MIBUROU ~幕末半妖伝~

きだつよし

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第一章 壬生の狼  其の五

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 幕府要人連続暗殺事件は解決した。
 土方達が死人となった大巨漢の男を下手人として届け出た後、同じ手口の暗殺事件が起きることはなく、事態が収束したためである。
 新選組を差配する京都守護職の亀井は、おおいに喜び、彼らの功績を称えるため、近藤と土方を招いて酒の席を設けた。
 その席で、土方は亀井に探すよう頼んでいた京都遠征隊の名簿の件を尋ねた。すると、亀井は少し弱ったような顔をして言った。
「それがな、今はお主らに見せられぬのだ……」
 怪訝な顔をする二人に、亀井が説明した。
「京都遠征隊は、京都守護職の増援として作られた組ゆえ、名簿の写しは確かにこちらにあった。だが、お主が訪ねて来た後、名簿を持ち出した者がおってな……」
「誰です?」
 土方がすかさず聞くと、亀井は少し間を置き、言いにくそうに答えた。
「……佐々木只三郎だ」
 土方と近藤は、思わず顔を見合わせた。
 亀井は、彼らの驚きに答えるように続けた。
「佐々木の方から、名簿を含め、京都遠征隊にまつわる物は全て預からせて欲しいと申し出があったのだ。しばし待てと言ったのだが、頑として譲らなくてな。仕方なく預けたのだ」
「我らの手に渡るのを拒んだと……?」
 亀井は大きく手を振り、土方の推測を否定した。
「いやいや、それは考えすぎだ。お主が名簿を欲しがっていることを佐々木が知るよしもない。おそらく偶然だろう」
 先日の会話を佐々木が盗み聞きしていたことを知らない亀井は言った。
「京都遠征隊は、京都に到着しだい見廻組に編入されることになっていた。言わば、彼らは佐々木の新たな配下。連中に関することを佐々木が管理するのに何の不思議もない」
 亀井の説明は道理にかなっている。だが、なぜか腑に落ちない……近藤と土方の胸に小さな疑惑が渦巻き始めたが、名簿を渡すよう改めて佐々木に話してみると亀井がいうので、この話は終わりとなった。
 酒宴がお開きとなり、亀井と別れた近藤と土方は帰路についた。
 夜風に吹かれながら、二人はしばらく黙って歩いていたが、近藤がおもむろに口を開いた。
「トシ、なんだかきな臭いことになってきたな……」
「ああ」
「佐々木さんが名簿を持ち出したのは、果たして偶然か……」
「わからん。だが、あの男はアレに関して何か知っているかも知れん……」
 《アレ》というのは、狼顔と羆顔……異形の者達の存在である。
 羆顔……正確には、「元」羆顔だが、あの男を下手人として届け出る時、彼が異形の者であったことは、自分達だけの秘密にしておこうと、土方は提案した。
 こんな突拍子もない話をにわかに信じてもらえるはずがない。何より、死んだ男は羆の姿ではなくなっており、異形の者だった証を立てるのは難しい。異形の存在に関しては、引き続き我ら三人で秘密裏に調べ、京都守護職への報告は時機を待つ。有事の場合、異形の者に関する知識を豊富に持つ新選組が、誰よりも優位に立つために……。
 近藤と沖田は土方の提案に賛成し、異形の者に関することは、新選組の他の隊士にも内密にしようと話がまとまり、今日に至っている。
 近藤と土方は、新選組の屯所まで帰って来たが、そのまま前を通り過ぎ、そばにある壬生寺に入っていた。
 夜もすっかり更け、境内には誰もいない。
 と思いきや、石段に腰かけた人影がひとつ。土方はその影に声をかけた。
「ずっと待っていたのか?体に障るぞ」
「大丈夫です。さっきまで素振りをしていたので、今は体が熱いくらいです」
 石段に座っていたのは、木刀を手にした沖田であった。
「あまり無理をするな」
「だから大丈夫ですって。そうやって心配されるのが一番体に障るんです」
 沖田はそう言って明るく笑い返した。
 こうして見れば、沖田が病に侵されている気配は微塵もない。だが、病魔は静かに沖田の体を蝕んでいる。土方は、沖田の笑顔の向こうに言い知れぬ不安を感じていた。
「そろそろ約束の刻限だが、まだ来てねえようだな」
 近藤はそう言いながら。月明りが薄っすら照らし出す境内を見渡した。
「ここにいる」
 と、上からふいに声が降ってきた。
 三人が見上げると、本堂の屋根の上に、明るく輝く満月を背にした狼顔が、膝を立てて座っていた。
「そんなところにいたんじゃ話もできん」
 土方が言うと、狼顔は屋根から軽やかに飛び降り、空中でしなやかに体をひねってあざやかに着地した。
「すごいな、着地の時に物音一つしない。その体裁き、今度僕に教えて下さい」
 沖田は目を輝かせ、立ち上がる狼顔を興味深げに見た。
 自分の方に向き直った狼顔に土方は言った。
「本当に来るとは生真面目な奴だ」
「それが取り柄だ」
 そう答える狼顔の顔を見つめ、土方は先日のことを思い返した。
 羆顔の死骸が人の姿に戻った直後……。
 土方達は傷つき膝をつく狼顔を包囲した。
 沖田は「自分達を助けてくれた人」と話したが、実際のところ、狼顔が敵か味方かわからない。わかっているのは、彼らを襲った羆顔と同じ異形の者ということだけだ。
 近藤は、土方と沖田に狼顔の拘束を改めて命じ、自ら尋問するゆえ、それまで秘密裏に閉じ込めるよう指示した。が、土方がそれを制した。
「俺に考えがある」
 土方はそう言うと、狼顔をしばらく見つめて言った。
「新選組に入れ」
「何……?」
 狼顔は、土方の意外な申し出に驚いた。
「何を言い出す?トシ」
 近藤も思わず尋ねた。
 土方は、骸となった『元』羆顔に目を落とした。
「一連の事件の犯人がこの羆顔だったということは、倒幕派に異形の者を使う輩がいるということだ。それはおそらく、表に姿を現さない隠密部隊……幕府にとって新たな驚異となるだろう。だが、こちらにはそれを迎え撃つ体制はまだ整っていない」
「だから、この人を仲間に引き入れようというわけですね!」
 土方の言葉を沖田が引き継いだ。
「異形には異形か……」
 近藤は、合点がいった表情で狼顔を改めて見た。
 土方は、警戒しながら自分達を見る狼顔に言った。
「貴様が会津藩士というなら、倒幕を企てる不穏分子は敵のはず。ならば、その手先となって暗躍する異形の者は倒すべき相手……違うか?」
「……」
「貴様は、俺達を襲った羆顔を仲間ではないと言った。なら、俺達に協力し。その証を立てろ。そうすれば……」
 そう言って、土方は懐にしまっていた鈴を差し出した。
「これは返してやる」
「返すも何もそれは俺のッ……!」
 狼顔は手を伸ばそうとしたが、それより早く、近藤と沖田の剣が狼顔の首筋に突きつけられた。
 近藤と沖田の剣の腕は、狼顔も目の当たりにしている。これ以上動けば、確実に命を落とすことは彼にもわかっていた。
「すみません、少しだけ辛抱してください。あなたが味方だとハッキリすれば、土方さんはすぐに鈴を返してくれます。ね?」
 剣をつけながら、沖田が土方を見た。
「約束する……武士に二言はない」
 土方は狼顔をまっすぐ見つめ、毅然として言った。
 狼顔は黙って土方を睨んでいたが、やがて口を開いた。
「……少し考えたい」
 そして、三人と改めて壬生寺で会う約束をかわすと、何処ともなく姿を消した……。
 狼顔はこのままどこかに逃げ、自分達の前に二度と姿を現さないかも知れない。だが、土方には確信があった。狼顔は必ず現れる。大事な鈴のため、そして、自分の存在意義を自分自身で勝ち取るために……。
 土方は、約束通り姿を現した狼顔に問うた。
「返事を聞かせてもらうか」
 狼顔は一間置いて答えた。
「申し出を受ける」
「そうか」
「俺も嚥獣(のけもの)に関して知りたいこと色々がある。あんたらといる方が何かと都合がよさそうなんでな」
「のけもの……?」
「お前らが言う異形の者だ」
「なるほど。その辺りもこれから色々と──」
「待て」
 土方の言葉を狼顔が遮った。
「申し出を受けるには条件がある」
「何だ?」
「俺のことは一切詮索しない。そして、組の掟で縛らず自由にやらせて欲しい」
「いいだろう。元より貴様を一般の隊に組み入れるつもりはない。俺達直属の隠密として手を貸してくれればそれでいい。いいな、近藤さん?」
「ああ。こいつのことはトシに任せる」
 近藤は、信頼に満ちた顔つきで答えた。
「だが、気をつけろ……」
 狼顔は獣の瞳に闘志を浮かべ、土方に言った。
「少しでも隙があれば、お前を斬って鈴を奪い返す」
「できるならやってみるがいい」
 土方も狼顔を睨み返した。
「まあまあ、仲間になったばかりでケンカはやめて下さい」
 沖田は、にらみ合う二人のあいだに入り、石段に置いてあった風呂敷包みをとって狼顔に差し出した。
「何だ……?」
「あなたが新選組の一員になった証です」
 狼顔が風呂敷を開くと、ダンダラ模様がくっきりと染め抜かれた真新しい新選組の羽織が畳んで入っていた。
「隠密にこんな目立つ羽織は必要ない」
「貴様には餌になってもらう。お前のような異形……《のけもの》が新選組の羽織を纏って動き回れば、敵もきっと動きだす」
「なるほど」
 狼顔はそう言うと、懐から取り出した小さな笛を土方に投げた。
「用があればそれを吹け。人には聞こえないが、俺の耳には届く」
 狼顔はそう言うと、新選組の羽織をサッと纏い、地面を蹴って高く飛び上がった。
 新選組の羽織が月明りに照らされ、一際大きく翻った。
 そして、そのまま夜の闇に溶け込み、何処ともなく消え去った……。         



                              第一章 終

                              …第二章に続く
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