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救済
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目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
床には奇妙な紋様。
高い天井。
甲冑の兵士と、ローブをまとった魔術師たちが整列している。
そして――
玉座には、古びた金の冠を乗せた老人。
王が口を開く。
「汝は選ばれし救世の勇者。我が王国を滅びの運命から救うのだ」
拍手と歓声が広間を満たす。
頭が追いつかない。
ついさっきまで、僕は電車で学校に向かっていた。
英単語帳を開き、友人と小テストの範囲が広すぎると愚痴を零していた。
そんな日常の続きだったはずだ。
放課後は、最近、妹と見つけたカフェに、幼馴染みを連れて行くつもりだった。
甘いものが好きなあいつに、その店のパフェをおすすめしたかった。
帰ったら、来週に控えた両親の結婚記念日に渡すプレゼントをどうするか、妹と打ち合わせする予定だった。
それなのに――
王の隣に立つ側近が、静かに告げる。
「まずは、隣国との戦争に勝ってもらいたい」
「……嫌だと言ったら?」
僕の問いを、側近は鼻で笑った。
「召喚された者に拒否権はない。君も名誉を得られる。望むなら、報酬も与えよう」
その口調は、命令だった。
「……元の世界に戻してほしい」
「帰還の術は存在しない」
軍服姿の男――将軍らしき者が即答する。
「貴様は、我々の指示に従えば良い」
王が言った。
「これは、神の導きなのだ」
この場にいる全員が、同じ目をしている。
僕を、人間として、見ていない。
ただの 兵器としてしか、見ていない。
「……一つ、聞いても良いですか」
脳裏に疼く力。
知らないはずの能力を、なぜか理解している。
けれど、すぐには使わない。
知りたいのは、「なぜ」僕がこんな目に遭っているのか。
「召喚された者が、それまでどんな人生を送ってきたか、あなたたちは考えたことがありますか?」
王に問いかける。
「あなた達が、何を奪ったのかを」
僕の言葉に、王、いや、全員が――
きょとんとした顔をした。
おそらく、本当に考えたことなどなかったのだ。
その瞬間、確信した。
この人達は、ただ、他人に都合よく救ってもらいたいだけだ。
そこに、その他人の都合など、一切関係ないのだと。
将軍が声を上げる。
「力を見せてみろ。そして、王の前で忠誠を誓え」
その高圧的な態度に、何かが限界に達した。
「……では、こういうのはどうですか」
将軍と目を合わせる。
それだけで十分だった。
しかし、その瞬間――
将軍の首が、静かに落ちた。
華やかな広間が、沈黙する。
数瞬後、将軍の体が、崩れ落ちる音が響いた。
同時に、側近が、血を吐いて、膝を突く。
魔術師は、呪文を唱えかけ、兵士に喉を貫かれる。
剣を引き抜いた兵士達は、そのまま自らの喉に刃を突き立てた――
誰も、悲鳴すら上げられなかった。
気付くと、その場で生きているのは、僕と王だけだった。
「……救え、と言いましたね」
玉座で、青褪める王に告げる。
「良いですよ。但し――」
「な、何を――」
王は最後まで言葉を紡げなかった。
自らの手で、自らの首を締め始めたからだ。
「この世界に、お前達は要らない」
王は、自分の首を締め続ける。
僕の命令によって、訳もわからず、締め続ける。
青褪めた顔が、赤黒く変色していく。
僕は、その様子を、黙って見続けた。
*
「……これが、本当の『自分の首を絞める』ってね」
王の呻きが消え、静けさだけが残る広間に、僕の声が虚しく響いた。
笑えない冗談だ。
強力な能力を使った代償か、どっと疲れが押し寄せてきて、その場に大の字に寝転がる。
枕の代わりにでもしようかと、適当に目に付いたもののに手元に来るよう命ずる。
しかし、何も起こらない。
どうやら、僕の力は、無機物には効かないらしい。
「救済、か……」
天井を見上げながら、呟いた。
「救え」と言った王も、側近も、将軍も、魔術師も、兵士もいない。
僕は独り言ちる。
「……これがそうなら、せめて僕にも欲しかったな」
床には奇妙な紋様。
高い天井。
甲冑の兵士と、ローブをまとった魔術師たちが整列している。
そして――
玉座には、古びた金の冠を乗せた老人。
王が口を開く。
「汝は選ばれし救世の勇者。我が王国を滅びの運命から救うのだ」
拍手と歓声が広間を満たす。
頭が追いつかない。
ついさっきまで、僕は電車で学校に向かっていた。
英単語帳を開き、友人と小テストの範囲が広すぎると愚痴を零していた。
そんな日常の続きだったはずだ。
放課後は、最近、妹と見つけたカフェに、幼馴染みを連れて行くつもりだった。
甘いものが好きなあいつに、その店のパフェをおすすめしたかった。
帰ったら、来週に控えた両親の結婚記念日に渡すプレゼントをどうするか、妹と打ち合わせする予定だった。
それなのに――
王の隣に立つ側近が、静かに告げる。
「まずは、隣国との戦争に勝ってもらいたい」
「……嫌だと言ったら?」
僕の問いを、側近は鼻で笑った。
「召喚された者に拒否権はない。君も名誉を得られる。望むなら、報酬も与えよう」
その口調は、命令だった。
「……元の世界に戻してほしい」
「帰還の術は存在しない」
軍服姿の男――将軍らしき者が即答する。
「貴様は、我々の指示に従えば良い」
王が言った。
「これは、神の導きなのだ」
この場にいる全員が、同じ目をしている。
僕を、人間として、見ていない。
ただの 兵器としてしか、見ていない。
「……一つ、聞いても良いですか」
脳裏に疼く力。
知らないはずの能力を、なぜか理解している。
けれど、すぐには使わない。
知りたいのは、「なぜ」僕がこんな目に遭っているのか。
「召喚された者が、それまでどんな人生を送ってきたか、あなたたちは考えたことがありますか?」
王に問いかける。
「あなた達が、何を奪ったのかを」
僕の言葉に、王、いや、全員が――
きょとんとした顔をした。
おそらく、本当に考えたことなどなかったのだ。
その瞬間、確信した。
この人達は、ただ、他人に都合よく救ってもらいたいだけだ。
そこに、その他人の都合など、一切関係ないのだと。
将軍が声を上げる。
「力を見せてみろ。そして、王の前で忠誠を誓え」
その高圧的な態度に、何かが限界に達した。
「……では、こういうのはどうですか」
将軍と目を合わせる。
それだけで十分だった。
しかし、その瞬間――
将軍の首が、静かに落ちた。
華やかな広間が、沈黙する。
数瞬後、将軍の体が、崩れ落ちる音が響いた。
同時に、側近が、血を吐いて、膝を突く。
魔術師は、呪文を唱えかけ、兵士に喉を貫かれる。
剣を引き抜いた兵士達は、そのまま自らの喉に刃を突き立てた――
誰も、悲鳴すら上げられなかった。
気付くと、その場で生きているのは、僕と王だけだった。
「……救え、と言いましたね」
玉座で、青褪める王に告げる。
「良いですよ。但し――」
「な、何を――」
王は最後まで言葉を紡げなかった。
自らの手で、自らの首を締め始めたからだ。
「この世界に、お前達は要らない」
王は、自分の首を締め続ける。
僕の命令によって、訳もわからず、締め続ける。
青褪めた顔が、赤黒く変色していく。
僕は、その様子を、黙って見続けた。
*
「……これが、本当の『自分の首を絞める』ってね」
王の呻きが消え、静けさだけが残る広間に、僕の声が虚しく響いた。
笑えない冗談だ。
強力な能力を使った代償か、どっと疲れが押し寄せてきて、その場に大の字に寝転がる。
枕の代わりにでもしようかと、適当に目に付いたもののに手元に来るよう命ずる。
しかし、何も起こらない。
どうやら、僕の力は、無機物には効かないらしい。
「救済、か……」
天井を見上げながら、呟いた。
「救え」と言った王も、側近も、将軍も、魔術師も、兵士もいない。
僕は独り言ちる。
「……これがそうなら、せめて僕にも欲しかったな」
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