユリエル達を招き入れるかのように開いた。
「行きましょ。」
ユリエルは後ろを振り返ることなく、機械の中へと歩を進めた。
「一条!ありがとな。俺達の命を救ってくれるのはお前達だ。俺は…、いや。俺達は、お前達への感謝を一生忘れない!」
ハッチが閉まる瞬間、蓮の声に振り返ったユリエルは、涙でグシャグシャになった顔で精一杯の笑顔を作り、ただ一言。
「ありがとう…。」
とだけ呟いた。
そりからしばらく、蓮達はピクリとも動くことなく、その場でただ立ち尽くしていた。不意に、黒い光を放っていた球体から光が消え、機械のハッチが再び開いた。
「ゆ、柚枝……!」
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
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王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
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