青春ごっこ

ヤマ

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自己紹介

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 初めまして。

 こんな風に、誰かに語りかけるのは久しぶりです。
 ちゃんと言葉にするのも、なんだか照れ臭いですね。
 でも、順を追って説明しようと思います。


 自己紹介ですから。



 名前は、高坂こうさか直人なおとと申します。
 三十五歳、独身。
 都内でシステム系の会社に勤めています。
 役職は主任。
 部下も何人かいますが、まあ、特別信頼されてるってわけでもないでしょう。

 ありきたりな、よくいるタイプの人間です。

 でも、こういう自己紹介って、表面だけじゃだめなんですよね。
 内面にも触れないと、本当の意味で「紹介」にならない。
 だから少し、正直なことを言います。

 私は、自分のことがあまり好きではありません。

 それは昔からです。
 小学校の自己紹介シートに「自分の良いところを書きましょう」って欄があって、空白のまま出したのを覚えています。
 周りは「優しいところ」「勉強を頑張るところ」とか書いていたのに、私は、何も思い付かなかった。

 それが、今でも変わらないんです。

 鏡を見ても、他人の顔に見える。
 録音した自分の声を聞くと、軽く吐き気がする。
 誰かと喋っていても、途中でふっと「自分はここにいないんじゃないか」って思うことがある。
 そういう感覚、ありませんか?

 ……そうですか、まあ、良いでしょう。

 最初に変化を感じたのは、去年の秋でした。
 職場で、ふと話しかけられたときのことです。

「この前言ってたカフェ、行ってきましたよ」

 そう言ったのは同僚の吉田よしだ君でした。

 だけど――私はそんな話をした覚えがないんです。

「そんな話したっけ?」
「えっ、冗談でしょ? ほら、あの、駅前にあるカフェで、コーヒーがどうとか……」
「うーん……」

 吉田くんは、困ったように笑って、話を切り上げました。
 私も、それ以上聞きませんでした。

 でも、引っかかってはいました。

 家に帰ってから、メッセージ履歴を確認しました。
 確かに、私のアカウントから吉田君に、カフェの話をしている記録があった。

 妙でした。

 文章の癖が、少し違う。
 句読点の打ち方、改行の場所――すべてが微妙に、私じゃない。

 気のせいだと思おうとしました。
 でも、次第にそれが、気のせいで済まない量になっていきました。

 その後も、見覚えのない買い物のレシートが部屋にあったり、記憶にない通話履歴がスマホに残っていたりしました。
 冷蔵庫に入っていた見知らぬ食材。
 クローゼットに吊られた、自分が絶対に買わないデザインの服。

 私は、病院に行きました。
 精神科です。
 解離性障害、あるいは多重人格――そんな言葉が脳裏をよぎりました。



 診察を終えた帰り道、足元の自分の影を見ました。
 医者が言った言葉を思い返しながら。



 もし、他者人格がいるとしても――
 あなたの記憶を完全に引き継いでいて、行動にも矛盾がない――
 それはつまり――
 です――



 影は、微かに私より早く動いた気がしました。



 話を整理しましょう。

 私は、何かにのかもしれません。
 あるいは、元々、と一緒にいたのかもしれない。

 最近、夢を見るようになりました。
 暗い部屋の中で、自分の背中を見ている夢――

 いや、自分ではない。

 顔は見えない。
 でも、私の服を着ていて、私の癖を持ち、私のように歩く何か。
 それが私を見て、にやりと笑う。
 そして、こう言うんです。

「お前はうまくやれなかったから、次は俺の番だ」

 朝起きると、涙を流していました。
 理由はわかりません。
 ただ、酷く悲しかった。

 ある晩、決定的なことが起きました。
 眠れずにソファに座ってうとうとしていたとき、スマホに通知が来ていることに気付きました。

 録音が完了しました

 深夜二時四分――ついさっき、うとうとしている間に録音されたもののようですが、身に覚えがありません。
 開いてみると、音声ファイルが一つ。

 再生ボタンを押すと、ノイズの合間に、自分の声が聞こえました。

 いや。

 自分のようで、自分ではない声。

 俺は、お前を学習した――
 仕事も、生活も、家族付き合いも――
 お前よりうまくやってきた――
 誰も気付かなかった――

 そこで、音声が途切れました。
 私の手は、震えていました。
 胸が苦しくなり、呼吸が浅くなって、吐きそうになった。

 でも、ふと、思ったんです。

 ――それでもいいかもしれない、と。

 「私」はうまくやれなかった。
 人間関係も、仕事も、自分自身も、何一つ満足に扱えなかった。
 だったら、「それ」に任せてしまえばいいのではないか。
 そんな風に、考えた自分がいたのです。

 すると、どうでしょう。
 心が、とても楽になりました。
 それが、自然であるかのように。

 今、こうして、あなたと会話しています。
 手は震えていません。
 思考もはっきりしていて、何より、頭の中が静かです。
 長い間、どこかで「もう一人の自分」の声が聞こえていた気がするけれど――

 今は、それがない。

 落ち着いています。
 全体が、明確に整理されている。
 ようやく、自己紹介ができた気がします。



 では、改めて。



 初めまして。

 私は、高坂直人と申します。





 あなたは、誰ですか?
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