MIBUROU ~幕末半妖伝~

きだつよし

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第二章 思い出の鈴  其の一

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 月の明るい晩は気をつけろ……
 人のふりした狼が獲物を求めて街に出る……

 京の町にそんな噂が流れ始めたのは、最近のことである。
 噂は、秘密の会合に向かう倒幕派の侍が後をつけられたという話や、盗みを働こうとした盗人が突然襲われ命からがら逃げたという話もあれば、木の上にジッと立ってこちらを見ていたとか、屋根づたいに走っているのを見たという目撃談、果ては、人を喰って川に捨てるのを見たとか、狼の姿から人に変わるのを見た……など様々で、どれも真偽はわからない。
 だが、それを見たという者は、口を揃えて「奴は狼の顔をした侍だった」と話し、中には、「新選組の羽織を羽織っていた」と語る者もいた。
 その噂が元になったのか、得体の知れない狼顔の侍は、《壬生浪(みぶろ)》という新選組のあだ名に由来して、いつしか《壬生狼(みぶろう)》と呼ばれるようになり、その名はまたたく間に京の町に広まっていった。
 噂とはいえ、新選組に関わりがあるかも知れないとなれば、京都守護職としては見過ごすわけにはいかない。新選組を差配する亀井は、近藤と土方を呼び出し、真相を確かめた。
 二人は、噂の主のことなど毛頭知らないと答え、「自分達も噂にはほとほと困っております」「噂の出どころを突き止め一掃する所存です」などと話した。
 もちろん、近藤や土方が噂の主である狼顔を知らないというのは嘘である。
 狼顔……いや、今や《壬生狼》と呼ばれる異形の侍に密かに指示を出し、噂が広まるようあちこち出没させているのは、紛れもなく彼らなのだから。
 彼らの狙いは一つ、先日遭遇した異形の敵……嚥獣(のけもの)を誘き出すこと。二人は、人のよい亀井に余計な気苦労をかけて申しわけないと思いつつ、自分達が呼ばれるほどに壬生狼の噂が広まっていることを知り、作戦の手応えを感じていた。
 だが、噂が広まっても敵が動き出す気配は未だない。先日の戦い以来、嚥獣が現れたという知らせは入っていない。敵を誘き出すつもりがかえって警戒させてしまったのか……一抹の不安を覚えながら、近藤と土方は見えない敵が動き出すのを我慢強く待った……。

          ◯

 その夜、京の都には少し冷たい風が吹いていた。
 秋も過ぎ、そろそろ冬に入ろうかという頃である。夜になるとすっかり肌寒くなり、歓楽街の他は人気も少なく、町は静かな闇に覆われていた。
 そんな暗く静かな通りを旅装束に身を包んだ武家の親子が歩いている。
「すまんな、ひなた。こんな遅くまで歩かせて。無理せず、途中宿をとって休めばよかった」
「いえ、少しでも早く着きたいと言ったのは私です。私こそ、父上に御無理をさせてすみません」
 自身も疲れているに違いなかったが、ひなたはそんなことをおくびにも出さず、長旅で疲れているであろう父・佐武要蔵を気遣った。
 要蔵は、前を見据えて気丈に歩くひなたの横顔を見つめ、我が子ながら健気なよい娘に育ったものだと目を細めた。
 娘のひなたは、今年で十八歳になる。「ひなた」という名前は、日差しがもたらす温もりのように、暖かい人間に育って欲しいという思いを込めてつけた名である。ひなたは、その名のごとく、暖かい心を持った娘に育ち、その明るい笑顔に誰もが心を和ませた。
 無骨で不器用な自分だけではこんな風に育たなかっただろう。ひなたの人柄と清らかな顔立ちは、優しく美しかった妻のおかげに他ならないと、要蔵は、二年前に病で他界した亡き伴侶に思いを馳せた。
 佐武要蔵は会津藩士である。剣術に長けた要蔵は佐武道場の道場主で、藩命を受け、若い武士達の剣術指南を務めている。生まれてこの方、会津の地を離れたことはなかったが、こうして遠路はるばる京都までやって来たのにはわけがあった。
 用向きは内密であり、本来は自分一人で来るつもりであったが、ひなたがどうしても同行したいと譲らず、親子二人の旅となった。
 会津から京都までは、距離にして百六十理(約六百三十キロ)、二十日と少しをかけた長い道のりである。途中、馬や籠を使うこともあったとはいえ、ひなたのような若い女の足では、この旅路はかなりきつかったに違いない。
 それでもひなたが弱音一つ吐かなかったのは、ひとえに彼女の健気さ……そして、深い愛がなせる業であると要蔵にはわかっていた。
 内密の用向きは、ひなたの将来にも大きく関わる。ひなたとしては、その用向きがもたらす動向を一刻も早く知りたいのだろう……要蔵は、長旅の疲れを見せず、しっかりした足取りで歩き続けるひなたの背中を見ながら、彼女の心に暗い影を落とす不安が現実のものにならないことを強く祈った。



 風が更に冷たくなってきたのを感じ、要蔵は自分を奮い立たせるように言った。
「あと四半時ほど歩けば屋敷につく。もう少し頑張ろう」
「はい」
 ひなたは明るく答え、小さな堀にかかった橋を渡ろうと力強く足を踏み出した。
 その時、橋の向こうに立つ木の脇に誰かが立っているのが見えた。浪人傘を被って顔は見えないが、刀を腰に差しているところを見ると侍であろう。
 二人はふいに現れた人影に少し驚いたが、自分達には関わりがないと思い、橋を渡ってそのまま通りすぎようとした。だが、侍はスッと前に出て、二人の行く手を遮るように立ちはだかった。ひなたと要蔵はビクッとして歩みを止めた。
「我らに何か御用か……?」
 要蔵は、ひなたを守るように進み出て、侍に尋ねた。 
 侍は答えるかわりに剣を抜き、要蔵の首に剣をつけた。
「父上!」
「動くな、ひなた!」
 二人に緊張が走った。
 侍は静かに要蔵のうしろに回り込んだ。そして、背中に沿ってスーッと剣を滑らせると、切っ先で腰を小さく突き、歩けと促した。
 要蔵はしばらく動かなかったが、やがて侍に従い、堀に沿って歩き出した。
 侍は、怯えて立ちすくんでいるひなたに、お前も歩けと、あごをしゃくって促した。ひなたは黙って従った。
 この侍は何者なのか? どこに連れて行かれるのか? もしかすると、この侍は自分達の目的を知っているのか? だとすれば、目的を果たすために、何としてもこの侍から逃げなければならない……要蔵は決意を固め、並んで歩くひなたに目配せした。
 ひなたは父の意図を瞬時に悟ったが、それはできないと目で訴えた。
 だが、要蔵の決意は固かった。
「逃げろ!」
 要蔵は、ひなたに向かって叫ぶやいなや剣を抜き放ち、振り向きざまに背中につけられた剣を弾き飛ばした。
 歳をとったとはいえ、要蔵の腕に衰えはない。一連の動きはまるで電光石火、そのまま猛然と侍に斬りこみ、鍔迫り合いにもつれこんだ。
「何をしている、ひなた! お前だけでも行け!」
「でも!」
 目的を果たすためにはどちらかが生き延びねばならない……それは、ひなたも重々承知している。だが、思いやりの深いひなたに父を放っていくことなどできるわけがない。父が侍にギリギリ押し込まれるのを見たひなたは思わず飛び出し、無我夢中で侍に食らいついた。
 侍は要蔵を弾き飛ばし、まとわりつくひなたを乱暴に振りほどいた。その勢いで、侍の浪人傘がはずれ、ボチャンと堀に落ちた。
「きゃあああ!」
 浪人傘のはずれた侍の顔を見て、ひなたが恐怖の声をあげた。
 その顔は人のそれではなかった……顔の全ては不気味にぬめった小さな鱗で覆われ、大きく裂けた口からは奇妙に揺れる細く長い舌がのぞき、まぶたのない目の中では細い瞳孔が不気味に冷たく光っている……それはまるで、大地を這う蛇のごとき異形の顔だった。
 蛇の顔を持つ侍……《蛇顔》の細い目が、恐怖で身動きすることができないひなたを品定めするように見渡している。
「ひなた!」
 体制を立て直した要蔵は、ひなたを見つめる蛇顔の背中に向かって斬りこんだ。だが、突然横から現れた何かが要蔵をふっ飛ばした。
 それは、蛇顔の袴の下から伸びた尻尾だった。蛇のように長く伸びた尻尾が、巨大なムチとなって、要蔵に襲いかかったのだ。
 蛇顔は、ふいの攻撃を食らった要蔵が激しく地面に叩きつけられ気を失うのを見ると、ニヤリと顔を歪めた。
 身の毛もよだつその表情に戦慄を覚えたひなたは、恐怖で動かぬ体に喝を入れ、踵を返して走り出した。
 その体をビュンと伸びた蛇顔の尻尾がからめとった。ぬめった尻尾は、ひなたの体に粘っこくまとわりつき、真綿で首を絞めるようジワジワと締めつける。
「ううッ……」
 味わったことのないおぞましい感触に身悶えるひなたを蛇顔が引き寄せた。
 蛇顔は、不気味に光るぬめった顔を近づけると、細長い舌をチュルルと鳴らし、彼女の頬を一舐めした。
「きゃあああああ!」
 あまりの恐ろしさに、ひなたは失神した。
 蛇顔は、巻きつけた尻尾の中でぐったりするひなたを卑猥な目つきで見ると、舌を更に大きく差し出し、彼女の美しい白い首筋にねっとりと這わせた。
 その瞬間、熱い衝撃が蛇顔の体を駆け抜けた。
「キィエエエエエーッ!」
 全身を貫く焼けるような痛みに、蛇顔は奇声をあげ、のたうちまわった。見ると、自分の尻尾が根本から切断され、切られた尻尾はひなたをほどいて地面に落ち、力なくひくついている。
「待ちかねたぞ。お前達が動き出すのを……」
 蛇顔がその声に振り返ると、剣を手にした男が立っていた。
 自分の尻尾を切り落としたのがその男だとわかった蛇顔は、怒りに任せて襲いかかかろうとした……が、男が普通でないと気づき、改めて身構えた。
 男は、新選組の羽織を羽織っているが、その顔は蛇顔と同じ異形……狼の顔を持つ《壬生狼》だった。
「その姿、お前は嚥獣か……?」
 壬生狼は、蛇顔に尋ねた。
 蛇顔は答えず、猛然と斬り込んだ。
 蛇顔の剣は、蛇の動きのごとく、奇妙にうねりながら懐深く滑り込んでくる。壬生狼はその奇怪な剣筋を果敢にかわしながら、胸元を狙って突いてくる蛇顔の剣を手首ごと斬り飛ばした。
「キィエエエエエーッ!」
 蛇顔は再び奇声をあげ、血が噴き出す腕を押さえた。
「お前には色々聞きたいことがある」
 壬生狼は、蛇顔を足止めしようと足を狙って斬り込んだ。
 蛇顔は、蛇のような柔らかな体裁きで壬生狼の斬り込みをするりとかわすと、手と尻尾を斬られては戦う術はないと悟ったのか、そのまま堀に飛び込み、水の中を滑るような速さで泳ぎ去った。
「逃がしたか……」
 狼顔は、無念な表情で蛇顔の気配が消えた堀を見つめた。
「……ん……んん……」
 弱々しい声が背中から聞こえてきた。
 壬生狼が振り返ると、気を取り戻したひなたが、ゆっくりと体を起こすところだった。壬生狼は、その横顔を見て、思わず声をあげた。
「ひなた……!」
 あまりに予期せぬ出来事に、壬生狼は、全身の血が逆流しそうな衝撃に襲われ、その場に立ち尽くした。
 ひなたは、まだ目覚め切らない意識の中で、自分の名を呼んだのが父かと思い、声がした方に目を向けた。足元からゆっくり見上げると、だんだら模様が鮮やかに染め抜かれた羽織の裾がぼんやり視界に入ってきた。どうやら声の主は父ではないらしい。
「……あなたが……助けて下さったのですか…?……」
 ひなたは、だんだら羽織を羽織った人物の顔を確かめようと更に目線をあげた。
 ひなたと目があいそうになり、我に返った壬生狼は、反射的に羽織の袖で自分の顔を隠した。そして素早く背を向けると、逃げるように猛然とその場から走り去った。
 ひなたは、その後ろ姿を朦朧とする意識の中で眺めながら、かすかに鳴り響く鈴の音を聞いたような気がした。

          ○

 近藤と土方が、京都守護職に呼び出されたのは、その二日後だった。
 亀井が控える部屋に通されると、見知らぬ男と女が同席していた。
「今日は、この者達がお前達に会いたいというので来てもらったのだ」
 亀井はそう言って、脇に座る親子……佐武要蔵とひなたを紹介し、彼らが会津藩から来た同郷の士で、京都に滞在する藩主・松平容保様に謁見するためにやって来たと説明した。
「そのような方々が我々に何か?」
 近藤が尋ねると、要蔵が答えた。
「おとといのお礼がしたく。先日は、あなた方のお仲間に命を救っていただき、本当にありがとうございました」
「我々の仲間が……?」
 近藤が話を呑み込めずにいると、要蔵が、襲われた自分達を新選組隊士が助けてくれたことを話した。
「その者は、確かに新選組だったのですか?」
 今度は土方が尋ねた。
「いえ、私は気を失っていて、姿を見てはおらず。その方を見たのは娘のひなたです」
 要蔵はそう答え、ひなたに目をやった。
 ジロリと自分を見る土方に緊張しながら、ひなたが口を開いた。
「私が気を取り戻した時、その方が立っていらして、身につけていた羽織が……その……」
 ひなたはそう言いながら、土方が羽織っている羽織を見た。
「我々と同じだったと?」
「はい」
 土方は続けて尋ねた。
「その者の顔は?」
「いえ。私も気を取り戻したばかりで頭がぼんやりとしていて、顔ははっきり……。それに、その方は私が気づいたのを見るとすぐにその場を去られて……」
 ひなたはもうしわけないという風に頭を下げた。
 話を聞いた土方には、その者が誰であるかすぐに検討はついた。だが、ひなたが顔をはっきり見ていないなら、今ここで伝える必要はないと判断した。
「なるほど。では、隊に戻って確かめます。該当する者がいれば改めてお伝えする、それでよろしいか?」
「はい……」
 ひなたはそう答えるも、まだ話したいことがあるような顔をしている。
 土方はそれに気づき、それが何か尋ねようとしたが、亀井が先に口を開いた。
「もしかすると、案外その輩は《壬生狼》かも知れんな」
「みぶろう……?」
 ひなたは、聞き慣れぬ言葉を思わず繰り返した。
「今、京都で噂になっている謎の侍だ。そやつの正体は人に化けた狼でな、新選組のふりをして、人を喰いに夜な夜な現れるらしい……」
 亀井は、怪談めいた口調でからかうように話した。
 話を聞いたひなたが怯えるように顔をこわばらせたので、亀井はしたり顔でほくそ笑んだ。
 だが、怯えたのはひなただけではなかった。亀井の話を聞いた要蔵も身を固くし、眉間にしわを寄せながら、膝に置いた拳をギュッと握りしめていた。
「どうかされたか?」
 二人の雰囲気が変わったことに気づいた近藤が尋ねた。
「実は……」
 要蔵は、自分達を襲った相手が、亀井の話に出た狼の顔をした侍と同じように、蛇の顔を持つ異形の者であったことを話した。
「本当か……?!」
 冗談で話したつもりだったに、まさか本当に異形の、しかも今度は蛇の顔をした者を見たという話が出るとは思いもよらず、亀井は驚いた。
「もうしわけありません。あまりに突飛な出来事でしたので自分達も本当にあったことかどうか自信が持てず……それに、亀井様にこのような話をして余計な心配をかけてはならないと思い、黙っておりました。しかし、今の話を聞いて、あの時のおぞましい光景が蘇り、あれは本当にあったことなのだと改めて思い返し……」
 そういう要蔵の顔には脂汗が浮きあがり、襲ってきた敵がいかに恐ろしい相手だったかを物語っていた。
 嚥獣が現れた……土方と近藤は、お互いをチラリと見た。
「あなた方を襲った蛇顔の侍はどこへ……?」
 土方は要蔵に尋ねた。
「わかりません。ひなたの話では、気づいた時には蛇顔の侍の姿はなく、いたのは先ほど話した顔のわからない新選組の隊士の方だけだったとのこと。実は私共も、その方が蛇顔の侍を見ているのではと思い、あなた方を通じてその方とお会いし、確かめられればと思っていたのです」
 おそらく、この親子を助けたのは壬生狼だろう。嚥獣と遭遇したら、速やかに知らせる約束になっているが、この二日のあいだ、壬生狼から何の知らせもない。奴は一体どういうつもりなのか……。
 だが、今それを考えても始まらない。土方は、要蔵に改めて尋ねた。
「その蛇顔の侍は、なぜあなた方を襲ったのです……?」
「わかりません。ただ……」
 そこまで言って、要蔵は口ごもった。
「何かあるなら話せ。こうなった以上、全てを知っておく必要がある」
 いつもはにこやかな亀井もさすがに顔をこわばらせて促した。
 要蔵はしばらく黙っていたが、やがて仕方ないという風に口を開いた。
「考えられるとすれば、私どもの所用に関係があるのかも……」
「所用……?」
 土方はそう言って目を細めた。
「私達を消したければ殺せば済むはず。なれど、蛇顔の侍はそうせず、我々に剣を突きつけ、どこかへ連れていこうとした……。察するに、我々の所用について聞きたいことがあったのではないかと……」
「所用とは何です?」
「それは申せませぬ。容保様に直々にお伝えすべきことゆえ」
 そう言って、要蔵は口を閉じた。
 要蔵の頑なな様子に怪訝な顔をする土方に、亀井が補足した。
「この親子は、容保様に直々にお伝えしたいことがあると、はるばる会津から出向いてきたのだ。だが生憎、容保様はお加減が悪くてな。今は臥せっておられる。なので、私が代わりに話を聞くと言ったのだが、この通り。容保様のお加減がよくなるまで待つと言って、決して譲らん」
「もうしわけありませぬ、亀井様」
 要蔵は、亀井に深々と頭を下げた。
「いやいや、己の使命を忠実に果たさんとするその心意気こそ、会津藩士の鏡。お主のような家臣を持ち、容保様もさぞ誇りに思うであろう」
 亀井はいつもの穏やかな顔に戻り、年配である要蔵に尊敬の意を表した。
「さりとて、我々も時を無駄にするつもりはございません。我々が襲われたのが所用に関係するとするなら、容保様との謁見が叶うまで、色々調べとうございますがよろしいでしょうか?」
 要蔵は亀井に許しを請うた。
「うむ、わしにできることがあれば遠慮なく申せ」
「ありがとうございます。では早速ですが、見廻組の佐々木只三郎殿と会える手筈をとっていただきたい」
「構わんが、奴に何用だ?」
「京都遠征隊の件で色々お尋ねしたいことが」
「京都遠征隊……!」
 二人のやりとりを聞いていた近藤が思わず声をあげた。
「御存知なのですか!」
 近藤の反応を見て要蔵が明るい声をあげた。要蔵だけではない、ひなたもまた、要蔵以上に顔を輝かせ、期待の目を近藤に向けた。
「あ、いや、詳しくは、その……」
 口ごもる近藤の言葉を土方が引き継いだ。
「我々も詳しくは知りません。亀井殿から、京都守護職の増援として会津を発ったが、その後行方がわからなくなったとうかがっているだけです」
 土方の言葉に、佐武親子は大きく肩を落とした。
「お二人は京都遠征隊とどういう……?」
 近藤が尋ねると、要蔵は鎮痛の面持ちで答えた。
「私は会津で道場を開いておりますが、道場の師範であった私の息子をはじめ、多くの門下生が京都遠征隊に志願いたしました。ですが、お聞きの通り、隊の消息はわからなくなり、私共も行方を追っている次第で……」
 話を聞き、土方は少し思案したが、思い切って尋ねてみることにした。
「その中に、暁透志郎という者は……?」
「透志郎様ッ……?!」
 ひなたが身を乗り出し、一際大きな声をあげた。
 驚く一同の顔を見て我に返ったひなたは、顔を赤らめながら「すみません」と小さくなった。そして、はやる心を押さえながら、土方に改めて尋ねた。
「あの……その方を……御存知なのですか?」
「いえ。亀井様と話した時に名があがっただけです」
 土方は短く答えた。
 《暁透志郎》は、壬生狼の元の姿だという男の名である。だが、それは本人がそう語っただけで真偽はわからない。彼のことは詮索無用という約束ゆえ、経歴など詳しいことは今もって何も知らないままだ。そんな不確定の話を今ここで聞かせるわけにはいかないと土方は考えた。
 新たな情報を得られず、ひなたは肩を落とした。
 暁透志郎という人物は、ひなたにとってよほど大切な存在らしい。彼の名を聞いて押さえていた感情が噴き出したのか、ひなたの目から見る見る涙が溢れだした。
「その者はあなたとどういう……?」
 土方の問いに顔をあげたひなたは、涙に濡れた目を拭きながら答えた。
「透志郎様は……私の許婚です」


…続く
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