アナザーワールド

白くま

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最終決戦編

第四十七話 【英雄】

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 目を開けると、そこは上下も左右も分からない暗闇の中だった。

「ここは…どこ?」

 独り言のように呟くが、誰からの返事もない。無音、無臭、一切の光もないただただ無の世界。そこで、楓はようやく、自分が死んだことを思い出した。

「そっか…。ここは死後の世界なんだ…。こんなのがあの世だっていうんだったら、天国も地獄もあったもんじゃないわね。」

 ぼやくように呟いていると、突然、何者かに肩を叩かれた。

「!?」

 誰も居なかったはずの空間での急な体の接触に驚いた楓は、咄嗟に後ろを振り返った。

「だ、誰?」

 楓の体に触れた者は、まだ目で見えるほど実体化していなかった。しかし、次第に足元から実体化されていくその体を見て、楓の瞳からはなぜか急に涙が溢れだした。

「この感覚…、まさか。」

 楓は、目の前で実体化する者のマナを感じとり、咄嗟に一人の少女と重ね合わせた。細く長い足、きれいにくびれた腰、ふくよかで形の整った美しい胸、そして、楓がこの数年間、毎日のように見てきた美しい顔。

「ゆ…柚枝…。」

 そう、暗闇に姿を現したのはユリエルだった。

「どうして!?なんでここに柚枝が居るの!?」
「ごめんね、楓。私、死んじゃった…。」

 ユリエルは、楓が死んだその後の事を細かく説明した。アンロックを倒したこと、装置のパスワードとして日本語が使われていたこと、そして、サクヤも一緒に死んだこと。楓は話を聞くと少し顔を曇らせたが、またすぐにいつもの明るい顔へと戻っていた。

「そっか…。サクヤも自分の目的は果たせたんだね。」
「えぇ。」

 楓はどこかホッとしたような表情を浮かべ、ユリエルに向かって微笑んだ。

「あ、そうだ!ねぇ?柚枝に刺されたところ見てよ!跡がくっきり残ってるのよ?」
「ご、ごめん……。」

 楓の言葉に、ユリエルは申し訳なさそうに肩をすくめた。しかし、そんなユリエルを見て、楓はクスクスと笑う。

「いいのいいの!もとはと言えば私が言い出したことだし。」

 楓は悪戯な笑みを浮かべて、ユリエルの肩を叩いた。そこでユリエルは、楓に抱いていた疑問を、思いきってぶつけた。

「楓が居た世界ってさ…。どんな所だったの?」

 ユリエルの質問に、楓はまるで昔話でもするかのように話した。学校の事、政治の事、魔法なんて元居た世界ではあり得ないという事。楓は、思い出せる範囲で、自分の育った世界をユリエルに話した。

「ねぇ、楓。もし、私が楓の世界に召喚されていたら、全く違う未来が待ってたんだよね?」
「だと思う。」

 ユリエルの言う通り、楓が元居た世界にユリエルが召喚されていたら、こんなところで死ぬなんて事もなかったはずだ。

「今度はいつか、楓の居た世界に行きたいな。」
「あははっ!それは、神様次第かな。」

 冗談混じりに言うユリエルに、笑って返す楓。そこで、ふとユリエルの足が消えていることに気づく。

「柚枝…、足が………。」

 そう言って下を向いた時、楓は自分の足も消えていることに気づいた。自分の右足で左足を蹴ろうとするが、足に何かが当たる感触はなかった。

「こ、これって…。」

 自分が消えてしまうような恐怖感と、目の前で親友が消えていく孤独感が、同時に楓を襲う。

「多分、私達があるべき姿に戻るだけだよ。大丈夫。形は違えど、きっとまたどこかで会えるよ。」

 目の前で完全に消滅していくユリエル。そんな悲しみを感じる暇もなく、楓の体も暗い闇の中に消えていった。


 
 吸血鬼騒ぎが収まりブリンゲルに帰った蓮達は、正隆に吸血鬼達の事や楓達の事を話した。

「そうか…。そんな事があったんだな…。」

 局長室で椅子に座っている正隆は、顎の髭を触りながら呟いた。

「そこで正隆に頼みがあるんだ。」
「なんだ?」

 蓮は真剣な表情で正隆に向き直った。

「俺の班は、もうしばらくの間四人にしておいてくれ。まだ、秋月の場所を残しておきたい。」
「だが、戦力的に大丈夫なのか?」

 部隊の戦力を考えると五人が妥当だ。正隆は、蓮の頼みに応える踏ん切りがつかなかった。

「もちろん、このままずっとって訳じゃねぇ。ある程度落ち着くまでの期間、今までのメンバーのままで居たいんだ。」

 深く頭を下げる蓮に、正隆は大きくため息をついた。

「分かった、その頼みには応えよう。ただし、戦力に不安を抱いたらすぐにメンバーを補充するからな?」
「ありがとう。」

 頭を上げて微笑む蓮に、微笑み返す正隆。

ドンドンドンッ!

 突然、静かな部屋に勢いよくドアを叩く音が響いた。

「入れ。」

 正隆の声に扉が開くと、そこには彩夜と柚枝が息を切らせて立っていた。

「どうした?そんなに慌てて。」
「蓮さん!大変なんです!瑞姫さんが!」

 話を聞いて蓮は目を見開いた。どうやら遠征局が戦いに出ている間に瑞姫の研究室に調査隊が侵入し、瑞姫がクローンについて研究していたとされる資料の一部が見つかっていたようで、帰還早々、瑞姫の身柄が拘束されてしまったようだ。

「蓮さん…。どうしよう…………。」

 困り果てた顔の彩夜を柚枝に任せ、蓮は部屋を飛び出した。
 蓮が向かったのは、警務隊の本部北にある小さな建物だ。ここは、いわば警務隊専属の裁判所のようなもので、隊員の問題行動や、違反行為などに対してその隊員本人から話を聞き、罰をどのようなものにするかを決める場所だ。蓮が扉を開け中に入ると、ちょうど判決が言い渡されるところだった。

「判決!警務隊研究局局長、および遠征局第二部隊隊員・獅噛瑞姫。禁止事項、《クローンの複製技術に関する研究》に着手したしたとして、以下の者を死刑に………。」
「お待ちください!!!!」

 建物内に、突如蓮の声が響き渡る。

「何事だ!審議の最中だぞ!」
「遠征局第一部隊隊長の斎藤蓮です。罰なら後程甘んじて受けます。それよりも、この者の研究成果について、私からお話しさせてください。」

 一瞬で、建物の入り口から瑞姫の隣まで移動した蓮が、一段高い場所で椅子に座る十人の判決者に深々と頭を下げる。

「認めん!審議の邪魔だ!とっとと出て行け!」

 判決者の一人である白髭を生やした老人が怒鳴る。しかし、その隣に座っていた黒い長髪の女性はその老人の肩にそっと手を置き、にっこりと笑って言った。

「まぁまぁ、とりあえず聞いてみましょう。どんな話なのか気になるわ。」

 女の言葉に渋々黙る老人。蓮は女性に頭を下げ、吸血鬼界で瑞姫の研究がどれだけ役に立ったのかを説明した。最初は、訝しげな表情を浮かべていた判決者だったが、蓮の話が進むにつれてだんだんその表情がに柔らかさが増していった。
 その後、全てを話し終えた蓮が瑞姫を連れて建物から出ると、建物の前で彩夜と柚枝が待っていた。

「蓮さん…、どうでした?」
「問題ない。獅噛は罰を受けない。」

 蓮の言葉に、彩夜達はホッと胸を撫で下ろした。

「あの…。ありがとうございます。」
「これくらい当たり前の事だ。これで表向きはこの世界を救った英雄だな。」

 蓮が微笑みかけると、瑞姫は一瞬照れるような素振りをして赤く染まった夕焼けを見上げた。

「表向きは私かもしれませんが、私達の中では違います。あの五人……、いや、六人が居なかったら、この世界は今ごろ……。」

 遠くを見つめて呟く瑞姫の声は、夕暮れの時間を告げる鐘の音にかき消されるのだった。
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