救済

ヤマ

文字の大きさ
2 / 4

供犠

しおりを挟む
 老いは、恐怖ではなかった。



 何十年と続いたいくさまつりごとの果てに、この身は既に使い潰されていた。

 骨は軋み、目は濁る。

 だが、我が王国は、まだ滅びてはおらぬ。



 ならば、果たさねばならぬ。

 我が命が尽きる前に、次代に繋ぐ道を。



「勇者召喚の儀、完了しました」



 側近の報告に、は頷いた。

 我々の代償は、ついに報われたのだ。

 魔術師達が命を削り。
 兵士達が準備を整え。
 巫女が祝詞のりとを捧げ。

 この日を、幾年待ち望んだか知れぬ。



 目の前に現れたのは、一人の少年だった。


 年端もいかぬ若者。
 だが、その身に刻まれた刻印は――確かに、選ばれし証。

 余は玉座から立ち、口を開く。

「汝は選ばれし救世の勇者。我が王国を滅びの運命から救うのだ」

 歓声が広間を満たした。

 兵士も、魔術師も、誰もが、未来を信じて疑わぬ顔をしていた。



 だが、少年は言葉を返さなかった。
 眼を泳がせ、ただ戸惑っていた。

 無理もない。
 だが、そんなことは、どうでもいいのだ。

 帰る術はない。
 選ばれし者は、世界のめいに従うのみ。

 この国を救うのは、お前の義務だ。
 それが、我々の正義だ。



 お前は、救済をもたらす存在なのだ。



 側近が命じる。
 将軍が指示を与える。

 だが、少年の反応は鈍い。



 やがて、彼は言った。

「召喚された者が、それまでどんな人生を送ってきたか、あなたたちは考えたことがありますか?」



 はて、と余は思った。

 なぜ、そんなことを問うのか。

 勇者とは、世界に選ばれた存在だ。
 世界を救う代償として、少しくらい犠牲があるのは当然だ。

 誰もがそう理解している。

 少年とて、すぐにわかるはずだ――



「……では、こういうのはどうですか」





 その言葉が、地獄の合図だった。





 何が起きたか、わからない。

 しかし、将軍が崩れ落ちた。

 側近は血を吐いて倒れ、魔術師を兵士達が殺し、最後には己の喉を裂いた。





 誰も、声を上げなかった。
 否、上げる間もなかった。



 余の王国が、音もなく崩れてゆく。

 まるで、初めから存在しなかったかのように。



 そして、少年は、余の前に立った。

「救え、と言いましたね。良いですよ。但し――」

 その言葉の意味は、最後まで理解できなかった。

 余は、言葉を発しようとした。

 だが、声が出ない。

 喉に違和感が走った。



「この世界に、お前達は要らない」



 自分の手が、勝手に、首へ伸びた。
 力が、入る。

 何故だ?

 余の意志ではない。

 苦しい。

 これが、この少年の、異能の力なのか。

 何故、余に使った?

 誰が命じた?

 止めろ。
 やめろ。
 余は王だ。
 命ずる者だ。

 こんなこと、あっては――

 視界が、黒く染まっていく。
 世界が、遠ざかっていく。

 理解できぬ。

 だが、止まらない。



 真っ暗な視界の中で、耳が、最後の言葉を拾った。

「……これが、本当の『自分の首を絞める』ってね」

 冗談か。

 誰に向けた言葉だ。
 何の意味がある。





 何故、余は、救われない?





 余は、世界を救おうとしたのに。

 どうして、こんなことに――





 救済とは、何だったのか。





 それを考えるには、遅すぎた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...