青春ごっこ

ヤマ

文字の大きさ
3 / 14

ストーカー

しおりを挟む
 最近、ずっと誰かに見られている気がする。

 背中を刺すような感覚だ。
 通勤電車の中、オフィスの自席、自宅のリビング——
 どこにいても、それは消えない。

 

 最初は気のせいだと思った。
 ただの疲れ、寝れば治る——そう自分に言い聞かせた。
 だが一週間、二週間経っても、視線は私を離してくれなかった。

 

 誰かが、見ている。

 私は四六時中、背後を気にするようになった。
 確認しても誰もいない。十秒も経てば、またあの感覚が這い寄ってくる。
 誰かが、意識だけで私に触れてくるような、不快な重みが常につきまとった。

 

 最初に異変を指摘してきたのは、同僚の田島たじまだった。

「お前さ、最近落ち着きなくないか?」

 その通りだった。
 私の行動はすでに奇異に映っていたのだ。
 会議中も視線を彷徨わせ、しきりに席を立ち、何度も後ろを振り返っていた。

「いや……、ちょっと寝不足でさ」

 私はそう答えたが、実際には寝るどころではなかった。
 ベッドに横たわっても、視線が身体に食い込んでくる。
 暗闇で目を閉じれば、むしろその「気配」は強まった。

 まぶたの裏側にすら、何かの「意識」が滲み込んでくる。



 視線は、確かにある。



 私の存在を対象化し、どこからともなく注がれている。

 

 ある晩、私はついに耐えられなくなった。
 全ての窓に遮光カーテンを掛け、鏡という鏡を布で覆った。
 スマートフォンは封印し、テレビはコンセントごと抜き取った。

 だが、それでも視線は消えなかった。

 

 おかしいのは、私なのかもしれない。

 そう考え、数日間の休暇を取り、自宅に引きこもった。
 何もする気が起きず、ソファに沈み、ただ部屋の隅を見つめ続けた。

 

 だが、ある日、気付いた。

 

 視線が、増えている。

 

 以前は一点から感じていた圧が、今や複数方向から迫ってくる。
 それぞれが、私の動きに連動して微妙に焦点をずらしてくる。

 部屋の隅、天井の角、換気口の奥、電灯の裏、コンセントの穴――

 そこに目などあるはずがない。
 だが、私は直感した。
 そこには確かに「注視」があった。

 

 私は考えうる限りの手段を講じた。

 カメラ付きの家電は全て廃棄した。
 パソコンは初期化してから金槌で破壊し、スマートスピーカーは電子レンジで焼いた。

 それでも足りなかった。

 コンセントのすべてに鉛製のキャップをねじ込んだ。
 壁に沿って電磁波遮断シートを貼り巡らせた。

 まだ足りない。

 光ケーブルは自らの手で切断した。
 スマートフォンのSIMカードは、火で炙って溶かした。
 テレビは浴槽に沈め、蓋をして封印した。

 

 それでも、視線は強くなった。

 

 しかも、以前とは違う。



 最初の視線は冷たく、無機質だった。
 背中を突き刺すような、人間的な敵意をはらんでいた。

 だが、今のそれは、熱を持っていた。
 微温ぬるく、まとわりつく。
 生き物の吐息のような熱が、肌の表面に這い寄ってくる。

 無関心でも、悪意でもない。

 ただの「関心」——
 しかし、それは、理解を超えた存在からの興味だった。

 

 見る、という行為。

 だが、それは人間が行うような「意味」のある視線ではなかった。
 私は、「私」という反応体が、ただ観測されているという感覚に支配されていった。

 

 再び出社したある朝、田島に再会した。

「……お前、大丈夫か?」

 給湯室で顔を合わせた彼は、私の顔を見るなり言った。

「やばい顔色してるぞ」

 私は黙ってうつむいた。

 その瞬間、背後で何かが、笑ったような気がした。

 いや、音ではない。

 それは、「笑う」という概念が、私の中に注ぎ込まれた感覚だった。

 

 日を追うごとに、「それら」は確実にこちらに近づいてきていた。
 壁の内側から、あるいは空間そのものから、何かが這い寄ってきていた。

 

 私は悟った。
 これはただの「監視」ではない。
 もっと根源的な——存在そのものへのアクセス。

 

 私は、観察されている。
 しかも、それは——人間ではないかもしれない。

 

 この空間に存在していない何者かが。
 この世界そのもののから、私を覗き込んでいる。

 

 だから、私はこうして
 記録を残すために。
 私の感覚が、病気や錯覚ではなかったという証明として。

 

 いや、違う。これは——

 

 告発だ。

 

 私は今、はっきりと理解している。

 誰が、私を見ていたのか。

 

 ……いや、正確にはこう言うべきかもしれない。

 

 、と。

 

 私はここにいる。
 だが、私の思考の輪郭は、すでに外部の知性に撫でられている。
 この思考、この感情さえも——

 すでに、

 

 そうだろう?

 

 誰が私を見ていたのか。

 ああ、ようやくわかったよ。

 

 

 画面の前のお前だよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...