62 / 98
第四章 森の精霊
第62話 三人娘、霧の中に墜つ
しおりを挟む
二機目の魔素供給装置が稼働してから数日後のアマト一行ーー
いつものように三人娘が消沈しながらトボトボとルダルとアマトの後を歩いていた。
「ねぇ、ルダルぅ。まだつかないの~」
「結界を超えてから二日は経ったぞぉ~」
ルノアとエメルダが気だるそうに尋ねた。
ミィナは、口を噛むように黙ってはいたが、今にも泣き出しそうな様子である。
そんな三人娘に対してルダルは、先頭を歩き、前を向いたまま答えた。
「エルシアの森とドルムの里は、結界の最北端だ。だからもう数日はかかると思うぞ」
「えーっ、まだそんなにかかるのぉ!?」
「まじかぁ。勘弁してくれ~ぇ」
と、ルノアとエメルダは不満な様子である。
一方、ミィナはというとーー完全に涙目である。
「ルクルクゥ……」
と声を発して、ミィナを心配そうに見つめるルクピーだった。
「仕方ないだろう。不満を述べる力があるんだからまだ大丈夫だ」
と言って、ルダルは相手にしない。
「鬼だ」
「鬼め」
「鬼です……」
ルダルの言葉に、三人娘はそれぞれ小さく呟くと、さらに沈み込んだ。
その時ーー
「ルクピーッ!」
と声を大きく発し、ルクピーがミィナの腕から脇の樹林の中へ飛び出して行った。
「ルクちゃん、どうしたの!?」
ミィナは、慌ててルクピーを追う。
ルノアとエメルダも顔を見合わせると、ミィナのあとに続いた。
「ルクピィィ!」
ルクピーはミィナに場所を知らせるかのように声を出し、どんどん樹々の中を進んで行く。
「待って、ルクちゃん!」
ミィナは、ルクピーの後を必死に追いかけた。
すると、突如視界が開け、目に飛び込んできた光景にミィナが言葉を失う。
そして、後ろから追いかけてきたルノアとエメルダがミィナが立ち尽くしている後ろ姿を見て、
「ミィナ、どうした?」
「でっけぇ虫でもいたか?」
と言って駆け寄るとーー。
「わぁ!」
「おぉーっ!」
ルノアとエメルダが思わず声を上げた。
三人娘の目の前には、清く澄んだ大きな泉が広がっていたのだ。
小鳥の囀り、そして小さな動物達が辺りで水を飲んでいる。
ここはまさにあらゆる生命にとってのオアシスだった。
ミィナはあまりの喜びに肩が震え、ルクピーはミィナの周りを飛び跳ねてはしゃいでいるようであった。
「こりゃぁ、ルクピーの手柄だな」
エメルダの口元が緩む。
ルノアも笑顔で振り返り、
「アマトさまぁ!ルダルぅ!泉があったよ!」
と後方からやってきた二人に声をかけた。
「あぁ、よかったな」
アマトが微笑みながら返事をすると、ルダルも笑顔を返した。
「よっしゃーっ。水浴びだ!」
ルノアが大声で叫んだ。
ーーー
泉へ最初に飛び込んだのはルノアだった。
無邪気に水しぶきを上げる姿はいつも通りのボーイッシュさだが、濡れた髪と滴る水が意外なほど女性的な輪郭を浮かび上がらせる。
続いてエメルダ。
引き締まった筋肉が光を受けて艶やかに輝き、力強さとしなやかさが同居する肢体は、思わず見惚れるほどの迫力を放っていた。
最後に泉へ身を浸したのはミィナ。
泉に足先を浸し、白い肌をゆっくりと沈めていった。
水面が胸元まで届くと、豊かな曲線が柔らかく揺らめき、水面に波紋が浮かんだ。
その姿はまさに、神秘の輝きを放つ女神そのものであった。
ルクピーもその胸元へ泳いで行き、ミィナに両手でそっと触れられると嬉しそうに浮かんでいた。
そして、ルノアが切り出す。
「なぁ、ミィナ。あの時、どうしてルクピーが悪者じゃないってわかったんだ?」
「まぁ、見た目からして悪くなさそうってのはわかるけどよ。こんなチビスケ、戦ってもどうってことないし」
とエメルダがルクピーを指差して笑うと、ルクピーが
「ルクーッ」
と言って威嚇する。
「わかるっていうか……オーラを見ているとなんとなくそんな気がしてくるんです」
ミィナがルクピーの頭を撫でて言うと、ルクピーも威嚇をやめてミィナの腕の中に擦り寄った。
「あと、ルクちゃんからは、どことなくアマト様と同じ雰囲気があるっていうか。うまく言えないんですけど……」
ミィナが少し考える素振りをしながら話すと、
「まじかぁ?なんか、ミィナの特別感が増してんじゃねぇか?」
「全くだ。こりゃぁ、当分追いつけそうにねぇなぁ」
そして、ルノアとエメルダが笑いながら続けた。
「オレ達もこうしちゃいられないね」
「おうよ。もっと修行してミィナに追いつかないといけねぇ」
そんな二人の言葉にミィナは、顔を赤らめて
「もう、そんなんじゃないんですけど……」
と、少しふくれた顔で言うと、その顔を脇へ逸らした。
するとその視線の先に、周りの岩肌と少し異なる箇所が、ふと、ミィナの目に留まったーー。
そんなやりとりをしている最中、アマトとルダルの二人はーー。
「アマト様とこうして裸の付き合いができるとは思ってもみませんでした」
と、ルダルが感慨深げに言った。
アマトは少し答えづらそうに
「……あぁ、そうだな」
とだけ口にした。
「そういえば、アマト様とフィリアの聖泉で一緒になったことがありませんね。私は結構、聖泉へ通ってたんですが……」
とルダルにしてはめずらしく、突っ込んできた。
(まぁ、普通、そう聞いてくるよなぁ)
とアマトは心の中で呟く。
『お、俺様は悪くないぞ。あそこに行ったら、ちょ、調子が悪くなるから行けないだけだ!』
ゼルヴァスが何も聞いていないのに言い訳がましく騒ぎ始めた。
『まったく、ゼルヴァスちゃんがいつもギャーギャー騒ぐから、アマトちゃんが面倒がって聖泉にいけないじゃない。私だって行きたいのにっ』
ティアマトがプンプン怒り出した。
『そもそも、なんで調子が悪くなるんだよ』
『そ、それは……そう、あれだ。フィリアの魔素が俺様の体質と合わないんだ。アレルギーだな。そう、アレルギーだ』
とゼルヴァスはしどろもどろである。
『怪しいわねぇ、ゼルヴァスちゃん。なんか”フィリア”の聖泉に特別なことがあるんじゃない?』
ティアマトが能天気にも本質を見抜いているような発言だった。
それに対して誤魔化すようにゼルヴァスが語り出す。
『い、いや。まぁ、特別なことと言えば……50年前?いや100年以上前か?フィリアの聖泉をぶっ壊しに行った時、スライム族の小僧が抵抗してきてな。あの小僧は、何度倒されても立ち上がって俺様に立ち向かってきやがった。で、さすがに俺様も、小僧相手に大人気ないかと思い、小僧の勇気に免じてぶっ壊すのをやめてやったがな』
『スライム族の小僧?』
アマトが聞き直した。
『50年、100年前とかだったら、今もポタ村にいるんじゃない?実はゼルミスちゃんだったりして。ふふふ』
と再び能天気な発言で笑顔のティアマト。
(こいつ、時々、核心を突くような発言をするよな。残念女神のくせに)
とアマトは心の中で一人呟き、その可能性を否定しなかった。
すると、
「アマト様……アマト様?」
というルダルの現実空間の声でアマトが我に帰る。
「……悪い。ちょっと考え事をしていた」
とアマトが言うと、ルダルは少し怪訝そうに首を傾げる。
「考え事……ですか?」
「まぁ……なんとなく、聖泉の魔素が俺の魔素と相性が良くない気がしてな。だから聖泉は避けていただけだ」
と、もっともらしい理由を口にする。
ルダルは目を細めたあと、真剣に頷く。
「なるほど。魔素の相性というのは確かにあります。納得しました」
だがそう言うと、ルダルの目つきが急に鋭くなり、小声でアマトに言った。
「ところでアマト様……少し向こうの森が気になりませんか。それに、急に霧が濃くなってきて、何か不穏な気配を感じます」
アマトは、あたりを見回すと、先ほどまでは視界が良好だったはずが、確かに霧が立ち込めていることに気がついた。
そしてアマトは、
「そうか、俺にはお前ほどオーラの感覚が鋭くないからちょっとわからないが……」
と申し訳なさそうに返す。
「そうですか。この辺り、少し魔素が乱れていて、私もはっきりとはわからないのですが……なので、ちょっと先に上がって向こうの方を偵察して参ります」
ルダルがそう言って泉から上がり、服に着替えると、樹林の奥へ駆け出して行った。
アマトは、やれやれという表情をして、一人泉に浸かっていた。
一方、再び三人娘ーー
「なんか、急に霧が濃くなってきたなぁ」
ルノアがそう呟くと、アマト達が入水している方を見て、何かを思いついたようにニヤリとほくそ笑んだ。
「そういえば、アマト様ってどんな体してるんだろうな」
「お、俺も興味があるぞ!」
エメルダも興奮気味である。
「今、霧が出てきたからはっきりわからないかもしれないけど、逆にこっちも見つかりづらい。これは好機なんじゃない?」
「おぉ、確かに。このチャンスを放っておく手はないな!」
ルノアとエメルダの話がどんどん進んでいく中、何をしようとしているのかがわかったミィナが膨れ顔で言った。
「ダメですよ。アマト様は、今、ゆっくりした時間を過ごしているんですから」
しかし、ルノアとエメルダはもう止まらない、いや、もはや本能的に止まれない。
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「そうだぞ、ミィナ。お前だって覗きたいだろう?」
すると、ミィナが顔を真っ赤にして口を尖らせる。
「い、一緒にしないでくださいっ」
意地悪そうな顔つきでルノアが一言。
「じゃぁ、ミィナはここにいな。オレ達はこの恵みの霧に便乗して覗いてくるからさ」
「ふっ、残念だったな。ミィナ、ここは俺達の勝ちだ」
と、エメルダが鼻息を荒くしながら意味不明な発言をする。
「ず、ずるい。私も見た……い」
ミィナがつい口が滑ってしまった。
自分で言ったことに気づいて、顔を真っ赤にするミィナ。
ルノアとエメルダは顔を見合わせてニヤリと笑って立ち上がると、ミィナの腕をとって両脇を抱えたまま、アマトの入水している方へ歩いていく。
「ちょ、ちょっと二人とも……」
とミィナが慌てるも、
「まぁ、たまには本能のまま赴くのも悪くないさ」
「そういうことだ。ここのところ虫ばかり相手にしてきたからな。アマト様も許してくれるはずだ」
と、ルノアとエメルダが、及び腰のままのミィナを、グイグイ、引っ張っていく。
「ダメです。ダメッ!」
「ルクーッ」
と言って、ミィナが抵抗し、ルクピーもルノアとエメルダの頭の上に体当たりするも、二人の力の前にはどうすることもできず、霧がなければアマトをはっきり見ることができるであろう場所まで来てしまった。
そこで、ルノアとエメルダが一旦止まり、ミィナを傍に抱えたままお互い顔を見合わせて頷くと、力強く一歩を踏み出した。
その時であった。
バッシャーンーー。
ミィナが水中の石に蹴つまずいて、態勢を崩して前へ倒れ込み、そのまま水中へ飛び込んで行ってしまった。
「「やっべ!(ルクッ!)」」
ルノアとエメルダ(とルクピー)が慌てふためく。
そんな二人をよそに、ミィナの頭が何かにぶつかる。痛くはなかった。
ミィナは、そのまま水中から立ち上がり、顔の水を両手で払って前を見るとーー
そこには、アマトが生まれたままの姿で立っていた。
一瞬の静寂ーーしかし次の瞬間、
「きゃぁぁぁぁー」
ミィナが絶叫したかと思うと、その場で気絶して倒れそうになる。
すかさずアマトがミィナを抱きかかえ、そのまま泉の辺りまで飛び上がった。
そして、ミィナを柔らかそうな草むらに横たわらせると、さすがにアマトも目のやり場に困り、そのまま後ろを向いて声を張り上げて言った。
「ルノア、エメルダ!ミィナが気絶した。早く服を着せてやってくれ」
その声を聞いたルノアとエメルダの顔が引きつる。
そしてーー
「俺は向こうで服を着てくるからよろしく頼む」
そう言ってアマトは岩場の影のところへ走って行った。
その間、わずか数秒ーー
ルノアとエメルダは石像のように固まり永遠の時間《とき》の間《はざま》に墜ちていった。
しかし、その時だったーー
「お前達は何者だっ!」
という女の声が森の奥からこだましたのだった。
いつものように三人娘が消沈しながらトボトボとルダルとアマトの後を歩いていた。
「ねぇ、ルダルぅ。まだつかないの~」
「結界を超えてから二日は経ったぞぉ~」
ルノアとエメルダが気だるそうに尋ねた。
ミィナは、口を噛むように黙ってはいたが、今にも泣き出しそうな様子である。
そんな三人娘に対してルダルは、先頭を歩き、前を向いたまま答えた。
「エルシアの森とドルムの里は、結界の最北端だ。だからもう数日はかかると思うぞ」
「えーっ、まだそんなにかかるのぉ!?」
「まじかぁ。勘弁してくれ~ぇ」
と、ルノアとエメルダは不満な様子である。
一方、ミィナはというとーー完全に涙目である。
「ルクルクゥ……」
と声を発して、ミィナを心配そうに見つめるルクピーだった。
「仕方ないだろう。不満を述べる力があるんだからまだ大丈夫だ」
と言って、ルダルは相手にしない。
「鬼だ」
「鬼め」
「鬼です……」
ルダルの言葉に、三人娘はそれぞれ小さく呟くと、さらに沈み込んだ。
その時ーー
「ルクピーッ!」
と声を大きく発し、ルクピーがミィナの腕から脇の樹林の中へ飛び出して行った。
「ルクちゃん、どうしたの!?」
ミィナは、慌ててルクピーを追う。
ルノアとエメルダも顔を見合わせると、ミィナのあとに続いた。
「ルクピィィ!」
ルクピーはミィナに場所を知らせるかのように声を出し、どんどん樹々の中を進んで行く。
「待って、ルクちゃん!」
ミィナは、ルクピーの後を必死に追いかけた。
すると、突如視界が開け、目に飛び込んできた光景にミィナが言葉を失う。
そして、後ろから追いかけてきたルノアとエメルダがミィナが立ち尽くしている後ろ姿を見て、
「ミィナ、どうした?」
「でっけぇ虫でもいたか?」
と言って駆け寄るとーー。
「わぁ!」
「おぉーっ!」
ルノアとエメルダが思わず声を上げた。
三人娘の目の前には、清く澄んだ大きな泉が広がっていたのだ。
小鳥の囀り、そして小さな動物達が辺りで水を飲んでいる。
ここはまさにあらゆる生命にとってのオアシスだった。
ミィナはあまりの喜びに肩が震え、ルクピーはミィナの周りを飛び跳ねてはしゃいでいるようであった。
「こりゃぁ、ルクピーの手柄だな」
エメルダの口元が緩む。
ルノアも笑顔で振り返り、
「アマトさまぁ!ルダルぅ!泉があったよ!」
と後方からやってきた二人に声をかけた。
「あぁ、よかったな」
アマトが微笑みながら返事をすると、ルダルも笑顔を返した。
「よっしゃーっ。水浴びだ!」
ルノアが大声で叫んだ。
ーーー
泉へ最初に飛び込んだのはルノアだった。
無邪気に水しぶきを上げる姿はいつも通りのボーイッシュさだが、濡れた髪と滴る水が意外なほど女性的な輪郭を浮かび上がらせる。
続いてエメルダ。
引き締まった筋肉が光を受けて艶やかに輝き、力強さとしなやかさが同居する肢体は、思わず見惚れるほどの迫力を放っていた。
最後に泉へ身を浸したのはミィナ。
泉に足先を浸し、白い肌をゆっくりと沈めていった。
水面が胸元まで届くと、豊かな曲線が柔らかく揺らめき、水面に波紋が浮かんだ。
その姿はまさに、神秘の輝きを放つ女神そのものであった。
ルクピーもその胸元へ泳いで行き、ミィナに両手でそっと触れられると嬉しそうに浮かんでいた。
そして、ルノアが切り出す。
「なぁ、ミィナ。あの時、どうしてルクピーが悪者じゃないってわかったんだ?」
「まぁ、見た目からして悪くなさそうってのはわかるけどよ。こんなチビスケ、戦ってもどうってことないし」
とエメルダがルクピーを指差して笑うと、ルクピーが
「ルクーッ」
と言って威嚇する。
「わかるっていうか……オーラを見ているとなんとなくそんな気がしてくるんです」
ミィナがルクピーの頭を撫でて言うと、ルクピーも威嚇をやめてミィナの腕の中に擦り寄った。
「あと、ルクちゃんからは、どことなくアマト様と同じ雰囲気があるっていうか。うまく言えないんですけど……」
ミィナが少し考える素振りをしながら話すと、
「まじかぁ?なんか、ミィナの特別感が増してんじゃねぇか?」
「全くだ。こりゃぁ、当分追いつけそうにねぇなぁ」
そして、ルノアとエメルダが笑いながら続けた。
「オレ達もこうしちゃいられないね」
「おうよ。もっと修行してミィナに追いつかないといけねぇ」
そんな二人の言葉にミィナは、顔を赤らめて
「もう、そんなんじゃないんですけど……」
と、少しふくれた顔で言うと、その顔を脇へ逸らした。
するとその視線の先に、周りの岩肌と少し異なる箇所が、ふと、ミィナの目に留まったーー。
そんなやりとりをしている最中、アマトとルダルの二人はーー。
「アマト様とこうして裸の付き合いができるとは思ってもみませんでした」
と、ルダルが感慨深げに言った。
アマトは少し答えづらそうに
「……あぁ、そうだな」
とだけ口にした。
「そういえば、アマト様とフィリアの聖泉で一緒になったことがありませんね。私は結構、聖泉へ通ってたんですが……」
とルダルにしてはめずらしく、突っ込んできた。
(まぁ、普通、そう聞いてくるよなぁ)
とアマトは心の中で呟く。
『お、俺様は悪くないぞ。あそこに行ったら、ちょ、調子が悪くなるから行けないだけだ!』
ゼルヴァスが何も聞いていないのに言い訳がましく騒ぎ始めた。
『まったく、ゼルヴァスちゃんがいつもギャーギャー騒ぐから、アマトちゃんが面倒がって聖泉にいけないじゃない。私だって行きたいのにっ』
ティアマトがプンプン怒り出した。
『そもそも、なんで調子が悪くなるんだよ』
『そ、それは……そう、あれだ。フィリアの魔素が俺様の体質と合わないんだ。アレルギーだな。そう、アレルギーだ』
とゼルヴァスはしどろもどろである。
『怪しいわねぇ、ゼルヴァスちゃん。なんか”フィリア”の聖泉に特別なことがあるんじゃない?』
ティアマトが能天気にも本質を見抜いているような発言だった。
それに対して誤魔化すようにゼルヴァスが語り出す。
『い、いや。まぁ、特別なことと言えば……50年前?いや100年以上前か?フィリアの聖泉をぶっ壊しに行った時、スライム族の小僧が抵抗してきてな。あの小僧は、何度倒されても立ち上がって俺様に立ち向かってきやがった。で、さすがに俺様も、小僧相手に大人気ないかと思い、小僧の勇気に免じてぶっ壊すのをやめてやったがな』
『スライム族の小僧?』
アマトが聞き直した。
『50年、100年前とかだったら、今もポタ村にいるんじゃない?実はゼルミスちゃんだったりして。ふふふ』
と再び能天気な発言で笑顔のティアマト。
(こいつ、時々、核心を突くような発言をするよな。残念女神のくせに)
とアマトは心の中で一人呟き、その可能性を否定しなかった。
すると、
「アマト様……アマト様?」
というルダルの現実空間の声でアマトが我に帰る。
「……悪い。ちょっと考え事をしていた」
とアマトが言うと、ルダルは少し怪訝そうに首を傾げる。
「考え事……ですか?」
「まぁ……なんとなく、聖泉の魔素が俺の魔素と相性が良くない気がしてな。だから聖泉は避けていただけだ」
と、もっともらしい理由を口にする。
ルダルは目を細めたあと、真剣に頷く。
「なるほど。魔素の相性というのは確かにあります。納得しました」
だがそう言うと、ルダルの目つきが急に鋭くなり、小声でアマトに言った。
「ところでアマト様……少し向こうの森が気になりませんか。それに、急に霧が濃くなってきて、何か不穏な気配を感じます」
アマトは、あたりを見回すと、先ほどまでは視界が良好だったはずが、確かに霧が立ち込めていることに気がついた。
そしてアマトは、
「そうか、俺にはお前ほどオーラの感覚が鋭くないからちょっとわからないが……」
と申し訳なさそうに返す。
「そうですか。この辺り、少し魔素が乱れていて、私もはっきりとはわからないのですが……なので、ちょっと先に上がって向こうの方を偵察して参ります」
ルダルがそう言って泉から上がり、服に着替えると、樹林の奥へ駆け出して行った。
アマトは、やれやれという表情をして、一人泉に浸かっていた。
一方、再び三人娘ーー
「なんか、急に霧が濃くなってきたなぁ」
ルノアがそう呟くと、アマト達が入水している方を見て、何かを思いついたようにニヤリとほくそ笑んだ。
「そういえば、アマト様ってどんな体してるんだろうな」
「お、俺も興味があるぞ!」
エメルダも興奮気味である。
「今、霧が出てきたからはっきりわからないかもしれないけど、逆にこっちも見つかりづらい。これは好機なんじゃない?」
「おぉ、確かに。このチャンスを放っておく手はないな!」
ルノアとエメルダの話がどんどん進んでいく中、何をしようとしているのかがわかったミィナが膨れ顔で言った。
「ダメですよ。アマト様は、今、ゆっくりした時間を過ごしているんですから」
しかし、ルノアとエメルダはもう止まらない、いや、もはや本能的に止まれない。
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「そうだぞ、ミィナ。お前だって覗きたいだろう?」
すると、ミィナが顔を真っ赤にして口を尖らせる。
「い、一緒にしないでくださいっ」
意地悪そうな顔つきでルノアが一言。
「じゃぁ、ミィナはここにいな。オレ達はこの恵みの霧に便乗して覗いてくるからさ」
「ふっ、残念だったな。ミィナ、ここは俺達の勝ちだ」
と、エメルダが鼻息を荒くしながら意味不明な発言をする。
「ず、ずるい。私も見た……い」
ミィナがつい口が滑ってしまった。
自分で言ったことに気づいて、顔を真っ赤にするミィナ。
ルノアとエメルダは顔を見合わせてニヤリと笑って立ち上がると、ミィナの腕をとって両脇を抱えたまま、アマトの入水している方へ歩いていく。
「ちょ、ちょっと二人とも……」
とミィナが慌てるも、
「まぁ、たまには本能のまま赴くのも悪くないさ」
「そういうことだ。ここのところ虫ばかり相手にしてきたからな。アマト様も許してくれるはずだ」
と、ルノアとエメルダが、及び腰のままのミィナを、グイグイ、引っ張っていく。
「ダメです。ダメッ!」
「ルクーッ」
と言って、ミィナが抵抗し、ルクピーもルノアとエメルダの頭の上に体当たりするも、二人の力の前にはどうすることもできず、霧がなければアマトをはっきり見ることができるであろう場所まで来てしまった。
そこで、ルノアとエメルダが一旦止まり、ミィナを傍に抱えたままお互い顔を見合わせて頷くと、力強く一歩を踏み出した。
その時であった。
バッシャーンーー。
ミィナが水中の石に蹴つまずいて、態勢を崩して前へ倒れ込み、そのまま水中へ飛び込んで行ってしまった。
「「やっべ!(ルクッ!)」」
ルノアとエメルダ(とルクピー)が慌てふためく。
そんな二人をよそに、ミィナの頭が何かにぶつかる。痛くはなかった。
ミィナは、そのまま水中から立ち上がり、顔の水を両手で払って前を見るとーー
そこには、アマトが生まれたままの姿で立っていた。
一瞬の静寂ーーしかし次の瞬間、
「きゃぁぁぁぁー」
ミィナが絶叫したかと思うと、その場で気絶して倒れそうになる。
すかさずアマトがミィナを抱きかかえ、そのまま泉の辺りまで飛び上がった。
そして、ミィナを柔らかそうな草むらに横たわらせると、さすがにアマトも目のやり場に困り、そのまま後ろを向いて声を張り上げて言った。
「ルノア、エメルダ!ミィナが気絶した。早く服を着せてやってくれ」
その声を聞いたルノアとエメルダの顔が引きつる。
そしてーー
「俺は向こうで服を着てくるからよろしく頼む」
そう言ってアマトは岩場の影のところへ走って行った。
その間、わずか数秒ーー
ルノアとエメルダは石像のように固まり永遠の時間《とき》の間《はざま》に墜ちていった。
しかし、その時だったーー
「お前達は何者だっ!」
という女の声が森の奥からこだましたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
しがない電気屋のおっさん、異世界で家電召喚ライフしてたら民から神格化され魔王から狙われる
長月 鳥
ファンタジー
町の電気屋として細々と暮らしていた俺、轟電次郎(とどろき でんじろう)。
ある日、感電事故であっけなく人生終了──のはずが、目を覚ましたら異世界だった。
そこは魔法がすべての世界。
スマホも、ドライヤーも、炊飯器も、どこにもない。
でもなぜか俺だけは、“電力を生み出し家電を召喚できる”という特異体質を持っていて──
「ちょっと暮らしやすくなればそれでいい」
そんなつもりで始めた異世界ライフだったのに……
家電の便利さがバレて、王族に囲まれ、魔導士に拉致され、気が付けば──
「この男こそ、我らの神(インフラ)である!」
えぇ……なんでそうなるの!?
電気と生活の知恵で異世界を変える、
元・電気屋おっさんのドタバタ英雄(?)譚!
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~
アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。
お助け妖精コパンと目指す 異世界サバイバルじゃなくて、スローライフ!
tamura-k
ファンタジー
お祈りメールの嵐にくじけそうになっている谷河内 新(やごうち あらた)は大学四年生。未だに内定を取れずに打ちひしがれていた。
ライトノベルの異世界物が好きでスローライフに憧れているが、新の生存確認にやってきたしっかり者の妹には、現実逃避をしていないでGWくらいは帰って来いと言われてしまう。
「スローライフに憧れているなら、まずはソロキャンプくらいは出来ないとね。それにお兄ちゃん、料理も出来ないし、大体畑仕事だってやった事がないでしょう? それに虫も嫌いじゃん」
いや、スローライフってそんなサバイバル的な感じじゃなくて……とそんな事を思っていたけれど、ハタと気付けばそこは見知らぬ森の中で、目の前にはお助け妖精と名乗るミニチュアの幼児がいた。
魔法があるという世界にほんのり浮かれてみたけれど、現実はほんとにサバイバル?
いえいえ、スローライフを希望したいんですけど。
そして、お助け妖精『コパン』とアラタの、スローライフを目指した旅が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる